アメリカ文学
「あなた絶望的よ、防戦一方で。恐れていたよりビョーキだわ。」 ――アイリス・オーウェンス『アフター・クロード』 文学にはしばしば、孤軍奮闘で世界に抵抗し、戦いを挑む人間が登場する。カミュが描いたカリギュラは不可能に抗って理不尽をきわめ、リチャ…
思い出は、さらに思い出を生む。 ーーリン・マー『断絶』 世界中に広がる疫病、きわめて高い感染率、治療薬なし、ゾンビ化して死ぬ感染者、廃墟と化する都市、生き残りたちのシェルター退避。 こんな設定の小説といえば、ハリウッド映画のようなアポカリプス…
銃弾と成り行きはさまよい、今もまだ不意をついてわたしたちの身体に降りかかる。 ーートミー・オレンジ『ゼアゼア』 銃弾によって開幕し、銃弾が重要な役割を果たす小説『ゼアゼア』は、小説そのものも銃弾のようだ。 銃弾のような言葉には、信念、理想、怒…
あなたがもっといい親だったら、もっと注意していれば、もっと親としての自覚を持っていれば、娘はいまも一緒にいたのだと自分を責め続けるのは――ただ自問するのではなく――どんな気分ですか? どうすれば生きていけますか? ーージュリア・フィリップス『消…
ためしに一度、フロリダで戸外を歩いてみるといい。あなたは始終、蛇に見はられていることになる。植物の根を覆う敷き藁の下に蛇がいる。灌木林に蛇がいる。 ――ローレン・グロフ 『丸い地球のどこかの曲がり角で』 フォークナーのヨクナパトーファや、ル・ク…
「僕を見てください! 僕を見てくださいよ!」 ーーラルフ・エリスン『見えない人間』 感情と尊厳を持つひとりの人間として扱われたい。おそらく誰もが持つであろう願いだが、実現は思いのほか難しい。人種、性別、特徴、そのほかさまざまな理由で、人や社会…
僕がされた仕打ちを見てくれよ。どんな目に遭ったのか見てくれよ。 ――コルソン・ホワイトヘッド『ニッケル・ボーイズ』 運悪く、暴力や差別がはびこる劣悪な環境に生きることになってしまったら、とる手段は限られている。戦うか、逃げるか、屈服するか。 コ…
青山ブックセンター本店で、2020年秋に書いた「アメリカ大統領選挙の支持地盤で読むアメリカ文学フェア」を開催してもらっている。 1月末まで開催予定で、その後のフェア開催予定によってはもうすこし伸びる、あるいは場所を移動して続行とのこと。 35冊ぐら…
ブルーム夫妻は大量に、膨大に、薬を持っている。彼女はアッパー、彼はダウナー。男ドクターは"ベラドンナ"の錠剤も持っている。何に効くのか知らないけれど、自分の名前だったら素敵だと思う。 ーールシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』 私がコイン…
「あんたただ一人だ」と彼は夢見るように言った。「あんただけだ」 ーーカーソン・マッカラーズ『心は孤独な狩人』 マッカラーズ『心は孤独な狩人』を知ったのは7〜8年ぐらい前、評論かエッセイかなにかを読んでいた時だった。『心は孤独な狩人』”The Heart …
2020年アメリカ大統領選挙は激戦だった。2016年大統領選挙以降、世界中で、共和党と民主党それぞれを支持する「支持州」と「支持層」に注目が集まったように思う。 アメリカの大統領選挙は、人口ごとに選挙人数が割り振られ、州ごとにどちらかの政党を選ぶ「…
「あんた、まるごとそこにいるのね」「どういう意味?」「だからさ、あんたみたいな人、会ったことないわよ」「そう?」「他の人は10%か20%しかないの。あんたはまるごと、全部のあんたがそこにいるの。大きな違いよ」 ーーチャールズ・ブコウスキー『勝手…
みんなに怒りを感じてしまう。 誰に? みんなだ。自分も含めて。 ーーニック・ドルナソ『サブリナ』 人間社会が発する耐えがたいノイズを、頭が割れるようなレベルまで増幅させたような書物だ。ほとんど表情がない「棒読み演技」みたいな絵柄でありながら、…
……あたしがほんとに仕合わせになるのにたらないものといったら、あと一つ。いざというときにあたしがどんなに役に立つか証明してみせればいいだけだ。 ーーパトリシア・ハイスミス『11の物語』「ヒロイン」 保育園に生き物コーナーができた。生き物コーナー…
みんな死んじゃえばいいのに。そしてあたしが死体の上を歩いているならすてきなのに。 ーーシャーリイ・ジャクスン 『ずっとお城で暮らしてる』 『ずっとお城で暮らしてる』のイメージは、パステルカラーの砂糖菓子、薔薇の花びらで飾られた、宝石のように美…
「デルタでは、世界のほとんどが空のようだ」 ーー青山南『アメリカ深南部』 8月は、1年のうちでもっともアメリカ南部に近づく月である。 それはウィリアム・フォークナー『八月の光』のせいかもしれないし、フォークナーにつられて南部小説を読みつらねた記…
「ほとんど五十歳って、変な感じだろ? ようやく若者としての生き方がわかったって感じるのに」 「そう! 外国での最後の一日みたいですよね。ようやくおいしいコーヒーや酒が飲める場所、おいしいステーキが食べられる場所がわかったのに、ここをさらなけれ…
なぜ自分はいま戻ることを選んだんだ? 選んだのではない。彼を殴り倒し、フロリダからサンセット・パークなる場所に逃げることを敷いたあの大きな拳骨が彼に代わって選択したのだ。やはりこれもまたサイコロの一振り、黒い金属の壺から掴み取ったもう一枚の…
「すべてを手に入れる人間もいるっていうのに、あたしはどうしてなんにも手に入れられなかったんだ? どうしてなんだ? いったいどうしてなんだ?」 ーージョージ・ソウンダース『パストラリア』 「アメリカ人の下層半分を合計すると、彼らの純資産はマイナス…
あれは今まで食らったいろんなヤキの中でも最大級にきついヤキだった。最近じゃもう、加速度的にきつさを増すヤキ入れられの連続こそが自分の人生なんじゃないかと思えてくるほどだ。 ーージョージ・ソーンダーズ「アル・ルーステン」 この短編集には、「選…
「たくさん買えましたか?」と俺は訪ねた。彼女は激しくうなずくと、テレビが入った箱の表面を撫でた。「ご家族はまだ買い物中で?」 女性は目の前の血溜まりの中に、人差し指を突っ込んだ。 「四十二インチ、HD」と彼女は言った。 この家族がこのテレビを変…
蝙蝠の群れが去ったあとは煙出しの穴から見える冷たい星の大集団を眺めてあれらの星は何でできているのか、自分は何でできているのかと考えた。 コーマック・マッカーシー『チャイルド・オブ・ゴッド』 「なぜつらい小説を読むのか、つらい話が好きなのか」…
出直しなんてできないんだ。そういう話だよ。きみのどの一歩も永遠に残る。消してしまうことはできない。どの一歩もだ。言ってることわかるかい? ーーコーマック・マッカーシー『血と暴力の国』 『悪の法則』と『血と暴力の国』は異なる手法で同じマッカー…
自覚しておいてほしいのはあんたの運命はもう固まってるってことだ。 ーーコーマック・マッカーシー『悪の法則』 たとえば国境をわたる時、私たちはたいてい、自分の歩く道は自由に行き戻りできる双方向の道で、ちょっと冒険に出てもすぐに戻ってこられると…
真のカトリック小説は、人間を決定されたものとは見ない。人間を、まったく堕落したものと見ることはない。かわりに、本質的に不完全なもの、悪に傾きやすいもの、しかし自身の努力に恩寵の支えが加われば救済されうるものと見るのである。 ――フラナリー・オ…
「なにを言うの! 田舎の善人は地の塩です! それに、人間のやりかたは人それぞれなのよ。いろんな人がいて、それで世の中が動いてゆくんです。それが人生というものよ!」 「そのとおりですね。」 「でも、世の中には善人が少なすぎるんですよ!」 ーーフラ…
この上昇は<重力>に知られるだろう。だがロケットのエンジンは、脱出を約束し、魂を軋らせる、深みからの燃焼の叫びだ。生贄は、落下に縛り付けられて履いても、脱出の約束に、予言に、のっとって昇っていく…… ーートマス・ピンチョン『重力の虹』 これま…
南部は奴隷制度に対する考え方にとどまらず、経済、農業政策、政治的展望などの点においても北部と意見を異にしていた。今日、奴隷制度は廃止され、政治風土も大きく変わり、メディアという媒体の発達を通じてアメリカの均質化は進む一方である。しかし、そ…
私としても、明快たるべき文献研究資料をねじ曲げ変形させて、怪物じみた小説もどきを拵えるつもりは毛頭ない。 ――ウラジミール・ナボコフ『淡い焔』 『Pale Fire(淡い焔)』という厳かな題名、「詩に注釈をつける男の物語」という生真面目なあらすじからは…
彼らが恐れているのは、自分が生きているのか死んでいるのか、わからなくなってしまうことなのだ。ふたたび生に戻ってこなくて済むよう、自分の死にはっきり輪郭が与えられることを彼らは望んでいる。 ――ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』 自分が自分…