ボヘミアの海岸線

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

アメリカ文学

『パストラリア』ジョージ・ソウンダース|アメリカンドリームの陰にいる人たち

「すべてを手に入れる人間もいるっていうのに、あたしはどうしてなんにも手に入れられなかったんだ? どうしてなんだ? いったいどうしてなんだ?」 ーージョージ・ソウンダース『パストラリア』 「アメリカ人の下層半分を合計すると、彼らの純資産はマイナス…

『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ|ポップで過酷な選択の岐路

あれは今まで食らったいろんなヤキの中でも最大級にきついヤキだった。最近じゃもう、加速度的にきつさを増すヤキ入れられの連続こそが自分の人生なんじゃないかと思えてくるほどだ。 ーージョージ・ソーンダーズ「アル・ルーステン」 この短編集には、「選…

『フライデー・ブラック』ナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤー|人種差別、ゾンビ、銃犯罪のアメリカン・ディストピア

「たくさん買えましたか?」と俺は訪ねた。彼女は激しくうなずくと、テレビが入った箱の表面を撫でた。「ご家族はまだ買い物中で?」 女性は目の前の血溜まりの中に、人差し指を突っ込んだ。 「四十二インチ、HD」と彼女は言った。 この家族がこのテレビを変…

『チャイルド・オブ・ゴッド』コーマック・マッカーシー|孤立と貧困で転落する神の子

蝙蝠の群れが去ったあとは煙出しの穴から見える冷たい星の大集団を眺めてあれらの星は何でできているのか、自分は何でできているのかと考えた。 コーマック・マッカーシー『チャイルド・オブ・ゴッド』 「なぜつらい小説を読むのか、つらい話が好きなのか」…

『血と暴力の国』コーマック・マッカーシー|出会ってしまったら終わりの災厄

出直しなんてできないんだ。そういう話だよ。きみのどの一歩も永遠に残る。消してしまうことはできない。どの一歩もだ。言ってることわかるかい? ーーコーマック・マッカーシー『血と暴力の国』 『悪の法則』と『血と暴力の国』を続けて読んで、この2冊は異…

『悪の法則』コーマック・マッカーシー|処刑器具として動き出す世界

自覚しておいてほしいのはあんたの運命はもう固まってるってことだ。 ーーコーマック・マッカーシー『悪の法則』 たとえば国境をわたる時、私たちはたいてい、自分の歩く道は自由に行き戻りできる双方向の道で、ちょっと冒険に出てもすぐに戻ってこられると…

『秘義と習俗』フラナリー・オコナー|私は南部とキリスト教の小説家

真のカトリック小説は、人間を決定されたものとは見ない。人間を、まったく堕落したものと見ることはない。かわりに、本質的に不完全なもの、悪に傾きやすいもの、しかし自身の努力に恩寵の支えが加われば救済されうるものと見るのである。 ――フラナリー・オ…

『フラナリー・オコナー全短篇』フラナリー・オコナー |目の中の丸太を叩き落とす、劇的な一瞬

「なにを言うの! 田舎の善人は地の塩です! それに、人間のやりかたは人それぞれなのよ。いろんな人がいて、それで世の中が動いてゆくんです。それが人生というものよ!」 「そのとおりですね。」 「でも、世の中には善人が少なすぎるんですよ!」 ーーフラ…

『重力の虹』トマス・ピンチョン|重力を切り裂いて、叫べロケット

この上昇は<重力>に知られるだろう。だがロケットのエンジンは、脱出を約束し、魂を軋らせる、深みからの燃焼の叫びだ。生贄は、落下に縛り付けられて履いても、脱出の約束に、予言に、のっとって昇っていく…… ーートマス・ピンチョン『重力の虹』 これま…

『『白鯨』アメリカン・スタディーズ』巽孝之|アメリカを『白鯨』で読み解く試み

かつて、世界が鯨で廻っていた時代がありました。……鯨がすべてのエネルギー源として世界全体を作りあげ、地球全体を回転させていた時代が確実にあったのです。 ――巽孝之『『白鯨』アメリカン・スタディーズ』 私は『白鯨』が好きだ。アメリカ南部小説を読み…

『アメリカ南部』ジェームス・M・バーダマン丨アメリカの内なる異郷、アメリカ南部

南部は奴隷制度に対する考え方にとどまらず、経済、農業政策、政治的展望などの点においても北部と意見を異にしていた。今日、奴隷制度は廃止され、政治風土も大きく変わり、メディアという媒体の発達を通じてアメリカの均質化は進む一方である。しかし、そ…

『淡い焔』ウラジミール・ナボコフ|ボリウッド+サイコホラー映画めいた文学解説

私としても、明快たるべき文献研究資料をねじ曲げ変形させて、怪物じみた小説もどきを拵えるつもりは毛頭ない。 ――ウラジミール・ナボコフ『淡い焔』 『Pale Fire(淡い焔)』という厳かな題名、「詩に注釈をつける男の物語」という生真面目なあらすじからは…

『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン|「私以外のなにか」になっていく私

彼らが恐れているのは、自分が生きているのか死んでいるのか、わからなくなってしまうことなのだ。ふたたび生に戻ってこなくて済むよう、自分の死にはっきり輪郭が与えられることを彼らは望んでいる。 ――ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』 自分が自分…

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド|自分をすりつぶす場所から逃げよ

こんなにも家から離れたことはかつてなかったことだった。この瞬間に鎖に繋がれ連れ戻されたとしても、歩んできたこの数マイルは自分のものだ。 ――コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』 逃げることについて、私はわりと前向きな気持ちを抱いている種類の人…

『ハリエット・タブマン 「モーゼ」と呼ばれた黒人女性』上杉忍|逃亡成功率100%の伝説的「逃亡奴隷」

逃亡者は先のことを何も知らずに自らを投げ出さねばならない。北斗七星と北極星のみを頼りにただひたすら先に進んだ。星が見えないときは、樹木の幹のこけの生えている側から北の方向を知って進んだ。彼女は、州というものがあること自体を知らなかった。 ――…

『海の乙女の惜しみなさ』デニス・ジョンソン|地すべりしていく人の隣に座る

今になってみれば、これから生きる年数よりも、過去に生きた年数のほうが多い。これから楽しみにすることよりも、思い出すべきことのほうが多い。 ――デニス・ジョンソン『海の乙女の惜しみなさ』 デニス・ジョンソンは、底に落ちた人生について、驚くべきフ…

『居心地の悪い部屋』岸本佐知子編|日常が揺れて異界になる

Hにつねにつきまとっていた、あの奇妙な無効の感じを、どう言葉にすればわかってもらえるだろう。 ――岸本佐知子編『居心地の悪い部屋』 言葉は、未知の世界を切り開いて照らす光であり、既知の世界を異界に揺り戻す闇でもある。『居心地の悪い部屋』は、日常…

『優しい鬼』レアード・ハント|傷つけられ続けて鬼になる

かんがえる力をつかってじぶんをどこかよその場所につれていくやり方はクリオミーとジニアから教わったのだった。…… 「よその場所って?」とわたしは訊いた。 「そこでない場所どこでも」とジニアは言った。 「きれいな場所」とクリオミーが言った。 「あん…

『私の名前はルーシー・バートン』エリザベス・ストラウト|実家への割り切れない感情

バートン家という5人の家族がーーだいぶ常識はずれの一家だったがーーいわば屋根のような構造物になっていて、そうと気づいたときには終わっていたのではなかったか。 ――エリザベス・ストラウト『私の名前はルーシー・バートン』 実家への割り切れない感情 …

第五回 日本翻訳大賞の最終選考5作品を読んだ

第五回 日本翻訳大賞に、ウィリアム・ギャディス『JR』(木原義彦訳)とジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』(木下眞穂訳)が選ばれた。2作品の受賞、おめでとうございます。 JR 作者: ウィリアム・ギャディス,木原善彦 出版社/メーカー: 国…

『JR』ウィリアム・ギャディス|僕はアメリカ!

−−できることでもやったら駄目なんだ…… −−何で? −−向こうにいるのは生きた人間だからだ、それが理由さ! ――ウィリアム・ギャディス『JR』 僕はアメリカ 全940ページに1.2kgというその異形ぶりから、2018年末の読書界隈を震撼させた怪物、ウィリアム・ギャデ…

『ジーザス・サン』デニス・ジョンソン|麻薬中毒者は祈る

何をしたらいいのか、こいつにはどうやってわかるのか? 俺の目の端に映る美しい女たちは、俺がまっすぐ見ると消えた。外は冬。午後には夜になる。暗い、暗いハッピーアワー。俺にはルールがわからなかった。何をしたらいいのか、俺にはわからなかった。 ――…

『火を熾す』ジャック・ロンドン|命の炎が燃え上がる

犬の姿を見て、途方もない考えが浮かんだ。吹雪に閉じ込められた男が、仔牛を殺して死体のなかにもぐり込んで助かったという話を男は覚えていた。自分も犬を殺して、麻痺がひくまでその暖かい体に両手をうずめていればいい。そうすればまた火が熾せる。 ――ジ…

『舞踏会へ向かう三人の農夫』リチャード・パワーズ

写真を見るだけで、三人が舞踏会に予定どおり向かっていないことは明らかだった。私もまた、舞踏会に予定どおり向かってはいなかった。我々はみな、目隠しをされ、この歪みきった世紀のどこかにある戦場に連れていかれて、うんざりするまで踊らされるのだ。…

『最初の悪い男』ミランダ・ジュライ|自己防衛の箱庭から抜け出す

効果は、一応はあった。ただし"アブラカタブラ"と唱えたらウサギが消えました、じゃん! というような効き方ではなかった。"アブラカタブラ"を何十億回、何万年もかかって唱えつづけているうちにウサギが老衰で死に、それでもまだ唱えつづけているうちにウサ…

『移動祝祭日』ヘミングウェイ

「もし、きみが、幸運にも、青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過ごそうとも、それはきみについてまわる。なぜなら、パリは移動祝祭日だからだ」 ーーアーネスト・ヘミングウェイ『移動祝祭日』 どこまでもついてくる祝祭 世の中には…

『パラダイス』トニ・モリスン|楽園で育つ殺意

彼を怒らせたのは、この街、これらの住民たちの何だろう? 彼らが他の共同体とちがうのは、二つの点だけだ。美しさと孤立。−−トニ・モリスン『パラダイス』 楽園で育つ殺意 自分がいる共同体に不満を抱く人間、なじめない人間がとりうる選択肢は3つある。 共…

『大いなる不満』セス・フリード

それがゆえに、諸君のような若き科学者の多くは、ドーソンの研究に人生を捧げるようになっていく。その主題を扱う長く感傷的な博士論文によって大学図書館はどこも溢れかえらんばかりになっており、多くの論文は取り乱したラブレターのように書かれる傾向に…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ|人類全体の世話人をめざす者は狂人か?

「信じられるか、この世界? 愛するしかないよな」−−リチャード・パワーズ『囚人のジレンマ』 人類全体の世話人 誰かを信じるには、それなりの時間と勇気を必要とする。それに比べて、不信感を抱くのはもっとずっとお手軽だ。疑いを抱くことも、自分を守るも…

『あなたを選んでくれるもの』ミランダ・ジュライ

もし自分と似たような人たちとだけ交流すれば、このいやらしさも消えて、また元どおりの気分になれるのだろう。でもそれも何かちがう気がした。結局わたしは、いやらしくたって仕方がないしそれでいいんだ、と思うことに決めた。だってわたしは本当にちょっ…