ボヘミアの海岸線

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

『ウンガレッティ全詩集』ジュゼッペ・ウンガレッティ|呆然とした空白の漂流

路上の/ どこにも/ 家を/ ぼくは/ もてない 新しい/ 風土に/ 出会う/ たびに/ かつて/ 慣れ親しんだ/ おのれを見つけては/ ぼくは/ やつれてしまう そのたびに見を引き離してゆく/ 行きずりの者として 生まれながらに/ あまりにも生きてしまった/ 時代からの…

『イタリアの詩人たち』須賀敦子|心に根を張った5人の詩人たち

おおよそ死ほど、イタリアの芸術で重要な位置を占めるテーマは他にないだろう。この土地において、死は、単なる観念的な生の終点でもなければ、やせ細った性の貧弱などではさらにない。生の歓喜に満ち溢れればあふれるほど、イタリア人は、自分たちの足につ…

『須賀敦子のヴェネツィア』大竹昭子|悲しみとなぐさめの島

ヴェネツィアは、なによりもまず私をなぐさめてくれる島だった。 ーー大竹昭子 『須賀敦子のヴェネツィア』 イルマ・ラクーザ『ラングザマー』、アンリ・ドレニエ『ヴェネチア風物誌』と続けてヴェネツィアにまつわる本を読んだので、さらにもう一歩、ヴェネ…

『ヴェネチア風物誌』アンリ・ドレニエ|妖術と魔術と幻覚の土地

まったく、ここは奇異なる美しさの漂う不思議な土地ではないか? その名を耳にしただけで、心には逸楽と憂愁の思いが湧き起こる。口にしたまえ、<ヴェネチア>と、そうすれば、月夜の静寂さのなかで砕け散るガラスのようなものと音を聞く思いがしよう……<ヴ…

『ラングザマー 世界文学でたどる旅』イルマ・ラクーザ|ゆっくりすることへの愛

いまでもそうだが、私は自分の本をほかの人にはどうしても貸したくない。どの本とも一つの(あるいは私の)愛の物語があり、ある本のカバーを見るだけでその本のストーリーだけでなく、そのストーリーとどのように私が関わったかということが呼び起こされる…

『レス』アンドリュー・ショーン・グリア|失恋した中年ゲイの世界文学旅行

「ほとんど五十歳って、変な感じだろ? ようやく若者としての生き方がわかったって感じるのに」 「そう! 外国での最後の一日みたいですよね。ようやくおいしいコーヒーや酒が飲める場所、おいしいステーキが食べられる場所がわかったのに、ここをさらなけれ…

『サンセット・パーク』ポール・オースター|安心できる家を失った廃屋のアメリカ

なぜ自分はいま戻ることを選んだんだ? 選んだのではない。彼を殴り倒し、フロリダからサンセット・パークなる場所に逃げることを敷いたあの大きな拳骨が彼に代わって選択したのだ。やはりこれもまたサイコロの一振り、黒い金属の壺から掴み取ったもう一枚の…

『鷲の巣』アンナ・カヴァン|この世界には居場所も役割もない

「いったいどうしちゃったんです? どうしてなにもかもだいなしにしようとするんです? どうしてきのうまでとおなじようにしていてくれないんですか?」 ーーアンナ・カヴァン『鷲の巣』 世界で皆の気分が落ちこんでぴりついている時に、読んだら落ちこむと…

『回復する人間』ハン・ガン|静かな重症者たちの声なき叫び

そんなことより私は泣き叫びたい。髪を振り乱し、足を踏み鳴らしたい。歯を食いしばり、動脈がちぎれたときにそこからほとばしる血を見たい。 ーーハン・ガン『回復する人間』 めまいがするほど率直に、「回復する人間」にまつわる短編集だ。 短編の語り手た…

『中央駅』キム・ヘジン|彼方からくる最悪を待つ

プライドや自信。そういうものが本当にあるとすれば、それは自分の手で捨てられるものではない。捨てるのではなく、心ならずも落としてしまうのだ。そして、二度と取り戻せなくなるのだ。今や俺にできることは、かなたからくる最悪を待つことだけだ。 ーーキ…

『春の宵』クォン・ヨソン|酒が人生に染みついた酒人間の語り

「一秒、一秒ごとに、アルコールのメシアが入ってくるのを感じるのですよ」 ーークォン・ヨソン 『春の宵』 健康診断の問診票で「酒をどれぐらい飲むか」という質問を見るたびに、酒は多くの人にとって非日常のものであることを思いだす。ほとんど飲まない、…

『外は夏』キム・エラン|心はあの季節に静止したまま

「理解」は手間がかかる作業だから、横になるときに脱ぐ帽子みたいに、疲れると真っ先に投げ捨てるようにできてるの。 ーーキム・エラン『外は夏』 季節や年月は、すべての人に平等にやってくる。だがそれは物理法則の話であって、心について言えば、季節や…

『惨憺たる光』ペク・スリン|心のやわらかい場所につながる薄闇

決して死にたかったわけではない。ただ闇のほうがなじみ深かっただけ。 ーーペク・スリン『惨憺たる光』 「光」という単語は、明るさ、まぶしさ、あたたかさ、希望や展望、といった前向きな印象で語られることが多いが、本書における「光」は、惨憺たるもの…

『孤独の迷宮』オクタビオ・パス|死は最も愛する玩具

我々は、本当に異なっている。 しかも本当にひとりぼっちである。 ーーオクタビオ・パス『孤独の迷宮』 私にとってメキシコは、ゆるやかながらも息の長い縁がある国だ。小さい頃に住んでいた町には老舗メキシコ料理店があって、祝いの時にはメキシコ料理を食…

『服従』ミシェル・ウエルベック|改宗します、それなりの待遇であれば

ぼくは人間に興味を持っておらず、むしろそれを嫌っていて、人間に兄弟愛を抱いたことはなく…厭な気分になるだけだった。しかしながら、不愉快ではあったが、ぼくは、その人類なるものがぼくに似通っていて、まさにそれが故にぼくは逃げ出したい気持ちになる…