2021年は、海外文学の新刊を読みまくった。
『本の雑誌』の新刊ガイド連載「新刊めったくたガイド」の海外文学担当になったからだ。
「新刊めったくたガイド」は、ジャンルごとにわかれて、毎月4冊以上の新刊を紹介する連載だ。日本文学、海外文学、SF、ミステリ、ノンフィクションと、ジャンルごとに担当者が書いている。
これだけ新刊まみれになるのは人生はじめての経験だったので、記憶が飛ばないうちに、読んだ海外文学の感想を書いておくことにした。
ここで言う「新刊」の定義は以下のとおり(『本の雑誌』ルール)。
・2021年に発売した、海外文学の翻訳
・新訳、復刊は対象外
目次
- ■2021年のアイ・ラブ・ベスト本
- ■2021年に読んだ海外文学:新刊
- 【イギリス】 カズオ・イシグロ『クララとお日さま』
- 【イギリス】 イアン・マキューアン『恋するアダム』
- 【イギリス】 エドワード・セント・オービン『ダンバー メディア王の悲劇』
- 【イギリス】 R・L・スティーヴンソン、ファニー・スティーヴンソン『爆弾魔 続・新アラビア夜話』
- 【イギリス】 エドワード・ケアリー『飢渇の人』
- 【イギリス】 ジェローム・K・ジェローム『骸骨』
- 【イギリス】 アリ・スミス『冬』
- 【イギリス】 マギー・オファーレル『ハムネット』
- 【アメリカ】 トマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』
- 【アメリカ・ロシア】ジュリア・フィリップス『消失の惑星』
- 【アメリカ】リン・マー『断絶』
- 【アメリカ】 モナ・アワド『ファットガールをめぐる13の物語』
- 【アメリカ】 ウィリアム・フォークナー『土にまみれた旗』
- 【アメリカ】 オーシャン・ヴォン『地上で僕らはつかの間きらめく』
- 【アメリカ】 アイリス・オーウェンス『アフター・クロード』
- 【アメリカ】 ジェスミン・ウォード『骨を引き上げろ』
- 【アメリカ】シャーリィ・ジャクスン『壁の向こうへ続く道』
- 【アメリカ】 タナハシ・コーツ『ウォーターダンサー』
- 【アメリカ】 マシュー・シャープ『戦時の愛』
- 【アメリカ】 キャスリーン・デイヴィス 『シルクロード』
- 【アメリカ】 ネイサン・イングランダー『地中のディナ―』
- 【ドイツ】 ジェニー・エルペンベック『行く、行った、行ってしまった』
- 【ドイツ】アネッテ・ヘス『ドイツ亭』
- 【フランス・台湾】 ジョージ・サルマナザール『フォルモサ』
- 【ポルトガル】 ジョゼ・サラマーゴ『象の旅』
- 【スペイン・バスク】 フェルナンド・アラムブル『祖国』
- 【スペイン】 アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち』
- 【スペイン】 エンリーケ・ビラマタス『永遠の家』
- 【デンマーク】 イェンセン『王の没落』
- 【デンマーク】 イェンス・ピーター・ヤコブセン『ニルス・リューネ』
- 【チェコ】 アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』
- 【セルビア】 ミロラド・パヴィッチ『十六の夢の物語』
- 【ベラルーシ】 サーシャ・フィリペンコ『理不尽ゲーム』
- 【ロシア】 リュドミラ・ウリツカヤ『緑の天幕』
- 【レバノン】 ワジディ・ムアワッド『アニマ』
- 【ナイジェリア】 チゴズィエ・オビオマ『小さきものたちのオーケストラ』
- 【マルティニーク】 エドゥアール・グリッサン『マホガニー』
- 【カリブ海】 テレーズ・ジョルヴェル『カリブ海アンティル諸島の民話と伝説』
- 【コロンビア】 フアン・ガブリエル・バスケス『廃墟の形』
- 【アルゼンチン】 アドルフォ・ビオイ・カサ―レス『英雄たちの夢』
- 【アルゼンチン】 シルビナ・オカンポ『蛇口』
- 【ペルー】 マリオ・バルガス=リョサ『ケルト人の夢』
- 【ブラジル】 クラリッセ・リスペクトル『星の時』
- 【中国】 閻連科『心経』
- 【台湾】 呉明益『複眼人』
- 【台湾】 『蝶のしるし 台湾文学ブックカフェ1 女性作家集』
- 【韓国】 キム・オンス『キャビネット』
- 【韓国】 クォン・ヨソン『まだまだという言葉』
- 【シンガポール】 アルフィアン・サアット『マレー素描集』
- 【世界各国】 沼野充義&藤井省三編『囚われて 世界文学の小宇宙2』
- ■2021年に読んだ海外文学:新訳・復刊
- 後記
■2021年のアイ・ラブ・ベスト本
【アメリカ】ローレン・グロフ『丸い地球のどこかの曲がり角で』
原題『Florida』というど直球のタイトルどおり、フロリダという土地への愛憎を語る作品が集まった短編集。土地と土地への感情が渦巻く「土地サーガ小説」が好きな私にとっては、もうそのたたずまいだけで好きになってしまう。
グロフが描くフロリダは、湿地の影に蛇とワニがうごめき、ハリケーンと亡霊が跋扈する、闇と湿度と耐えがたい暑さに満ちた、異様な土地だ。幻想のフロリダ、メディアの中のフロリダ、記憶の中のフロリダが混沌と混じりあって、もはやフロリダがどんな土地なのか、わからなくなる。癖のある語り手の語り口も、不思議とはまった。
【アメリカ】 ジェニー・ザン『サワー・ハート』
『サワー・ハート』は、これまで読んだアメリカ移民小説の中でも、とびきり印象的で、好きな小説になった。
文革下の中国からアメリカに移民した中国人一家の短編集である。1作目から、まずその強烈な極貧生活に驚く。ゴキブリがゼロ距離射程で飛び回り、足がかゆすぎて眠れず、家具が片っ端から盗まれる、すさまじい生活が、ポップな口調で語られる。
家が狭すぎるせいか、社会とのつながりが薄いからか、家族関係もべったりと濃密で、共依存のような幸福と息苦しさが描かれる。「パパとママと私はハンバーガーのような関係」というセリフが印象に残る。また、強烈だったのが、孫に異常な執着を見せる祖母のトランポリンシーンだ。このシュールさはすごい。きっとずっと覚えていると思う。
「家族の絆」どころではない、家族もみくちゃ巨大団子みたいな関係が、時を経て変わっていくのには、しみじみとした。これほど濃密で苦しさを感じたとしても、底にあるのは家族への愛なのだ。
読書会を開催したので、エルサレム休暇をとって3回ほど読んだ。この小説は、重ねて読みたくなる小説だ。初読時「よくわからんがすごい」と衝撃を受け、「多層的な作品だから読書会向き」と思って読書会をひらいてまた読んで、読書会中にも読んで、そのたびに発見があった。
誰もが寝静まる夜中に、5人の不眠者たちが、それぞれが孤独に町を彷徨している。彼らは、誰もが狂気交じりの切実さで、なにかを探し求めている。
作品中のほとんどが夜と闇で、人間のうちにひそむ「悪」がぽっかりと口を開けて人間を容赦なく飲みこんでいくのだが、ラストでは夜明け間近の明るさを感じる。
『エルサレム』は王国シリーズのうちの1作らしい。全部読みたいので、全部出してほしい。
【エストニア】 アンドルス・キヴィラフク『蛇の言葉を話した男』
はじめて読んだエストニア文学に、みごとに眉間をぶち抜かれた。
エストニアの森に住み、古くから伝わる蛇の言葉を話す「最初で最後の男」が、今はもう滅びた蛇の言葉とその文化を語る。その語りは壮絶で、近代化に飲まれる古代文化の滅びを、容赦なく徹底的に描ききっている。この本を読むと、「滅び」を描く作品の大半が、甘っちょろく見えてくる。
滅びへの筆致だけではなく、登場人物&人外の濃さもすごい。巨大シラミ、「海外文学ヤバいジジイ選手権」トップに躍り出たヤバ祖父など、強烈なキャラクターぞろいで楽しい。
「滅び」を描いた文学として、痛ましくも激しく、素晴らしい。ファンタジー愛好家は、読んで眉間を撃ち抜かれるべし。
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