ボヘミアの海岸線

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

2019年は休む年だった

2019年は、休む年だった。 ここ数年ほどなにかに取り憑かれていたらしく、人生にいろいろ詰めこみすぎて、追われるがままに動き続けていた。刺激的で楽しかったけれど、やはり無理がきていたのだろう。2018年12月にふつりとなにもしたくなくなった。メールを…

『フラナリー・オコナー全短篇』フラナリー・オコナー |目の中の丸太を叩き落とす、劇的な一瞬

「なにを言うの! 田舎の善人は地の塩です! それに、人間のやりかたは人それぞれなのよ。いろんな人がいて、それで世の中が動いてゆくんです。それが人生というものよ!」 「そのとおりですね。」 「でも、世の中には善人が少なすぎるんですよ!」 ーーフラ…

『重力の虹』トマス・ピンチョン|重力を切り裂いて、叫べロケット

この上昇は<重力>に知られるだろう。だがロケットのエンジンは、脱出を約束し、魂を軋らせる、深みからの燃焼の叫びだ。生贄は、落下に縛り付けられて履いても、脱出の約束に、予言に、のっとって昇っていく…… ーートマス・ピンチョン『重力の虹』 これま…

『『白鯨』アメリカン・スタディーズ』巽孝之|アメリカを『白鯨』で読み解く試み

かつて、世界が鯨で廻っていた時代がありました。……鯨がすべてのエネルギー源として世界全体を作りあげ、地球全体を回転させていた時代が確実にあったのです。 ――巽孝之『『白鯨』アメリカン・スタディーズ』 私は『白鯨』が好きだ。アメリカ南部小説を読み…

『アメリカ南部』ジェームス・M・バーダマン丨アメリカの内なる異郷、アメリカ南部

南部は奴隷制度に対する考え方にとどまらず、経済、農業政策、政治的展望などの点においても北部と意見を異にしていた。今日、奴隷制度は廃止され、政治風土も大きく変わり、メディアという媒体の発達を通じてアメリカの均質化は進む一方である。しかし、そ…

『砂の子ども』ターハル・ベン=ジェルーン|男性として育てられたイスラム女性の伝説

今は嘘と欺瞞の時代です。ぼくは、存在か、それともイメージなのか。肉体か、それとも権威なのか。枯れた庭の石か、それとも動かぬ木ですか。言ってください。ぼくは何者なのか。 ――ターハル・ベン=ジェルーン『砂の子ども』 私の心にはおそらくずっと地平…

『心霊の文化史』吉村正和|「自己啓発・社会改革」を目指した19世紀スピリチュアリズム

19世紀後半において心霊主義は、現代のイメージとは逆に、建設的で明るい社会改革運動という側面も備えていた。心霊主義は、心身ともに健康な個人を完成する手段であるだけでなく、「改善、進歩、人間性」を標榜して社会の完成をも目指す<自己>宗教として…

『死に山 ディアトロフ峠事件の真相』ドニー・アイカー|ロシア史上最も謎に満ちた怪死事件

「もし神にひとつだけ質問できるとしたら、あの夜、友人たちにほんとうはなにが起こったのか訊きたい」――ユーリ・ユーディーン ディアトロフ峠(死の山)事件は、いろいろな意味で異常かつ奇怪な事件だ。 60年前の真冬にウラル山脈にある通称「死の山」で、…

『ペルセポリス イランの少女マルジ』マルジャン・サトラピ|故郷がイスラム原理主義に一変した少女の記録

生のことだけ考えていたかった。でも、それはやさしいことではなかった ――マルジャン・サトラピ『ペルセポリス』 これまでできていたことができなくなったり、話せたことが話せなくなったり、選べていたものが選べなくなったり、やらなくてよかったことをや…

『波』ソナーリ・デラニヤガラ|耐えがたい現実を生き延びる、壮絶な絶叫と回復

告白しないのは、まだ私自身が、起こったことをこんなにも信じていないからだとも思う。私はまだ愕然としている。自分に真実を言い聞かせなおすたびに唖然とするのだから、なおさらだろう。だから私は手間を省くために回避する。私は自分がその言葉を言うと…

『淡い焔』ウラジミール・ナボコフ|ボリウッド+サイコホラー映画めいた文学解説

私としても、明快たるべき文献研究資料をねじ曲げ変形させて、怪物じみた小説もどきを拵えるつもりは毛頭ない。 ――ウラジミール・ナボコフ『淡い焔』 『Pale Fire(淡い焔)』という厳かな題名、「詩に注釈をつける男の物語」という生真面目なあらすじからは…

『生物学と個人崇拝 ルイセンコの興亡』ジョレス・メドヴェージェフ|国ぐるみで疑似科学を礼賛したカルト国家

「あなたはなぜダーウィンについて語り、なぜマルクスとエンゲルスから例を挙げないのか? マルクス主義とは唯一の科学である。ダーウィニズムは一部にすぎない。真の世界認識論をもたらしたのはマルクス、エンゲルス、レーニンなのだ。 ーージョレス・メド…

『隠された悲鳴』ユニティ・ダウ|強者が弱者をすりつぶす「儀礼殺人」の邪悪

これから5年後に、ひとつの箱が開かれ、無視することのできない悲鳴が漏れ出すことなど、3人は知る由もなかった。 ーーユニティ・ダウ『隠された悲鳴』 海外文学を読み始めてから、魔術に関するニュースを追うようになった。東欧やアフリカでは魔術が日常に…

『アイスランドへの旅』ウィリアム・モリス|19世紀の北欧神話オタク、聖地巡礼の旅

アイスランドはすばらしい、美しい、そして荘厳なところで、私はそこで、じっさい、とても幸せだったのだ。 ――ウィリアム・モリス『アイスランドへの旅』 ヨーロッパに住んでいた頃、時間を見つけてはヨーロッパの国々を周遊していた。どこの国がよかったか…

『方形の円 偽説・都市生成論』ギョルゲ・ササルマン|建築不可能な都市たちの生と死

その都市には起点も終点もなかった。いつもその周囲に群がっているヘリコプターから見ると一つの巨大な塔に似ていて、頂上部は遠近法効果で小さく見え、遠い彼方に消えていた。 ーー「ヴァーティシティ 垂直市」 『方形の円 偽説・都市生成論』は、タイムラ…