ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

『恋するアダム』イアン・マキューアン|男&女&男型ロボットの三角関係

…しかし、男や女と機械が完全に一体になった暁には、こういう文学はもはや不必要になります。なぜなら、わたしたちはおたがいを十分すぎるほど理解するようになるからです。…インターネットはそのごく幼稚な前触れにすぎないのです。

ーーイアン・マキューアン『恋するアダム』

 

「ロボットについて考えることは、人間について考えることだ。両者の差を考えるには、両者について深く知る必要があるからだ」――こんなふうなロボット工学者の言葉が記憶に残っている。

人間の心とその揺らぎを緻密に描いてきた技巧派シニカル英国紳士が、人間以外の存在、人工知能とロボットについて語る時、ロボットにはどんな「人間らしさ」と「人間らしくなさ」が与えられるのだろう?

『恋するアダム』のあらすじ「AIロボットと人間の三角関係」を見た時、考えたのはこんなことだった。

 

恋するアダム (新潮クレスト・ブックス)

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『丸い地球のどこかの曲がり角で』ローレン・グロフ|フロリダ、ワニと亡霊が蠢く異形の土地

ためしに一度、フロリダで戸外を歩いてみるといい。あなたは始終、蛇に見はられていることになる。植物の根を覆う敷き藁の下に蛇がいる。灌木林に蛇がいる。

――ローレン・グロフ 『丸い地球のどこかの曲がり角で』

 

フォークナーのヨクナパトーファや、ル・クレジオマルティニーク中上健次の路地のように、愛憎まじえた執念に近い迫力で、ある土地について書き連ねる作品群が好きだ。

だから「フロリダ」(原題)という直球のタイトルで、フロリダについて描くこの短編集は、もうその佇まいだけで好きになってしまう。

丸い地球のどこかの曲がり角で

丸い地球のどこかの曲がり角で

 

 

"サンシャイン・ステート"フロリダは、太陽光に満ちた明るい土地、リタイア後の保養地としてアメリカ人が好む土地、ディズニー・ワールドなどがたくさんある人気の観光地という印象がある。

しかしグロフが描くフロリダは、湿地の影に蛇とワニがうごめき、ハリケーンと亡霊が跋扈する、闇と湿度と耐えがたい暑さに満ちた、異様な土地だ。

不穏な異形の土地となったフロリダについて、著者は、愛憎が入り交じった語り口で語る。 続きを読む

『ドイツ亭』アネッテ・ヘス|ホロコーストの風化を阻止した歴史的裁判

かつて、ドイツ国民の多くがホロコースト絶滅収容所を知らず、過去を見ないようにしようとする時代があった。

 

現代ドイツでは、国民は皆、ナチとホロコーストの歴史を学び、ホロコースト否定やナチ礼賛は犯罪と見なされる。

この姿勢から、ドイツは過去と向き合う国家だ、との印象があるが、こうなるまでのドイツは戦後20年近く、うやむやのままに過去を水に流そうとしていた。

 

『ドイツ亭』は、ドイツ国民にホロコースト絶滅収容所を知らしめた歴史的な裁判、1960年代の「アウシュビッツ裁判」を描く。

なにが歴史的なのかといえば、ドイツ人がみずからの手でナチ犯罪を裁いた最初の裁判で、ドイツの歴史観や司法に決定的な影響を与えた裁判だからだ。この裁判なくして現代ドイツはありえない、といっても過言ではない。

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『ミルクマン』アンナ・バーンズ| 前門のストーカー、後門の同調圧力

 本の読み歩きとプラスチック爆弾、このあたりじゃどっちが普通だと思う?

――アンナ・バーンズ『ミルクマン』

 

『ミルクマン』を読んで、思わずうめいた。いったいなぜこれほどストレスフルでやばいもの――「同調圧力社会」と「ストーカー被害」――を1冊の中に詰めこんだのだと。

 

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『ロマン』ウラジミール・ソローキン|小説の激震、世界の激震

「お前が好きだ!」彼は言った。

「あなたはわたしのいのちよ!」彼女が答える。

ーーウラジミール・ソローキン『ロマン』

 

ソローキン初期代表作のひとつ『マリーナの三十番目の恋』を読んだので、10年ぶりに、初期代表作『ロマン』を読もうと思い立った。

10年前は、読書会の参加者たち全員が『ロマン』を読んでロマニストになっていたものだが、皆がロマニストになってしまったので、もうしばらく『ロマン』のことを忘れていた。『マリーナの三十番目の恋』が『ロマン』と同時代の作品だったので、続けて読んでみたらどうだろうと思いついた。

 注:初期ソローキン作品はうかつにしゃべると粛清されるので、本エントリは粛清フリー(核心への言及なし)で書いている。

 

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『風船』ペマ・ツェテン|伝統と現代がせめぎ合うチベット

「あなた、すでに三人も子供がいて、またもう一人産むつもり? 私たちチベットの女は、男のために子供を産むために生まれてきたわけじゃないのよ。」

−−ペマ・ツェテン『風船』

 

10年以上前の夏の日、チベットへ行こうと思い立ってから、青蔵鉄道に乗ってラサの地を踏むまで、1か月かからなかったように思う。青蔵鉄道ができてまもない頃だった。中国の政治施策でつくられた鉄道に苦い思いを抱えつつ、チベットに向かった。

高度2000メートル以上の抜けるような青い空、寺院の白い壁、赤い僧衣、極彩色の旗と、原色の景色をおぼえている。

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『アルマ』J.M.G. ル・クレジオ|絶滅した鳥、失われゆく記憶

どこにだって行こう、なんでも見たい、たとえ見るべきものだとたいして残っておらず、あたかも水没した墓碑に書かれたような地図上のこうした名前、日一日と消えていく名前、時の果てへと逃れていく名前のほか何もないとしても。

−−J.M.G.ル・クレジオ『アルマ』

 

今はもう消滅してしまった星の残光みたいな小説だ。

失われつつある、あるいはもう永久に失われてしまった命や文化について、切実な声で語り続ける作家が、インド洋の貴婦人と呼ばれる美しい島、父親の故郷、モーリシャス島について語る。

ぼくは帰ってきた。これは奇妙な感情だ、モーリシャスにはこれまで一度も来たことがないのだから。見入らぬ国にこうした痛切な印象を持つのはどうしてか。

作家の似姿であるフランス人研究者が、父親の形見であるドードーの石を手に、モーリシャス島を訪れる。旅の名目は、専門分野であるドードー研究のためだが、いちばんの目的は「父祖の地」を訪れることだ。

父や先祖と関わりがあった人々、一族の生き残りであるドードーと呼ばれる男を探しながら、かつて父や先祖が見た景色の痕跡を求めて、男はモーリシャスの土地を歩きまわる。

 

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『わたしの日付変更線』ジェフリー・アングルス|日付変更線と言語の境界に立つ

書き終えた行の安全圏から

何もない空白へ飛び立つ改行

−−ジェフリー・アングルス『わたしの日付変更線』「リターンの用法」

 

ジェフリー・アングルスは、英語を母国語として、日本語で詩を書く詩人だ。

ふたつの国、ふたつの言語の境界に立つ詩人の言葉は、いくつもの境界線を指し示し、あちらとこちらを見つめて、境界を飛び越えていく。

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『ラガ 見えない大陸への接近』J.M.G.ル・クレジオ|失われた島々の断片

ラガでは、人はつねに創造の時の近くにいる。

…堕罪や現在を、メラネシア人が本当は気にしていないということは、よく感じられる。かれらは、より幻想的なものとより現実主義的なものの、同時に両方でありうるのだ。

−−ル・クレジオ『ラガ 見えない大陸への接近』

 

ル・クレジオは、オセアニアを「見えない大陸」と呼ぶ。

「ラガ」は、南太平洋メラネシアに点在する島々のひとつ、ペンテコステ島の現地名だ。

ル・クレジオは、植民地支配以前のラガ、植民地時代のラガ、植民地以降のラガについて、ぐるぐると時系列を混ぜて、神話や伝承や歴史の断片、自身の滞在記録の断片を積み上げていく。

点在する島々をつなぎあわせていけば、見えない大陸が幻視されるように、著者は記憶と記録の断片を次から次へと語ることで、ラガへの接近を試みる。

 

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『眠れる美男』李昂|一方通行の性欲が行き着く果て

極めて微妙な――

身震い。

(どうして身震いなのか!)

ああ! 服の上からではなく、この荒々しい大きな手で裸身を隅々まで……

−−李昂『眠れる美男』

 

「小鮮肉=ヤング・フレッシュ・マッスル」 という衝撃的な中国語を知ることになった本書は、川端康成眠れる美女』を男女逆転したオマージュ小説だ。

眠れる美女』は、勃起能力を失った老齢男性のみが入れる秘密クラブの会員男性が、眠らされている全裸の女性のそばで添い寝する小説である。クラブの掟により、眠る女に触ることは禁じられているため、老人は若く美しい体を眺め回しながら、過去を回想する。

 

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『見えない人間』ラルフ・エリスン|僕を見てくれ、人間として扱ってくれ

「僕を見てください! 僕を見てくださいよ!」

ーーラルフ・エリスン『見えない人間』

 

感情と尊厳を持つひとりの人間として扱われたい。おそらく誰もが持つであろう願いだが、実現は思いのほか難しい。人種、性別、特徴、そのほかさまざまな理由で、人や社会は、自分とは異なる人を「人間ではないなにか」としてぞんざいに扱う。

 

「僕は見えない人間である。僕の姿が見えないのは、単に人が僕を見ないだけのことなのだ」

 

「見えない人間」とは、無視されるか、都合のいい道具として利用されるかして、ひとりの人間としては扱われないことだ。

1930年代、ニューヨークの地下どこかにいる黒人青年が、怒りをあらわにしながら、都合のいい道具として扱われてきた過去を饒舌に語る。

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『ビリー・リンの永遠の一日』ベン・ファウンテン|感動の戦争エンタメを求めるパリピ愛国者

「あんたたちこそがアメリカなんだ」

 俺たちのことをクソみたいに感じさせてくれてありがとうございます、軍曹様!

 ーーベン・ファウンテン『ビリー・リンの永遠の一日』

 

『ビリー・リンの永遠の一日』は、アメリカ特盛トッピング全部乗せみたいな小説だ。

正義、ヒーロー、アメリカ軍、愛国精神、ハリウッド映画、フォックスニュース、アメリカン・フットボール、チアガール、富裕層、セレブ、ディスティニー・チャイルドと、「グレート・アメリカ」が、これでもかと詰まっている。

だが、本書の中心は、グレート・アメリカを享受する人たちではない。グレート・アメリカの欲望を満たすために命をかけるアメリカ軍の兵士たちだ。

 

アメリカのチームはアメリカのヒーローたちを誇り高く称えます 

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『ニッケル・ボーイズ』コルソン・ホワイトヘッド|どこまでも追ってくる、悪霊としての暴力

僕がされた仕打ちを見てくれよ。どんな目に遭ったのか見てくれよ。

――コルソン・ホワイトヘッド『ニッケル・ボーイズ』

 

運悪く、暴力や差別がはびこる劣悪な環境に生きることになってしまったら、とる手段は限られている。戦うか、逃げるか、屈服するか。

コルソン・ホワイトヘッドの小説では、暴力と差別に苦しむ黒人の少年少女たちは、つねに「屈服」以外の選択肢を選ぶ。

 

舞台は1960年代フロリダ州キング牧師による公民権運動が巻き起こった時代である。

黒人の地位向上と大学進学を目指す黒人少年エルウッドが、無実の罪で少年矯正院ニッケル校に送られる。

「少年を教育して社会復帰させる」とのうたい文句は名ばかりで、ニッケル校は苛烈な暴力と虐待がふきすさぶ無法地帯だった。鞭打ち、強制労働、性的虐待だけでなく、学校側による殺人と隠ぺいも横行していた。

このおぞましい閉鎖世界で、エルウッドとターナーふたりの少年は友情を育み、ニッケルの暴力にさらされながらサバイブしようとする。

 

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ローズ・マコーリー『その他もろもろ』|知能指数で決まる恋愛

 「脳みそ! 脳みそ!」ベティはうんざりぎみだ。「ちょっと騒ぎすぎだと思うんだけど。悪くたってかまわないんじゃない?」

もっともな意見であり、チェスター脳務大臣もときに自問しているのではないか。

頭の良し悪しがそんなに問題か?

ーーローズ・マコーリー『その他もろもろ』

 

幸か不幸か、昨今のディストピア小説ブームはまだまだ好調のようで、古典ディストピアから最新ディストピアまで幅広い小説が、世界的に書店に並んでいる。

『その他もろもろ』は、古典のオルダス・ハクスリーすばらしい新世界』やジョージ・オーウェル1984』より数十年前に書かれた、「忘れられた古典」だ。

 

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『きょうの肴なに食べよう?』クォン・ヨソン|すべての肴は果てしなくうまい

世の中にまずい食べ物はあふれている。けれどもまずい酒の肴はない。食べ物のの後ろに”肴”と記されているだけで何でも食べられる。 

――クォン・ヨソン『きょうの肴なに食べよう?』

 

クォン・ヨソン『春の宵』を読んでいる時、この作家はとてつもなく酒とごはんが好きなのだろうと思った。つらい人生をじりじりと生き延びる中で、酒とごはんを食べるシーンだけは、漂流船がであった救助船みたいに、人生の救済めいた光を放っていた。

著者後記を読んだら、著者が大の酒好きだと明かされていて、やっぱりね、と納得したものだ。あまりにも酒のことを小説に書きすぎて、周囲からたしなめられたので酒について書くのをやめた、と書いてあって、笑ったけれどもったいないと思った。ごはん文学好きの人間としては、おいしい料理シーンはあればあるほどよいのだから。

そんな折に、酒と肴のことだけを書いたエッセイ『きょうの肴なに食べよう?』が刊行された。酒のことを書きすぎて周囲からたしなめられたから、小説の中で酒を書くのはやめたが、エッセイで書きまくることにしたらしい。よくやった、見知らぬ韓国の編集部、と思った。ごはんの文章は、世界にあればあるだけいい。

 

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