▼アジア文学
共産党はキリストの弟子だということを知っているかい? ――閻連科『心経』 多くの現代日本人は、宗教のことなどわからない、と言う。一方で、クリスマスと仏教式葬式とお参りを熱心に行う。不確かな未来を生きるための指針として、占いは大人気コンテンツで…
2021年は、海外文学の新刊を読みまくった。 『本の雑誌』の新刊ガイド連載「新刊めったくたガイド」の海外文学担当になったからだ。 「新刊めったくたガイド」は、ジャンルごとにわかれて、毎月4冊以上の新刊を紹介する連載だ。日本文学、海外文学、SF、ミス…
「あなた、すでに三人も子供がいて、またもう一人産むつもり? 私たちチベットの女は、男のために子供を産むために生まれてきたわけじゃないのよ。」 −−ペマ・ツェテン『風船』 10年以上前の夏の日、チベットへ行こうと思い立ってから、青蔵鉄道に乗ってラサ…
極めて微妙な―― 身震い。 (どうして身震いなのか!) ああ! 服の上からではなく、この荒々しい大きな手で裸身を隅々まで…… −−李昂『眠れる美男』 「小鮮肉=ヤング・フレッシュ・マッスル」 という衝撃的な中国語を知ることになった本書は、川端康成『眠れ…
世の中にまずい食べ物はあふれている。けれどもまずい酒の肴はない。食べ物のの後ろに”肴”と記されているだけで何でも食べられる。 ――クォン・ヨソン『きょうの肴なに食べよう?』 クォン・ヨソン『春の宵』を読んでいる時、この作家はとてつもなく酒とごは…
ーーじゃあ今日から僕のことメバルって呼んでください。 酔った俺は、たったいま俺何て言ったんだ、マジ終わってる、と思ってる途中に男がまたまじめな顔で答えた。 ーーいや、ヒラメって呼ぶつもりです。中身が丸見えだから。 ――パク・サンヨン『大都会の愛…
孤独で寄る辺のない呼び声ほど、人を戦慄させるものはない。しかも、それは雨の日の果てしない闇夜に響き渡ったのだ。 ーー余華『雨に呼ぶ声』 『雨に呼ぶ声』を読み終わった後に残った言葉は「寄る辺なさ」である。 自分が所属する共同体に居場所がない時、…
ずっと前から、ひょっとすると人生というものがわかりかけた気がした頃から、生を営んできたと同時に、失ってきたのかもしれない。時々こんな気分になった。何事も充実しているが、しきりに何かを失っているような。 ーーピョン・ヘヨン『ホール』 「穴」の…
そんなことより私は泣き叫びたい。髪を振り乱し、足を踏み鳴らしたい。歯を食いしばり、動脈がちぎれたときにそこからほとばしる血を見たい。 ーーハン・ガン『回復する人間』 めまいがするほど率直に、「回復する人間」にまつわる短編集だ。 短編の語り手た…
プライドや自信。そういうものが本当にあるとすれば、それは自分の手で捨てられるものではない。捨てるのではなく、心ならずも落としてしまうのだ。そして、二度と取り戻せなくなるのだ。今や俺にできることは、かなたからくる最悪を待つことだけだ。 ーーキ…
「一秒、一秒ごとに、アルコールのメシアが入ってくるのを感じるのですよ」 ーークォン・ヨソン 『春の宵』 健康診断の問診票で「酒をどれぐらい飲むか」という質問を見るたびに、酒は多くの人にとって非日常のものなのだと思いだす。「ほとんど飲まない」「…
「理解」は手間がかかる作業だから、横になるときに脱ぐ帽子みたいに、疲れると真っ先に投げ捨てるようにできてるの。 ーーキム・エラン『外は夏』 季節や年月は、すべての人に平等にやってくる。 だがそれは物理法則の話であって、心について言えば、そうと…
決して死にたかったわけではない。ただ闇のほうがなじみ深かっただけ。 ーーペク・スリン『惨憺たる光』 「光」という単語は、明るさ、まぶしさ、あたたかさ、希望や展望、といった前向きな印象で語られることが多いが、本書における「光」は、惨憺たるもの…
それらすべてを抜いて、いざ街を占領しているのは悪臭だった。都市全体が腐乱しながら悪臭を漂わせている。偏頭痛を起こし、舌を鈍らせ、鼻を詰まらせ、絶えず吐き気を催させる悪臭だ。悪臭は都市を構成する有機物の一つになっている。その悪臭の真中にアオ…
告白しないのは、まだ私自身が、起こったことをこんなにも信じていないからだとも思う。私はまだ愕然としている。自分に真実を言い聞かせなおすたびに唖然とするのだから、なおさらだろう。だから私は手間を省くために回避する。私は自分がその言葉を言うと…
「まあ、ふたりとも、自分の人生のねじをどこかで落としてしまったんだろう。自分のことが、自分でもわからない」 「会話のスイッチが壊れているんだ」 「そう、壊れている」 ――呉明益『自転車泥棒』 話せなかった傷と痛み 痛ましい出来事によってうまれた傷…
天国に住んでいる人は地獄のことを考える必要がない。けれども僕ら五人は地獄に住んでいたから、天国について考え続けた。ただの一日も考えなかったことはない。毎日の暮らしが耐えがたいものだったからだ。 ――チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』…
まだ落ちてて、今も落ちてるのだ。すごく暗くて長い穴の中を落ちながら、アリス少年が思うんだ、ぼくずいぶん前にうさぎ一匹追っかけて穴に落ちたんだけど……そんなに落ちても底に着かないな……ぼく、ただ落ちている…落ちて、落ちて、落ちて……ずっと、ずっと………
ふとこの世で生きたことがない、という気がして、彼女は面食らった。事実だった。彼女は生きたことがなかった。記憶できる幼い頃から、ただ耐えてきただけだった。 ――ハン・ガン『菜食主義者』 境界の向こうに行った人 人間という業の深い生物にうまれ、不幸…
顔に、体に、激しく打ち付ける雪に逆らって彼女は歩きつづけた。わからなかった、いったい何なのだろう、この冷たく、私にまっこうから向かってくるものは? それでいながら弱々しく消え去ってゆく、そして圧倒的に美しいこれは? ――ハン・ガン『すべての、…
私はすでにあまりに多くの死の物語を語ってきた。これは仕方のないことだ。誰であれみな死ぬのだから。人は生まれるときにはあまり差がないが、死ぬときは一人ひとりの旅立ち方がある。 ――遅子建『アルグン川の右岸』 消えゆく一族の挽歌 人生は、死というゆ…
さらに過激な議論もあり……この理論によれば、地図上のすべての場所は取替地であり、どんな場所もかつてはそれ自身ではなかったし、永遠に別の場所に取り替えられるのである。――董啓章「地図集」 地図は小説 『千と千尋の神隠し』で、湯婆婆(ゆばーば)は千…
[悲喜こもごも] 莫言 檀香刑 ,2001. 白檀の刑〈上〉作者: 莫言,吉田富夫出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2003/07メディア: 単行本 クリック: 34回この商品を含むブログ (20件) を見る 白檀の刑〈下〉作者: 莫言,吉田富夫出版社/メーカー: 中央公論新社…
「夜はもう明けるの?」ぼくは兄に聞いた。 「まだわからんのか。今は……今は……ああ、やめておこう」 (「暗夜」) 「夜が明けるなんてことを考えさえしなければ、この家と折り合えるさ。夜は明けっこないのだ」(「帰り道」) 夜は明けない 残雪は鮮烈なイメ…
[赤が泣く] Mo Yan 紅高粱家族 Hong GaoLiang JiaZu,1987. 赤い高粱 (岩波現代文庫)作者: 莫言,井口晃出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2003/12/17メディア: 文庫購入: 3人 クリック: 54回この商品を含むブログ (22件) を見る 万物はすべて、人の血のにお…
[走り去る君は] Khaled Hosseini The Kite Runner,2003.君のためなら千回でも(上巻) (ハヤカワepi文庫)作者: カーレド・ホッセイニ,佐藤耕士出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2007/12/19メディア: ペーパーバック購入: 8人 クリック: 653回この商品を含む…
白水社「エクス・リブリス通信 Vol.5」を参考にまとめたもの。20世紀以降の文学が中心。 ■アフガニスタンを知る本 悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)作者: アティークラヒーミー,Atiq Rahimi,関口涼子出版社/メーカー: 白水社発売日: 2009/10/01メディア: 単行本購…
[静寂の言葉] Rabindranath Tagore রবীন্দ্রনাথ ঠাকুর Stray Birds,1916.迷い鳥作者:ロビンドロナト・タゴール出版社/メーカー: 風媒社発売日: 2009/07/07メディア: 単行本 アジア圏で、詩人は非常に尊敬される。少ない言葉で多くのことを語るから。 20世紀…
[頭蓋に焼きついた光景] Atiq Rahimi Khakestar-o khak,2000.灰と土作者: アティークラヒーミー,Atiq Rahimi,関口涼子出版社/メーカー: インスクリプト発売日: 2003/10/01メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 25回この商品を含むブログ (8件) を見る ときど…
[寂寞と喝破] Hōu Shùrén魯迅; 阿Q正伝, 1921. 狂人日記、1918.阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)作者: 魯迅,竹内好出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1981/02メディア: 文庫購入: 5人 クリック: 56回この商品を含むブログ (56件) を見る故郷/阿Q…