2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧
今になってみれば、これから生きる年数よりも、過去に生きた年数のほうが多い。これから楽しみにすることよりも、思い出すべきことのほうが多い。 ――デニス・ジョンソン『海の乙女の惜しみなさ』 デニス・ジョンソンは、底に落ちた人生について、驚くべきフ…
Hにつねにつきまとっていた、あの奇妙な無効の感じを、どう言葉にすればわかってもらえるだろう。 ――岸本佐知子編『居心地の悪い部屋』 言葉は、未知の世界を切り開いて照らす光であり、既知の世界を異界に揺り戻す闇でもある。『居心地の悪い部屋』は、日常…
かんがえる力をつかってじぶんをどこかよその場所につれていくやり方はクリオミーとジニアから教わったのだった。…… 「よその場所って?」とわたしは訊いた。 「そこでない場所どこでも」とジニアは言った。 「きれいな場所」とクリオミーが言った。 「あん…
「コタール症候群は、地球に立ちはだかる巨大な黒い壁みたいなもの。そこから土星をのぞこうとしても、見えるはずがないのです」 ――アニル・アナンサスワーミー『私はすでに死んでいる』 「私は自分にとって永遠の異邦人である」と、アルベール・カミュは書…
ファーリス・マウワーズは頭なしで生まれた。彼の母は泣き、医者は恐怖のあまり息を呑んだ。彼の父は恥じ入って壁際に身を寄せ、看護師たちは病院のベランダへと散り散りになった。 だが医師たちの予想に反してファーリスは死なず、長生きした。何も見ず、何…
しごと ない。 家ない。 お金 ない。 トゥク トゥク トゥク! ――ショーン・タン『セミ』 鮮やかだ。あらゆる意味で鮮やかな書物である。 夏だからセミの話をする。主人公はセミだ。大企業でまじめに働いている。だが、報われない。灰色のスーツを着て、灰色…
光がなければ、望みはないが、闇がなければ、ダンスはない。 ――マーガレット・アトウッド『洪水の年』 巨大企業、エコカルト、世界の終末 旧約聖書の物語「ノアの洪水」は、世界滅亡の話だ。世界を150日間の洪水が襲って、箱船に乗ったノア夫婦と動物以外は…
“エクスティンクタソン(絶滅マラソン)。モニターはマッドアダム。アダムは生ける動物に名前をつけた。マッドアダムは死んだ動物に名前をつける。プレーしますか?” ――マーガレット・アトウッド『オリクスとクレイク』 人類の絶滅神話を語る、世界最後の男 …