2011-01-01から1年間の記事一覧
しれっと新年を迎えようかとも思ったけれど、なんだかんだで今年もやることにした「海外文学アワード」。2011年刊行のものではなく、2011年に私が読んだ本の中から特に気に入ったものを選ぶという趣旨。「アワード2011」という感じではぜんぜんないが、そこ…
「わかってるよ、母さん」とお父さんが言う。「よくわかっているし、みんなには感謝しているよ。ただ、とにかく、同じ一族という仕組みのなかでは、もう生きられなくなっているんだよ。自分とか自分の家族とかを超えて、ものを見なきゃ。今は二十世紀なんだ…
もはや悪党になるしかない。 馬だ! 馬だ! 馬をよこせば王国をくれてやる!——ウィリアム・シェイクスピア『リチャード三世』 絶望して死ね! 王家につらなる人々が流麗な言葉で歌いあげる、呪詛の交響曲である。この世のすべてを、大事な人を奪った者を、自…
ああ、栄華も権勢も、しょせんは土と埃にすぎぬのか? 人間、どう生きようと、結局は死なねばならぬのか?——ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー六世』 足を踏みならして貴族と王族が輪になって踊っている。それは権力争いの踊りで、踊り手は増えては消え…
ペトルーチオ おれはきみを飼いならすために生まれた男だ、ケート、 山猫ケートを飼い猫ケートに変えてだな、ケート、 おとなしくかわいがられる女房にしてやるぞ、ケート。——ウィリアム・シェイクスピア『じゃじゃ馬ならし』 交換可能の愛と属性 『じゃじゃ…
三十六度というのは、自然界でいちばん適切な温度だということがわかっているのだよ、アルフォンスはそう言いました。神秘的な閾値といってもいい。私はこんなことを思ったことがあるんだ、ひょっとしたら人類の不幸は、いつのころだか体温がこの基準からず…
人生は意図せずに行われてしまった実験旅行だ。それは物質を通しての精神の旅行であり、旅行しているのは私たちの精神なのだから、私たちが生きているのは精神のなかだ。だから、外で生きる魂よりも、ずっと強烈で、ずっと広大で、ずっと波乱に満ちた生涯を…
「ひとりの人を理解するまでには、すくなくも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」 ミラノで結婚してまもないころ、これといった深い考えもなく夫と知人のうわさをしていた私にむかって、姑がいきなりこんなことをいった。とっさに喩えの意味…
明日、また明日、また明日と、時は小きざみな足取りで一日一日を歩み、ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく、昨日という日はすべておろかな人間が塵と化す死への道を照らしてきた。 消えろ、消えろ、つかの間の燈火! 人生は歩き回る影法師、あわれな役者…
精神分析のにたずさわる医者や患者なら楽しんでいただけると思うのは、ルージンが神経衰弱になってから受ける治療の詳細であり(たとえばチェス選手は、自分のクイーンにママの、そして相手のキングにパパの面影を見るといった暗示療法)さらに鍵穴式携帯盤…
ぼくは神の御子を殺したことの償いのためにこんなにたくさんのユダヤ人の命がはたして必要なのだろうかと思った。この世界はやがて、ひとを焼くための、ひとつの大きな火葬場になるだろう。司祭さんだって、すべては滅び、「灰から灰に」帰する運命にあると…
おれたちにとって、身を焦がしながら口に出さないでいることほどひどい罰はありゃしない。……なんの役にも立ちゃしない! ただおれの体に炎をかき立てただけだ!——ガルシーア・ロルカ「血の婚礼」 血と情念 なんと情念的なのだろう。土と汗と血のにおいがする…
ぼんやりした感嘆の念とぼんやりした恐怖を覚えながら、なんと不気味に、なんとあざやかに、なんと柔軟に、一手一手、少年時代のイメージが反復されてきたか(田舎……学校……叔母)を彼は知り、それでもまだ、どうしてこの手筋の反復が魂にこれほどの恐怖を呼…
「どうして? また吐き気がするのかい?」 「そうじゃないよ。もう吐き気なんか、絶対にするもんか。でもゲロは、吐く」——ヴェネディクト・エロフェーエフ『酔どれ列車、モスクワ発ペトゥシキ行き』 飲むしかない 学生のころ、米原万里のエッセイを読みあさ…
運転手は親切に聞いてくれました。どちらへお連れしましょうか。ある物語から抜け出したいのです。わたしは混乱しつつ、つぶやきました。行き先はどこでもいい、物語から逃げ出す手助けをしていただければ。わたしが作りだした物語ですが、今はそこから抜け…
「あなた、経験から学び取ったことないの?」 「ない、はっきり言ってひとつもない」——トマス・ピンチョン『V.』 世界の歴史は女 奇っ怪である。「あいつ、俺のともだちなんだよ」「私、あの人とつきあってるの」と飲んだくれの男女がひっきりなしにやってき…
「どうして、彼のことを知りたいのですか」 「むこうは死んだのに、こっちは生きてるからです」——アントニオ・タブッキ『遠い水平線』 目の中に水平線 見知らぬ人が死んでいる。今もどこかで、近くの路地で、遠い部屋の片隅で。だが、死はふだんの生活からは…
今、ローザはそのまなざしと仕草を、ウンラートを通り越して別の男の方へ……ローマンの方へ向けていたのだ! ウンラートはこの情景を終わりまで思い浮かべた。そして彼のむせび泣きに応じて、情景は踊るように躍動した。——ハインリヒ・マン『ウンラート教授 …
雨だってたくさん降る土地柄なのだが、この土地をこの土地らしくしていたのは、雨よりも霜よりも、とにかく風だった。 ーーウィリアム・トレヴァー「丘を耕す独り身の男たち」 受け継がれる トレヴァーは「過去の重さ」を描く作家だと思う。人がなにかを思い…
<ちんこ>、君、ターザンになったな、一日一日、いい身体になって行くみたいだぜ、とぼくらはいったものだった。ーーバルガス・リョサ「子犬たち」 cinco autores ラテンアメリカ五人集 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)作者: リョサ,パチェーコ,アスト…
サーサイティーズ:なにもかもごまかしのまやかしの悪だくみだ。ことの起こりは間男と淫売女じゃねえか、いがみあい、徒党をくみ、血を流して死んじまうには、ごりっぱな大義名分だ。そんな大義名分なんかかさぶたにでもとっつかれるがいいんだ、戦争とセッ…
「一輪の薔薇は、あっけなく燃え尽きるはずです」と弟子は挑むように言った。 「暖炉にまだ火が残っている」とパラケルススは応じた。 「この薔薇を火中に投ずれば、それは燃え尽きたと、灰こそ真実だと、おまえは信じるだろう。だが、よいか、薔薇は永遠の…
『ドン・キホーテ』はこれまで書かれた中で最高の小説だと呼ばれてきた。もちろん、これはナンセンスだ。事実は、世界中の最大傑作の一つでさえないのだ。——ウラジミール・ナボコフ『ナボコフのドン・キホーテ講義』 ナボコフの鉈 どこで読んだのだったか、…
とあるninaさんから「好きな作家ベスト100をやってみるとおもしろい」と言われた。なるほど、ならばやってみようと書きだしてみたらこれがなかなか頭を悩ませるしろもので、100人書きだすことがそもそも大変、それを並べるのがさらに難しいときている。どう…
写真のプロセスで私を魅了してやまないのは、感光した紙に、あたかも無から湧き上がってくるかのように現実の形が姿を現す一瞬でした。それはちょうど記憶のようなもので、記憶もまた、夜の闇からぽっかりと心に浮かび上がってくるのです。ーーW.G.ゼーバル…
再び切子面の前に立った私たちは、緋色の軽い丸い玉が水中に落ち、ゆっくり沈んでゆくかと思うと、突然、肌がばら色で、毛のない例の動物が、それを通りすがりに飲みこむのを見た。カントレルは、この動物は、すっかり毛を抜き去った本物の猫で、コン=デク…
[悲喜こもごも] 莫言 檀香刑 ,2001. 白檀の刑〈上〉作者: 莫言,吉田富夫出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2003/07メディア: 単行本 クリック: 34回この商品を含むブログ (20件) を見る 白檀の刑〈下〉作者: 莫言,吉田富夫出版社/メーカー: 中央公論新社…
まったく奇妙な界隈である、この黄色い街というところは。不具者や、夢遊病者や、狂人や、絶望した者や、人生に飽きあきした人間がひしめいている。——ベーツァ・カネッティ『黄色い街』 沈黙の激情 ベーツァ・カネッティは、ブルガリア生まれのノーベル賞作…
2010年春に世界文学の祭典「ワールド文学カップ」で海外文学ファンのお祭り騒ぎを巻き起こしたピクウィック・クラブが、4月から「文学博覧会2011」、略して「ぶんぱく'11」を開催している。 例年どおり、249タイトルすべてに手書きポップをつけるという謎の…
元ネタ:モテる女子力を磨くための4つの心得 こんにちは、海外文学を乱読しているイリアス嬢です。私は町でいちばんの美女でも毛皮を着たヴィーナスでもありませんし悪徳の栄えですが、恋愛に関してはプロフェッショナル。今回は、モテる海外文学(ガイブン…