2014-01-01から1年間の記事一覧
いったい何を根拠に、ある人物が、ある物語の主役であると判断するのだろうか? その人物に費やされたページ数によって? ——ローラン・ビネ『HHhH プラハ、1942年』 自分語りとアンチ歴史スパイ小説 「事実かどうかを1次情報まで戻って確認せよ、重要なこと…
「私たちはベントゥーラ一族なのよ、ウェンセスラオ、唯一確かなのは外見だけ、よく覚えておきなさい」——ホセ・ドノソ『別荘』 分厚いベールをかける黄金の白痴 ドノソはわたしにとって「液体作家」である。読んだ後になぜか液体じみた印象が離れない。きち…
世界文学が読まれない、売れない、翻訳できない 『絶望名人カフカの人生論』の著者、頭木弘樹さん(@kafka_kashiragi)が「海外文学の翻訳が売れないから、翻訳できなくなってきている」というつぶやきが3000RTを超えた。 https://twitter.com/kafka_kashira…
ガイブン初心者にオススメする海外文学・ハードカバー編 - ボヘミアの海岸線 - 海外文学の感想 秋の夜長に「読みたい本の雰囲気を伝えてもらったら、それっぽい海外文学をおススメする」企画をTwitterでやってみた。 「あまり海外小説を読まないけれど興味は…
この物語の結末をおれにいわないでくれ。 ——コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』 命の火を運ぶ 人類絶滅まであと少し。未来は来ない。 黒こげた死体の薪に命の火をくべて、血と夜の雫でできた宝石を、頭蓋骨の鍋で煮たような小説だ。なぜ、これほど極限…
「あいつはどうかしている。いつもこうなんだ。大虐殺の現場に連れていかれるとでも思っているんだ……」 ——ラジスラフ・フクス『火葬人』 ホロコーストという“慈善” 心電図が停止しながらも生きている人間は、じつはけっこういるのかもしれない。心臓は動いて…
今ではもう私たちのどちらかが犠牲者なのか判然としない。たぶん互いが互いの犠牲者なのだろう。 —ーアンナ・カヴァン『氷』 愛の絶対零度 これぞ唯一無二。手の上に、虹色にかがやく絶対零度の氷塊がある。この氷塊が、わずか数百枚のページでできているこ…
祖父はようやく口を開いた。「分かるだろう、こういう瞬間があるんだ」 「どんな瞬間?」 「誰にも話さずに胸にしまっておく瞬間だよ」 ——テア・オブレヒト『タイガーズ・ワイフ』 トラの嫁と、不死身の男 まずはわたしの話からはじめよう。曾祖父が曾祖母と…
この世の中では、誰でもとれるだけとっておくのがよろしい、ことに女の場合はそうですよ。女は使えるあいだに、男よりも時間を有効に使わねばなりません。——ジョヴァンニ・ボッカッチョ『デカメロン』 壮大なラテンの現実逃避 世界の終末に生き延びたとした…
「この盗っ人やろう、わたしを殺しやがったな。わたしの地所をとろうと思ったんだろう。でも死ぬ前に、おまえと接吻したいものだ」——ジェフリー・チョーサー『カンタベリー物語』 中世英国バラエティ番組 いつの時代どの土地であっても、ゆかいな物語は人々…
アントニオ・タブッキ『レクイエム』に、登場人物がリスボンの美術館でヒエロニムス・ボッシュ『聖アントニヌスの誘惑』を眺めるシーンがある。はじめて本書を読んだとき、ボッシュも『聖アントニヌスの誘惑』も知らなかったわたしは、これほどまでに登場人…
彼女は彼にとって、生きうつしの、明確な姿をした思い出だった。 ——ジョルジュ・ローデンバック『死都ブリュージュ』 町と自分と彼女の区別がつかない ベルギーの画家フェルナン・クノップフによる『見捨てられた町』*1を見たとき、なんて幻想文学の表紙にう…
「白人ときたら、まったくずる賢いやつらだよ。宗教をひっさげて、静かに、平和的にやって来た。われわれはあのまぬけっぷりを見ておもしろがり、ここにいるのを許可してやった。しかしいまじゃ、同胞をかっさらわれ、もはやひとつに結束できない。白人はわ…
誰もかれもが踊り狂う、情念の神々 ギリシア神話はファム・ファタルのようだと思う。いちど読み始めるとその深さにはまり、砂時計に入ったように抜け出せない。次から次へと知りたい物語が増え、この神はどの神と浮気をしたのか、親子関係はどうなっているの…
遭難の作法 ふと、彼は思う。自分は、まだ待機していたい。待っていたい。だが、なにを待つのか?——堀江敏幸『河岸忘日抄』 霧の深い夜には、たいそう派手な失恋をしてなんの知らせもよこさずに遠い異国へふつりと消えた、気狂いの友人を思い出す。失踪した…