ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

2011-01-01から1ヶ月間の記事一覧

『移民たち』W.G.ゼーバルト

――彼らはこうやって還ってくるのだ、死者たちは。——W.G.ゼーバルト『移民たち』 死者の記憶 低くささやくような声で、4人の移民たちの人生が語られる。ドクター・ヘンリー・セルウィン、パウル・ベライター、アンブロース・アーデルヴァルト、マックス・アウ…

『新ナポレオン奇譚』G.K.チェスタトン

「ひげ剃りですか、旦那?」芸術家は店の中から尋ねた。 「戦いです」とウェインは、戸口に立ったまま答えた。 「何ですって?」と鋭く相手は言った。 「戦いです」とウェインは、熱をこめて言った。——G.K.チェスタトン『新ナポレオン奇譚』 狂った世界の肯…

『響きと怒り』ウィリアム・フォークナー

[臓腑のような独白] William Cuthbert Faulkner The Sound and Fury,1929. 響きと怒り (上) (岩波文庫)作者: フォークナー,Faulkner,平石貴樹,新納卓也出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2007/01/16メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 24回この商品を含む…

『魔の山』トーマス・マン

私たちの時を測る針は、時計の秒針のようにせわしなく動いていくが、それが冷淡に休みなく頂点を通過していくとき、そこに流れすぎていく時間の意味は誰にもわからないのである。——トーマス・マン『魔の山』 浮世離れ 冬なので寒い本を読もう企画。私はこの…

『緑の家』マリオ・バルガス・リョサ

「密林はたしかに美しい。むこうのことはすっかり忘れてしまったが、あの色だけは今でもはっきりと憶えているよ、ハープを緑色に塗ってあるのは、そのせいなんだよ」——マリオ・バルガス・リョサ『緑の家』 ざわめく密林 バルガス・リョサは2010年にノーベル文…

『わたしたちが正しい場所に花は咲かない』アモス・オズ

狂信主義はイスラームより、キリスト教より、ユダヤ教より古い。どんな国や政府よりも古いし、どんな政治形態、どんなイデオロギーや信念よりも古くからこの世にあります。悲しいかな、狂信主義は人間の本性につねに備わっている成分、いわば悪い遺伝子なの…

『アラン島』J.M.シング

石積みのてっぺんから見渡すとほとんどすべての方角に海原が見え、北と南には海の彼方に連なる山並みが見える。見下ろせば東の方に集落があり、家々のまわりで立ち働いている赤い人影が見える。ときどき、会話や島の古い歌のきれはしが風に吹きあげられて、…