ボヘミアの海岸線

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

韓国文学

『回復する人間』ハン・ガン|静かな重症者たちの声なき叫び

そんなことより私は泣き叫びたい。髪を振り乱し、足を踏み鳴らしたい。歯を食いしばり、動脈がちぎれたときにそこからほとばしる血を見たい。 ーーハン・ガン『回復する人間』 めまいがするほど率直に、「回復する人間」にまつわる短編集だ。 短編の語り手た…

『中央駅』キム・ヘジン|彼方からくる最悪を待つ

プライドや自信。そういうものが本当にあるとすれば、それは自分の手で捨てられるものではない。捨てるのではなく、心ならずも落としてしまうのだ。そして、二度と取り戻せなくなるのだ。今や俺にできることは、かなたからくる最悪を待つことだけだ。 ーーキ…

『春の宵』クォン・ヨソン|酒が人生に染みついた酒人間の語り

「一秒、一秒ごとに、アルコールのメシアが入ってくるのを感じるのですよ」 ーークォン・ヨソン 『春の宵』 健康診断の問診票で「酒をどれぐらい飲むか」という質問を見るたびに、酒は多くの人にとって非日常のものであることを思いだす。ほとんど飲まない、…

『外は夏』キム・エラン|心はあの季節に静止したまま

「理解」は手間がかかる作業だから、横になるときに脱ぐ帽子みたいに、疲れると真っ先に投げ捨てるようにできてるの。 ーーキム・エラン『外は夏』 季節や年月は、すべての人に平等にやってくる。だがそれは物理法則の話であって、心について言えば、季節や…

『惨憺たる光』ペク・スリン|心のやわらかい場所につながる薄闇

決して死にたかったわけではない。ただ闇のほうがなじみ深かっただけ。 ーーペク・スリン『惨憺たる光』 「光」という単語は、明るさ、まぶしさ、あたたかさ、希望や展望、といった前向きな印象で語られることが多いが、本書における「光」は、惨憺たるもの…

『アオイガーデン』ピョン・ヘヨン|悪臭と腐敗にまみれたパンデミック都市

それらすべてを抜いて、いざ街を占領しているのは悪臭だった。都市全体が腐乱しながら悪臭を漂わせている。偏頭痛を起こし、舌を鈍らせ、鼻を詰まらせ、絶えず吐き気を催させる悪臭だ。悪臭は都市を構成する有機物の一つになっている。その悪臭の真中にアオ…

第五回 日本翻訳大賞の最終選考5作品を読んだ

第五回 日本翻訳大賞に、ウィリアム・ギャディス『JR』(木原義彦訳)とジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』(木下眞穂訳)が選ばれた。2作品の受賞、おめでとうございます。 JR 作者: ウィリアム・ギャディス,木原善彦 出版社/メーカー: 国…

『こびとが打ち上げた小さなボール』チョ・セヒ|人間扱いされない世界

天国に住んでいる人は地獄のことを考える必要がない。けれども僕ら五人は地獄に住んでいたから、天国について考え続けた。ただの一日も考えなかったことはない。毎日の暮らしが耐えがたいものだったからだ。 ――チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』…

『野蛮なアリスさん』ファン・ジョンウン|最低な世界は最低だ

まだ落ちてて、今も落ちてるのだ。すごく暗くて長い穴の中を落ちながら、アリス少年が思うんだ、ぼくずいぶん前にうさぎ一匹追っかけて穴に落ちたんだけど……そんなに落ちても底に着かないな……ぼく、ただ落ちている…落ちて、落ちて、落ちて……ずっと、ずっと………

『菜食主義者』ハン・ガン|境界の向こうに行った人

ふとこの世で生きたことがない、という気がして、彼女は面食らった。事実だった。彼女は生きたことがなかった。記憶できる幼い頃から、ただ耐えてきただけだった。 ――ハン・ガン『菜食主義者』 境界の向こうに行った人 人間という業の深い生物にうまれ、不幸…

『すべての、白いものたちの』ハン・ガン|白をたぐりよせて葦原へ

顔に、体に、激しく打ち付ける雪に逆らって彼女は歩きつづけた。わからなかった、いったい何なのだろう、この冷たく、私にまっこうから向かってくるものは? それでいながら弱々しく消え去ってゆく、そして圧倒的に美しいこれは? ――ハン・ガン『すべての、…

『短篇コレクションI』池澤夏樹編

[世界という名のタペストリ] Natsuki Ikezawa edited Colleted Stories I,2010.短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)作者:コルタサル他発売日: 2010/07/12メディア: 単行本 世界中の文学から短編を集めたコレクション第1弾。本書は、…