ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

☆☆☆☆☆:個人ベスト本

【2021年まとめ】海外文学の新刊を読みまくったので、一言感想を書いた

2021年は、海外文学の新刊を読みまくった。 『本の雑誌』の新刊ガイド連載「新刊めったくたガイド」の海外文学担当になったからだ。 「新刊めったくたガイド」は、ジャンルごとにわかれて、毎月4冊以上の新刊を紹介する連載だ。日本文学、海外文学、SF、ミス…

『丸い地球のどこかの曲がり角で』ローレン・グロフ|フロリダ、ワニと亡霊が蠢く異形の土地

ためしに一度、フロリダで戸外を歩いてみるといい。あなたは始終、蛇に見はられていることになる。植物の根を覆う敷き藁の下に蛇がいる。灌木林に蛇がいる。 ――ローレン・グロフ 『丸い地球のどこかの曲がり角で』 フォークナーのヨクナパトーファや、ル・ク…

『アルマ』J.M.G. ル・クレジオ|絶滅した鳥、失われゆく記憶

どこにだって行こう、なんでも見たい、たとえ見るべきものだとたいして残っておらず、あたかも水没した墓碑に書かれたような地図上のこうした名前、日一日と消えていく名前、時の果てへと逃れていく名前のほか何もないとしても。 −−J.M.G.ル・クレジオ『アル…

『掃除婦のための手引き書』ルシア・ベルリン|彼女はあっけらかんと笑っている

ブルーム夫妻は大量に、膨大に、薬を持っている。彼女はアッパー、彼はダウナー。男ドクターは"ベラドンナ"の錠剤も持っている。何に効くのか知らないけれど、自分の名前だったら素敵だと思う。 ーールシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』 私がコイン…

『心は孤独な狩人』カーソン・マッカラーズ|われら人類は皆すごくさびしい

「あんたただ一人だ」と彼は夢見るように言った。「あんただけだ」 ーーカーソン・マッカラーズ『心は孤独な狩人』 マッカラーズ『心は孤独な狩人』を知ったのは7〜8年ぐらい前、評論かエッセイかなにかを読んでいた時だった。『心は孤独な狩人』”The Heart …

『グールド魚類画帖』リチャード・フラナガン|流刑地で花開く狂気の夢

膿んだ腫れ物に口づけした。潰瘍だらけの、膿がたまって腐りかけたくぼみだらけのやせ細ったすねを洗った。おれはその膿であり霊であり神であり、自分自身にすら解釈できず知ることができない存在だった。そのためにどれほど自分を憎んだことか。おれが愛し…

『2666』ロベルト・ボラーニョ|これほどの無関心、これほどの暗黒

「警官とまぐわうのは山の中でその山とまぐわうようなもの、密売人とまぐわうのは砂漠の空気とまぐわうようなもの、ってこと?」 「まさにそうなの。密売人に抱かれると、いつも嵐のなかにいるみたい」 ーー ロベルト・ボラーニョ『2666』 年に1〜2回ほど、…

【海外文学アドベントカレンダー2020】エントリを紹介するよ

海外文学アドベントカレンダー2020を開催した。 今年に読んだ海外文学、読んでみたかった海外文学、復刊してほしい海外文学、読めそうにない海外文学、海外文学を読もうとしたらなにも読まずに終わりそう、海外文学を読める気がしない、今年の海外文学ベスト…

【2020年】今年に読んでよかった&思い出深い海外文学3冊

小澤みゆきさん(@miyayuki777)主催の「文芸アドベントカレンダー」に登録して、なにを書こうかなーと考えながらぼんやり生きていたら、「今年に読んでよかった/印象深かった文芸作品を紹介する」とテーマが決められていたことに昨日、気がついた。 自分が…

『アルテミオ・クルスの死』カルロス・フエンテス|おまえは選ぶだろう、愛を失う人生を

お前は選ぶだろう、生き延びるために選ぶだろう、無数の鏡の中から一枚を選ぶだろう、たった一枚のその鏡は他の鏡を黒い影で覆い隠し、もはや取り消すことのできない形でお前を映し出すだろう、他の鏡が選び取ることのできる無数の道をもう一度映し出す前に…

『アオイガーデン』ピョン・ヘヨン|悪臭と腐敗にまみれたパンデミック都市

それらすべてを抜いて、いざ街を占領しているのは悪臭だった。都市全体が腐乱しながら悪臭を漂わせている。偏頭痛を起こし、舌を鈍らせ、鼻を詰まらせ、絶えず吐き気を催させる悪臭だ。悪臭は都市を構成する有機物の一つになっている。その悪臭の真中にアオ…

『ある島の可能性』ミシェル・ウエルベック|望みが叶わない人生の苦痛とその解放

僕がセックスで幸せを感じるためには、少なくとも――愛がないのであれば――同情か、尊敬か、相互理解が必要だった。人間性、そうなのだ、僕はそれを諦めてはいなかった。 ――ミシェル・ウエルベック『ある島の可能性』 幸せはどこまでも主観的なものであり、他…

『血と暴力の国』コーマック・マッカーシー|出会ってしまったら終わりの災厄

出直しなんてできないんだ。そういう話だよ。きみのどの一歩も永遠に残る。消してしまうことはできない。どの一歩もだ。言ってることわかるかい? ーーコーマック・マッカーシー『血と暴力の国』 『悪の法則』と『血と暴力の国』は異なる手法で同じマッカー…

『フラナリー・オコナー全短篇』フラナリー・オコナー |目の中の丸太を叩き落とす、劇的な一瞬

「なにを言うの! 田舎の善人は地の塩です! それに、人間のやりかたは人それぞれなのよ。いろんな人がいて、それで世の中が動いてゆくんです。それが人生というものよ!」 「そのとおりですね。」 「でも、世の中には善人が少なすぎるんですよ!」 ーーフラ…

『重力の虹』トマス・ピンチョン|重力を切り裂いて、叫べロケット

この上昇は<重力>に知られるだろう。だがロケットのエンジンは、脱出を約束し、魂を軋らせる、深みからの燃焼の叫びだ。生贄は、落下に縛り付けられて履いても、脱出の約束に、予言に、のっとって昇っていく…… ーートマス・ピンチョン『重力の虹』 これま…

『波』ソナーリ・デラニヤガラ|耐えがたい現実を生きのびる

告白しないのは、まだ私自身が、起こったことをこんなにも信じていないからだとも思う。私はまだ愕然としている。自分に真実を言い聞かせなおすたびに唖然とするのだから、なおさらだろう。だから私は手間を省くために回避する。私は自分がその言葉を言うと…

『ミステリウム』エリック・マコーマック|奇病で村全滅ミステリのふりをしたなにか

「動機。あなたはほんとうに動機や原因や結果みたいなものを信じているの? 本や劇以外で、未解決の事柄がきちんと片付くと信じているの?」 ーーエリック・マコーマック『ミステリウム』 マコーマックは、物語を組み上げると同時に内側から解体しにかかる作…

『奥のほそ道』リチャード・フラナガン| 生きながらに死に、死にながら生きる

見るのはつらい、だが見ずにいるのはもっとつらい。 ――リチャード・フラナガン『奥のほそ道』 生きて、死んで、そしてまた 突き詰めていけば私の関心ごとは、生と死とそれら不可避の事象をめぐる感情であるように思う。私の心をえぐり爪痕を残していく文学は…

『冬の物語』イサク・ディネセン|世界に爪痕を残す

ペーターはなんとなく察しをつけた。不滅という言葉は、こういう状態のことを言うのだろう。もう、これから先も、過去のことも、考えるのをやめた。この時間だけが彼をとらえた。 ーーイサク・ディネセン『冬の物語』 世界にかすかな爪痕を残す 「あなたはヨ…

『移動祝祭日』ヘミングウェイ|どこまでもついてくる祝祭

「もし、きみが、幸運にも、青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過ごそうとも、それはきみについてまわる。なぜなら、パリは移動祝祭日だからだ」 ーーアーネスト・ヘミングウェイ『移動祝祭日』 どこまでもついてくる祝祭 世の中には…

『ノートル=ダム・ド・パリ』ユゴー|激情うごめく失恋デスマッチ

…こうなるともう、ノートル=ダム大聖堂の鐘でもなければ、カジモドでもない。夢か、つむじ風か、嵐だ。音にまたがっためまいだ。…こんな並外れた人間がいたおかげで、大聖堂全体には、なにか生の息吹みたいなものが漂っていた。 ーーヴィクトル・ユゴー『ノ…

『メダリオン』ゾフィア・ナウコフスカ|人間が人間にこの運命を用意した

さまざまなところから死亡の知らせが届く。…人びとはあらゆる方法で死んでいく、ありとあらゆるやりかたで、どんなことも口実にして。もう誰も生きていないし、しがみつくもの、守り通すものはないように思えた。死はそれほどに偏在していた。−−ゾフィア・ナ…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ|人類全体の世話人

「信じられるか、この世界? 愛するしかないよな」−−リチャード・パワーズ『囚人のジレンマ』 人類全体の世話人 誰かを信じるには、それなりの時間と勇気を必要とする。それに比べて、不信感を抱くのはもっとずっとお手軽だ。疑いを抱くことも、自分を守るも…

『ロリータ』ウラジミール・ナボコフ|愛は五本足の怪物

「だめよ」と彼女はほほえみながら言った。「だめ」「そうしたら何もかもが変わるんだが」とハンバート・ハンバートが言った。ーーウラジミール・ナボコフ『ロリータ』愛は五本足の怪物はじめて『ロリータ』を読んだのは10年前、海外文学を読みはじめてまも…

『ヨブ記』

しかし わたしは全能者に語りたい、わたしは神に抗議したいと思うのだ。——『ヨブ記』 理不尽な神に抗う 神様はあなたたちの行いをすべて見ています、だからいい子でいるのですよ、そうすれば神様は神の国へ迎えいれてくれますという言葉が、百歳のシスター・…

『彼方なる歌に耳を澄ませよ』アリステア・マクラウド

山々はわれらをわかち、茫漠たる海はわれらを隔てる――それでもなお血は強し、心はハイランド。 ――アリステア・マクラウド『彼方なる歌に耳を澄ませよ』 血は水よりも濃い スコットランド人に会ったら、まず言われること。イングランドとスコットランドを絶対…

『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー|命の火を運ぶ

この物語の結末をおれにいわないでくれ。 ——コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』 命の火を運ぶ 人類絶滅まであと少し。未来は来ない。 黒こげた死体の薪に命の火をくべて、血と夜の雫でできた宝石を、頭蓋骨の鍋で煮たような小説だ。なぜ、これほど極限…

『氷』アンナ・カヴァン|愛の絶対零度

今ではもう私たちのどちらかが犠牲者なのか判然としない。たぶん互いが互いの犠牲者なのだろう。 —ーアンナ・カヴァン『氷』 愛の絶対零度 これぞ唯一無二。手の上に、虹色にかがやく絶対零度の氷塊がある。この氷塊が、わずか数百枚のページでできているこ…

『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』カート・ヴォネガット

いったいぜんたい、人間はなんのためにいるんだろう? カート・ヴォネガット『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』 絶望からくる博愛 人は誰もが、小さな器を心に抱えてうまれてくる。うまれてまもなく、彼らをこの世に送り出した男女が水をそそぎ…

『土星の環 イギリス行脚』W.G.ゼーバルト

私たちの編みだした機械は、私たちの身体に似て、そして私たちの憧憬に似て、ゆっくりと火照りの冷めていく心臓を持っている。——W.G.ゼーバルト『土星の環 イギリス行脚』 崩落する記憶 「イギリス行脚」といいながら、実のところ彼はどこを旅していたのだろ…