ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

☆☆☆☆☆:個人ベスト本

『空襲と文学』W.G.ゼーバルト

[歴史の天使] W.G.Sebald "Luftkrieg und Literatur",2003. 空襲と文学 (ゼーバルト・コレクション)作者: W.G.ゼーバルト,鈴木仁子出版社/メーカー: 白水社発売日: 2008/09/29メディア: 単行本 クリック: 19回この商品を含むブログ (11件) を見る 「ただ瞼…

『ウンベルト・サバ詩集』ウンベルト・サバ|坂の上のパイプ

このことを措いてほかには なにひとつ愛せず、わたしには なにひとつできない。 痛みに満ちた人生で、 これだけが逃げ道だ。――ウンベルト・サバ「詩人 カンツォネッタ」 坂の上のパイプ 数年ぶりにもういちどサバの詩集を読みかえしたとき、ふせんをつけたペ…

『灯台守の話』ジャネット・ウィンターソン|この物語には終わりがない

話せば長い物語だ。そして世の物語がみなそうであるように、この物語には終わりがない。むろん結末はある——物語とはそういうものだ——けれど、結末を迎えたあとも、この物語はずっと続いた。物語とはそういうものだから。——ジャネット・ウィンターソン『灯台…

『コレラの時代の愛』ガブリエル・ガルシア=マルケス|愛はただ愛であり

「人の心というのは分からないものだな」——ガブリエル・ガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』 愛はただ愛であり 恋愛は精神疾患であるとつねづね思っているが、このまったく理不尽な感情の渦は、もしかすると熱病に近いのかもしれない。 舞台は熱病うずま…

『彫刻家の娘』トーベ・ヤンソン

仲間というものは、つぎの日にもういちど言う価値があるような気のきいた話はしない。パーティーで大事な話をするべきではないことくらいはわきまえている。——トーベ・ヤンソン『彫刻家の娘』 茂みの奥から 「十歳の少年というものは、自分の膝を事細かによ…

『老首長の国 アフリカ小説集』ドリス・レッシング

「不公平だ」彼は言った。「不公平だよ」 「やっと気づいたのか、白んぼ?」ダークが言った。——ドリス・レッシング「アリ塚」 見えぬ心 かつてアフリカが「暗黒大陸」と呼ばれたのは、その見えなさのためだった。西欧人たちはジャングルを切り開き、土地を奪…

『若い藝術家の肖像』ジェイムズ・ジョイス

そうだ! そうだ! そうなのだ! ——ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』 決定的な瞬間 どうしようもなく世界と折り合いがつかないなら、世界と自分どちらがまちがっているのかがわからないなら、『若い藝術家の肖像』を読むといいかもしれない。 本書…

『ディフェンス』ウラジミール・ナボコフ

ぼんやりした感嘆の念とぼんやりした恐怖を覚えながら、なんと不気味に、なんとあざやかに、なんと柔軟に、一手一手、少年時代のイメージが反復されてきたか(田舎……学校……叔母)を彼は知り、それでもまだ、どうしてこの手筋の反復が魂にこれほどの恐怖を呼…

『聖母の贈り物』ウィリアム・トレヴァー

雨だってたくさん降る土地柄なのだが、この土地をこの土地らしくしていたのは、雨よりも霜よりも、とにかく風だった。 ーーウィリアム・トレヴァー「丘を耕す独り身の男たち」 受け継がれる トレヴァーは「過去の重さ」を描く作家だと思う。人がなにかを思い…

『アウステルリッツ』W.G.ゼーバルト

写真のプロセスで私を魅了してやまないのは、感光した紙に、あたかも無から湧き上がってくるかのように現実の形が姿を現す一瞬でした。それはちょうど記憶のようなもので、記憶もまた、夜の闇からぽっかりと心に浮かび上がってくるのです。ーーW.G.ゼーバル…

息も絶え絶えの圧倒的狂気|『眩暈』エリアス・カネッティ

これほどの大金と、これほどの少量の理性とくれば、襲われて奪われるのが関の山。 気狂いとはおのれのことしか考えぬ者の謂である。——エリアス・カネッティ『眩暈』 頭脳なき世界 圧倒的な狂気である。 「眩暈」などという、そんな控えめな言葉では、とうて…

『代書人バートルビー』ハーマン・メルヴィル

徐々にわたしは、代書人に関してわたしにふりかかったこれらの災難が、すべて悠久の過去から予定されていた運命で、バートルビーはわたしのごときただの人間風情には測り知れぬ全知の神の不思議な何かの思し召しから、実はわたしのところに割り当てられたの…

『夜になるまえに』レイナルド・アレナス

「覚えておくんだよ、わたしたちは言葉によってしか救われないってこと。書くんだ」——レイナルド・アレナス『夜になるまえに』 絶叫する生 夜とは、灯りが消えてものが書けなくなる時間であり、一度行ったらもう永遠に戻れない深淵のことである。キューバの…

『塩の像』レオポルド・ルゴーネス

というのも、これは疑いもなく、世にも稀な光景だからである。白熱した銅の雨! 炎に包まれる街! ——レオポルド・ルゴーネス『塩の像』 黙示録の光 先日の飲み会で、「バベルの図書館」の話が出たので、「バベルの図書館」シリーズについて書こうと思う。「…

『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ

波音は、たいていは控えめに心を和らげるリズムを奏で、夫人が子どもたちとすわっていると、「守ってあげるよ、支えてあげるよ」と自然の歌う古い子守唄のようにも響くのだが、また別の時、たとえば夫人が何かの仕事からふとわれにかえった時などは、そんな…

『響きと怒り』ウィリアム・フォークナー

[臓腑のような独白] William Cuthbert Faulkner The Sound and Fury,1929. 響きと怒り (上) (岩波文庫)作者: フォークナー,Faulkner,平石貴樹,新納卓也出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2007/01/16メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 24回この商品を含む…

『アラン島』J.M.シング

石積みのてっぺんから見渡すとほとんどすべての方角に海原が見え、北と南には海の彼方に連なる山並みが見える。見下ろせば東の方に集落があり、家々のまわりで立ち働いている赤い人影が見える。ときどき、会話や島の古い歌のきれはしが風に吹きあげられて、…

『アイルランド・ストーリーズ』ウィリアム・トレヴァー

[ああ、アイルランド] William Trevor Irerand Stories.アイルランド・ストーリーズ作者: ウィリアム・トレヴァー,栩木伸明出版社/メーカー: 国書刊行会発売日: 2010/08/27メディア: 単行本購入: 4人 クリック: 42回この商品を含むブログ (21件) を見る その…

『わたしは英国王に給仕した』ボフミル・フラバル

[わたしは給仕した] Bohumil Hrabal Obsluhoval Jsem Anglickeho Krale,1971.わたしは英国王に給仕した (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)作者:ボフミル・フラバル発売日: 2010/10/09メディア: 単行本 わたしは二人を眺めていて、ふと思った。給仕…

『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ|楽園という名の冥府

外に5日間いて、ぼくは生きることへの興味を失った。ある詩人が言っているよ。『生きる? 生きるだと? なんだ、それは? そんなことは召使にやらせておけ』って。ーーホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』 楽園という名の冥府 『夜のみだらな鳥』を読んでいる最…

『暗夜』残雪|夜は明けない

「夜はもう明けるの?」ぼくは兄に聞いた。 「まだわからんのか。今は……今は……ああ、やめておこう」 (「暗夜」) 「夜が明けるなんてことを考えさえしなければ、この家と折り合えるさ。夜は明けっこないのだ」(「帰り道」) 夜は明けない 残雪は鮮烈なイメ…

『黒檀』リシャルト・カプシチンスキ

[無限の多様性] Ryszard Kapuscinski HEBAN,1998.黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)作者:リシャルト・カプシチンスキ出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2010/08/11メディア: 単行本 一流の人類学者は、<アフリカ文化>や<アフリカ宗教>…

『夜間飛行』サン=テグジュペリ

[影の中の一つの星] Antoine-Jean-Baptiste-Marie-Roger de Saint-Exupery Vol de Nuit,1931.夜間飛行 (新潮文庫)作者: サン=テグジュペリ,堀口大學出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1956/02/22メディア: 文庫購入: 8人 クリック: 75回この商品を含むブログ (…

『島暮らしの記録』トーベ・ヤンソン

[静寂の日々] Tove Marika Jansson Anteckningar fran en o ,1993.島暮らしの記録作者: トーベ・ヤンソン,冨原眞弓出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 1999/07/01メディア: 単行本購入: 3人 クリック: 79回この商品を含むブログ (28件) を見る まあ、人間に…

『レクイエム』 アントニオ・タブッキ|これもまた追憶

[これもまた追憶] Antonio Tabucchi,Recuiem,1992.レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)作者:アントニオ タブッキ発売日: 1999/07/01メディア: 新書 今日は7月最後の日曜日ですね、足の悪い宝くじ売りが言った。町はからっぽ、木陰にいても40度はある…

『白鯨』ハーマン・メルヴィル|世界は鯨でできている

あのゆるぎない塔、あれはエイハブだ。あの火山、あれもエイハブだ。あの雄々しい、不とう不屈の、かちどきの声をあげる雄鶏、あれもエイハブだ。何もかもがエイハブだ。 「おお、エイハブ!」スターバックがさけんだ。「いまからでも遅くはありません。ご覧…

『魔術師のたいこ』レーナ・ラウラヤイネン

[世界に歌あふれ] Leena Laulajainen Taikarumpu Kertoo,1980.魔術師のたいこ作者: レーナラウラヤイネン,Leena Laulajainen,荒牧和子出版社/メーカー: 春風社発売日: 2006/06/01メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 33回この商品を含むブログ (6件) を見る…

『ニーベルンゲンの歌』

[意味もなく皆殺し] Das Nibelungenlied,13c.ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)作者:出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1975/01/01メディア: 文庫ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)作者:出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1975/02/17メディア: 文…

『消去』トーマス・ベルンハルト|消してしまいたい、こんな思いは

私の頭に最終的に残っている唯一のものは、と私はガンベッティに言った、「消去」というタイトルだ。というのも私の報告は、そこに描写されたものを消去するために書かれるからだ。私がヴォルフスエックという名で理解しているすべて、ヴォルフスエックであ…

『不穏の書、断章』フェルナンド・ペソア

[自己という迷宮] Fernando Antonio Nogueira de Seabra Pessoa Bivro do desassossego.不穏の書、断章作者:フェルナンド ペソア出版社/メーカー: 思潮社発売日: 2000/10メディア: 単行本新編 不穏の書、断章 (平凡社ライブラリー)作者:フェルナンド・ペソ…