ボヘミアの海岸線

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『ミステリウム』エリック・マコーマック|奇病で村全滅ミステリのふりをしたなにか

「動機。あなたはほんとうに動機や原因や結果みたいなものを信じているの? 本や劇以外で、未解決の事柄がきちんと片付くと信じているの?」

ーーエリック・マコーマック『ミステリウム』

 

マコーマックは、物語を組み上げると同時に内側から解体しにかかる作家だと思う。

するすると物語が組み上がっていくように見えて、ずっと足元がひそかに掘り崩されている。やがて足元が崩れて、読者は予想しなかったところへ放り出される。

マコーマックに感染した物語は、王道の物語のふりをした「なにか」になる。

ミステリウム

ミステリウム

 

「ミステリー小説」にマコーマックが感染した小説が『ミステリウム』だ。

物語は、いかにもミステリーらしい展開で幕を開ける。

スコットランドを思わせる「北部」の寒村キャリックで、住民がしゃべり続けた果てに死ぬ奇病が発生する。原因はわからない。治すすべはない。致死率100%の未知の病である。

奇病が発生する直前に、不穏な兆候はいくつもあった。「水文学者」なる外部の男マーティン・カークがやってきて、キャリックについて調べ回っていた。よそ者がきてから、町の公共物が破壊される事件が続いて、そして住民たちが死に始める。

死に飲まれつつある閉鎖空間キャリックに、若い新聞記者ジェイムズ・マックスが滞在を許可される。語り手は、死につつある証言者たちにインタビューすることで、疫病と事件の手がかりを追い求める。この疫病の正体はなにか、犯罪の動機はどこにあるのか、なぜキャリックが狙われたのか。

 

物語にはミステリーらしい要素すべてがそろっている。さびれた炭鉱町、吹きすさぶヒースと荒野、怪しいよそ者、町に伝わる「ミステリウム」の祭り、町に伝わる秘められた歴史、よそ者、唯一の生き残り、死ぬ運命にある証言者たち。すべてが完璧だ。

あとは真実を暴くだけ。しかし、語り手と読者の期待をよそに、住民たちは  「真実を語ることができるのは、君があまりよく知らないときだけだ」と口をそろえて煙に巻く。

   「しかし私は北部が好きになった。なかなかうまくいえないのだが、北部のほうが南部よりも複雑なのだ。こちらではなにひとつ単刀直入ではない。人は隠し事をする。ごく些細なことでさえ。しかもその理由ははっきりしないーーひょっとしたら転生の秘密好みにすぎないのかもしれない。北部ではほんとうの謎がさらに謎めいたものになるのだ」

 

この小説は、謎と、謎に引き寄せられる人間たちのための物語だと思う。

理解できないことや謎を提示されると、人は2つのことを要求する。まず「なぜ」を知りたがる。そして「因果」を見いだしたがる。「なぜ」と「因果」がわかることで、人は興奮して快感を得る。ミステリーや陰謀論はこの「謎の仕組みを理解したい欲求」に応える。

マコーマックは人間の欲求を完璧に理解していて、抜群におもしろい物語と手がかりを提供してくれる。ミステリというメインディッシュだけではなく、脱線話のサイドディッシュもじつに凝っていておもしろい。そうしてじゅうぶんにもてなした後に本性を現す。

マコーマックは確信犯だ。しかし私も共犯だ。マコーマックだとわかっているのに、のこのこと見物にいって、ひきずりこまて爆破されて、満足しながら帰ってくる。書く阿呆に読む阿呆。どちらも途方もなく救いがたく、ゆえに愛するしかない。

 

Memo:『ミステリウム』世界の地理

『ミステリウム』では具体的な地名が描かれていないが、基本はイギリスの地理に即していると思われる。

  • 北部…本書の舞台。ブリテン島における北部にある、スコットランド。著者の出身地。スコットランドは歴史的に南部(イングランド)と戦いながら併合された歴史があり、現在では穏やかな共存をしつつも、独自の政治と文化を持つ。北部の島はゲール語文化が残っている。
  • 南部…ブリテン島の南部にある、イングランド。日本人が「英国」と聞いて思い浮かべるのはだいたいイングランドのこと。イングランドの首都はロンドンで、UKの首都でもある。
  • 首都…イングランドの首都ロンドンか、スコットランドの首都エディンバラか迷ったが、文脈と町並みの描写から考えるに、エディンバラのほうだと思われる。
  • 植民地…おそらくアメリカ。同じ言語だが話し方が異なる描写がある。

エリック・マコーマックの感想

Recommend

スコットランドの島を舞台にした小説。灰色の空、ヒース、荒野、陰鬱な空気と陰惨な事件が満ちている。

 

『ミステリウム』は『悪童日記』三部作の『二人の証拠』『第三の嘘』を思わせる。これが真実だ、と思った後、物語はひっくり返り続ける。

 

『ミステリウム』も『コスモス』も一種のアンチ・ミステリである。
 

『競売』も『ミステリウム』と同じように「素人探偵が謎の組織を追うミステリー」プロットだが、ピンチョン界では証拠が足並みをそろえて探偵のもとへ突撃してくる。この「不自然なまでの都合のよさ」はマコーマック界にもある。そんなばかな、を全編にわたって展開し続けるピンチョン界を楽しめる小説。

 

ソシュールと言語学 (講談社現代新書)

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 途中で登場する突飛な「犯罪学」が、思いっきりソシュールのシニフィアンとシニフィエのパロディで笑った。マコーマックお得意の真顔ギャグ。