ボヘミアの海岸線

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『消失の惑星』ジュリア・フィリップス │ 喪失の痛みは波紋となって、悲しき土地に広がる

あなたがもっといい親だったら、もっと注意していれば、もっと親としての自覚を持っていれば、娘はいまも一緒にいたのだと自分を責め続けるのは――ただ自問するのではなく――どんな気分ですか? どうすれば生きていけますか?

ーージュリア・フィリップス『消失の惑星』

 

土地は、住む人の気質と歴史を形づくり、住む人の気質と歴史もまた、土地をその土地たらしめる。こういう土地と人と時間が混然一体となった「土地小説」が好きで、いろいろな土地の土地小説を読んでいる。

『消失の惑星』は、寒いロシアの中でもとりわけ寒く、異質な特徴と歴史を持つ土地、ロシア北部カムチャッカ半島を舞台にした、土地小説だ。

消失の惑星【ほし】

消失の惑星【ほし】

 

 

土地小説について話すのだから、土地の話、カムチャッカ半島の話から始めよう。

カムチャツカ半島の独自性は、なによりまずその地理、その閉鎖性にある。

カムチャツカ半島は、北部だけがかろうじて本土とつながっていて、巨人が吹けば、ちぎれて独立した島になってしまいそうな形をしている。本土と唯一つながっている北部は、ツンドラ地帯の山脈で、冬のあいだは雪と氷によって閉ざされる。この物理的な閉鎖性をソ連は利用して、軍事施設をカムチャツカ半島に集め、外国人の往来を制限していた。

 

この天然の閉鎖空間で、幼い姉妹の誘拐事件が起きる。

出るのも入るのも難しいこの土地で、失踪事件が起きた衝撃が、カムチャッカ半島を揺るがす。こんな土地で、姉妹を隠しきれるわけがない。よそ者がいたらすぐわかる。北部の道を封鎖すればすぐに見つかる。誰もがそう思っていたが、予想に反して、姉妹は見つからない。

閉鎖空間の半島まるごと舞台にした「密室事件」によって、カムチャツカ半島に暮らす人たちに動揺のさざ波が、じわじわと広がっていく。

とくに動揺するのは、女性たちだ。失踪姉妹の親族、同級生とその親たち、といった顔見知りの存在から、同じ世代の子供を持つ母親、女子学生、ワーキングマザー、少数民族の少女など、姉妹とは面識がない女性たちまで、カムチャツカ半島に住むさまざまな女性たちの動揺と、彼女たち自身の人生が描かれる。

 

「閉鎖空間」としての半島で「消失」が起きるとどうなるか、人々がどう反応するかを描いた群像劇として、物語は進む。

失踪ミステリ仕立てではあるが、失踪ミステリではない。あくまで焦点は、カムチャツカ半島に生きる人たちのポリフォニーにある。

カムチャツカの女性たちは、出自、年齢、環境がそれぞれ違い、それぞれの悩みと喪失の痛みを抱えている。彼らの語りから、田舎あるあるの抑圧、極寒地域からうまれる鬱屈した空気が、冷たいすきま風のようにしみ出してくる。

あなたがもっといい親だったら、もっと注意していれば、もっと親としての自覚を持っていれば、娘はいまも一緒にいたのだと自分を責め続けるのは――ただ自問するのではなく――どんな気分ですか? どうすれば生きていけますか?

 

ひとつの喪失を爆心地として、さまざまな人の悩みと痛みを語り、互いに増幅しながら、波紋のように広げていく展開は、丁寧で繊細だ。

だからこそ、じっくり積み上げてきたポリフォニーとはぜんぜんテイストが違う、終盤の展開には驚いた。私は前半のじっくり繊細テイストのほうが好みだったので、ラストがそれでいいのかと思ったが、好きな人には刺さると思う。

 

いちばん印象的だったのは、やはりカムチャツカ半島の土地そのもの、そして閉鎖空間としての特徴をつかって誘拐劇をしかけてカムチャツカの土地を浮かび上がらせた作者の発想だ。

閉鎖空間だからこそ、消失が際立つ。

土地の特性をがっつりプロットに組みこんだ点、登場人物が土地の影響を根強く受けた人生を生きている点で、本書はよい土地小説だと思う。

カムチャツカ半島の光と色の描写も、印象に残る。夏はピンクとオレンジに染まり、冬はうっすらと青く光る空の色を見てみたい。かつて緯度の高い土地に暮らしていた時、たしかに空の色がぜんぜん違っていた。

夕焼けの光のなか、岸辺の小石が黒から灰色へ、灰色からはちみつ色へ、そして琥珀色へと変わっていく。光があふれていた。じきに岸辺はまぶしいほどに輝き、湾はピンクとオレンジに染まるだろう。これほど美しい場所に、おびえた大人たちは愛する娘たちを行かせようとしない。

うっすらと青く光る夜の闇。乾いた黄色い景色がどこまでもつづく昼間。雨に歌らながら野営地を設定し、エウェン語の罵声を聞き流し、焼きとられた毛のにおいで吐き気を覚え、そうして荒野での夏を憎んでいたからこそ、その日々はクシュ―シャの人生のなかでひときわ鮮やかだった。

……トナカイたちは一晩で周辺の草を食べつくし、早朝にテントをたたんで荷物をまとめ、毎日野営地を移動し、馬の背に揺られ、トナカイたちが一念かけて草をはむ千キロの山道を、一族全員でたどりつづける。毎日の、毎年の単調な繰り返しは、執拗に、繰り返し傷口を開くことと似ていた。空いた傷口から、それらの夏はクシュ―シャのなかに入り込み、記憶の一部になった。

 

カムチャツカ半島、すごい土地だ。

 

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