ボヘミアの海岸線 - 海外文学の感想

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

『方形の円 偽説・都市生成論』ギョルゲ・ササルマン|建築不可能な都市たちの生と死

その都市には起点も終点もなかった。いつもその周囲に群がっているヘリコプターから見ると一つの巨大な塔に似ていて、頂上部は遠近法効果で小さく見え、遠い彼方に消えていた。

ーー「ヴァーティシティ 垂直市」 

 

『方形の円 偽説・都市生成論』は、タイムラプス動画のような小説だと思う。

タイムラプスは、星や雲の動き、生命の栄枯盛衰など、長時間の観察を必要とする経過を早送りして、わずかな時間に圧縮する。タイムラプスを見ることは、人類の時間軸を超えること、人間ではない「なにか」の視点を借りて「世界のうねり」をのぞき見ることだ。

本書の読者は、シャーレ上の菌コロニーを観察するように、人類がこの目で観察できない都市の生成と滅亡を、爆発的な早送りで観察することになる。

 

方形の円 (偽説・都市生成論) (海外文学セレクション)

方形の円 (偽説・都市生成論) (海外文学セレクション)

 

 

本書は、奇妙な都市が生成して滅亡する姿を、数ページに圧縮して繰り返す。垂直、格子状、六角形、円筒の形をした奇妙な都市と建築がうまれては消えていく。

どの都市もすばらしく魅力的な名前がついている。ヴァヴィロン(格差市)、アラパバード(憧憬市)、イソポリス(同位市)、ヴァーティシティ(垂直市)、クリーグブルグ(戦争市)、ノクタピオラ(夜遊市)、クアンタ・カー(K量子市)、アルカヌム(秘儀市)……名前だけでなく建築様式やフォルムも美しい。一方、住みやすい都市は驚くほど少なく、住民はいたりいなかったりするし、旅人には手厳しい(わりとすぐ死ぬ)。

見捨てられ忘れられ、植物の飽くなき攻撃に窒息しながら、壮麗な廃墟は、ジャングルの奥から、未来の考古学者の博識を待ちわびている。その一方、セネティア人種の最後の末裔は、秘密のセクトを構成して、世界の滅亡が近いと予言しながら地上を隈なく遍歴している。 

ーー「セネティア 老成市」

すぐ滅亡する都市もあれば、増幅し続ける都市もある。増える系都市としてもっとも好きだったのは、ムセーウム(学芸市)だ。

ムセーウムは、何重にも積み重なった死んだ都市の上に、生きた都市を積み上げ、また死んだら積み上げていく。もし世界の旧市街がこの都市生成方法を採用したとしたら、いったいどんなことになるだろうと、想像するだけで考古学好きの血が騒ぐ。

先人たちの 英姿に対する、そして歴史に対するうやうやしい尊敬の念に満ちた「布令」におって、いかなる家のいかなる理由による取り壊しも厳重に禁止された。違反すれば極刑となった。…もし古今東西最大の発明家の一人が、実に気の利いたシステムを着想しなかったら、おそらく「布令」はそれほど持続できなかっただろう。そのシステムは、新しい世代が現存の建物の屋根の上に自分の家を建ててもよいとするものだった。死んだ都市が幾重も積み重なり、頂上に生きている都市を聳えさせた……。

ーームセーウム(学芸市)

 

こんな奇妙な都市たちが、シャーレ上の菌コロニーのようにうごめいている。都市は人の生活のための容れ物ではなく、それ自身が生物であるかのようだ。

住民は、都市という名の生物の臓腑で生きる細胞だ。人類は都市をつくるだけではなく、都市によってつくられる。住民は、都市に合わせてその姿や生活を変えていく。ポセイドニア(海中市)では人類はますますイルカに似てくるし、アンタール(南極市)では真っ暗い世界で生活するため人類が淡い光を放ち、プロトポリス(原型市)では類人猿へと近づいていく。

時とともに、人類はますますイルカに似ていくだろう……。

ーー「ポセイドニア 海中市」

 

著者は、生活や思考といった「個人の視点」からは遠く距離をとるものの、人類から目線をそらさず、都市と人類をまとめてひとつの「運命共同体」として観察し続ける。おそらく著者は人間に興味があるのだろうが、果てしなく遠い距離感と容赦のなさのためか、この小説はどこか人外めいた空気をまとっている。

どの都市も遠くから眺めていたいが、旅や居住はあまりしたくない(たぶん死ぬ)。こんなふうに、美しく奇妙で過酷な世界を観察する私たちもまた、異界から眺めてくる観察者たちから「見てるぶんにはいいけれど住みたくはない」と思われているのかもしれない。

 

収録作品

気に入った作品には*。

  • 「ヴァヴィロン 格差市」**
  • 「アラパバード 憧憬市」**
  • 「ヴィルジニア 処女市」
  • 「トロパエウム 凱歌市」*
  • 「セネティア 老成市」
  • 「プロトポリス 原型市」**
  • 「イソポリス 同位市」**
  • 「カストルム 城砦市」
  • 「・・・」
  • 「ザアルゼック 太陽市」
  • 「グノッソス 迷宮市」
  • 「ヴァーティシティ 垂直市」**
  • 「ポセイドニア 海中市」*
  • 「ムセーウム 学芸市」**
  • 「ホモジェニア 等質市」**
  • 「クリーグブルグ 戦争市」*
  • 「モエビア、禁断の都」*
  • 「モートピア モーター市」**
  • 「アルカ 方舟」
  • 「コスモヴィア 宇宙市」
  • 「サフ・ハラフ 貨幣石市」**
  • 「シヌルビア 憂愁市」*
  • 「ステレオポリス 立体市」**
  • 「プルートニア 冥王市」
  • 「ノクタピオラ 夜遊市」**
  • 「ユートピア」
  • 「オールドキャッスル 古城市」
  • 「ゲオポリス 地球市」
  • 「ダヴァ 山塞市」**
  • 「オリュンピア」
  • 「ハットゥシャシュ 世界遺産市」*
  • 「セレニア 月の都」
  • 「アンタール 南極市」**
  • 「アトランティス」
  • 「クアンタ・カー K量子市」**
  • 「アルカヌム 秘儀市」**

 

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