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『心は孤独な狩人』カーソン・マッカラーズ|われら人類は皆すごくさびしい

「あんたただ一人だ」と彼は夢見るように言った。「あんただけだ」 

ーーカーソン・マッカラーズ『心は孤独な狩人』

 

マッカラーズ『心は孤独な狩人』を知ったのは7〜8年ぐらい前、評論かエッセイかなにかを読んでいた時だった。『心は孤独な狩人』”The Heart Is A Lonely Hunter"というタイトルの響きに惹かれた。ただ日本ではもう長らく絶版で、当時は電子書籍版もなかったので、原書で少しずつ読んでいた。

マッカラーズが描くさびしさがつくづく胸に迫るので、なんでこんないい小説が絶版のままなのだろうと思っていたら、なんと村上春樹訳で復刊した。しかも出なかった理由が「村上春樹の最後のとっておき」だからだなんて! ぜんぜん予想と違っていて、びっくりした。

そんなわけで、マッカラーズ『心は孤独な狩人』新訳での復刊は、私にとってはけっこうな慶事なのである。

 

こんなに混み合った家の中で、人がこんなにも寂しい気持ちになれるというのも、考えてみればおかしなことだった。

『心は孤独な狩人』は、さびしい人間たちの小説だ。

物語の舞台は1930年代、アメリカ南部の小さな町。聾唖者シンガーは、聾唖のアントナプーロスと住んでいた。ふたりはともに言葉を話せなかったが、手話で会話して暮らしていた。しかしアントナプーロスが精神病院に送られたことで、2人の共同生活は終わりを告げる。

ひとりになったシンガーの下宿に、4人の客が訪れるようになる。4人の共通点は「周囲に誰も理解者がいない」「共感してくれる人がいない」ことだ。彼らは、誰かに共感してほしい、誰かに理解してほしいと願って、周囲に語りかけてきたが、願いが叶わず失望していた。

さみしい彼らは理解者を求めてさまよい、静かに話を聞いて、うなづいてくれるシンガーのもとにたどり着く。 

 

さっき話したことは、どれだけみんなに理解されただろう? それはいかほどの価値を持っていたのだろう? 自分が口にした言葉を彼は思い返してみた。しかしそれらは色あせ、力を失っているように思えた。口にされずに終わった言葉のほうが、彼の心により重く残っていた。それらの言葉は口もとにまでせり上がり、唇を細かく震わせた。

 

村上春樹はあとがきで 「現在の若い読者がこのような物語をどこまですんなり受け入れてくれるか」と葛藤を表しているが、マッカラーズが描いたさみしさと渇望は、SNSで「いいね」を求める現代にしみわたる小説だと思う。

シンガーは客たちにとって「肯定ペンギンのあかちゃん」みたいな、すべてを肯定して受け入れる、なぐさめの存在として見なされる。

肯定ペンギンはキャラクターだから人類全員の味方になりえるが、人間がその役目を担わされたらどうなるのか。他者を肯定し、受けいれる人の心はどうなるのか? 誰が、孤独を慰める者の孤独を慰めるのか? 人に求められて慕われていても、さびしいのだろうか? 

マッカラーズは、こうしたことをすべて小説に書いている。

 あの気の毒な男は際限なくしゃべり続け、それでも自分が言いたいことを誰かに理解させることができなかった。

 

「Lonely」「さびしい」とそのままの言葉がなんども登場するこの小説は、「個人」という閉じた世界としての人類、それでも理解者を求めざるをえないさびしさを、すばらしい解像度で描いている。

人類は、存在そのものが孤独に生まれついている。全員が異なる意思や感情を持つ個体で、心や感情を他者に共有することができない。

人は孤独を埋めるために、言葉を尽くして考えや感情を伝え、肌を触れあわせて、心の距離を近づけようと努力する。

そして否定せずに話を聞いてくれる人を見つけると「ついに理解者を見つけた」と喜ぶ。それが本当かどうかは、誰にもわからないはずなのに、祈りか信仰のように、そう信じる。

自分の理解者を得ることがあまりにも難しいのに、あるいはそれゆえに、人は理解者を求めてさまよう。人間はつくづくさびしい生き物だと思う。 

 

読んでいると、自分のさびしさをどんどん暴かれているようで肋骨の裏が痛くなってくるが、不思議と致命傷にならずにすんでいるのは、マッカラーズの描写が、シビアだけれど優しいからかもしれない。わたしたち人類は皆ものすごくさびしいよね、とマッカラーズは言っているように思える。

マッカラーズが本書を書いてから80年あまりの間に、さびしさを埋めるためのつながる手段はずっと増えたが、それでもまだ人類は皆すごくさびしいままだ。心をえぐりながらもしみわたる、さびしい人間小説の傑作。

僕は何があろうとひとりぼっちにはなりたくないんだ。君以外のいったい誰が僕を理解してくれるだろう?

「あんたただ一人だ」と彼は夢見るように言った。「あんただけだ」 

  

心は孤独な狩人

心は孤独な狩人

 

 

 

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