ボヘミアの海岸線

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『セミ』ショーン・タン|雇われ人の心をえぐる社員ゼミ

しごと ない。 家ない。 お金 ない。 トゥク トゥク トゥク! 

――ショーン・タン『セミ』

 

鮮やかだ。あらゆる意味で鮮やかな書物である。

 

夏だからセミの話をする。主人公はセミだ。大企業でまじめに働いている。だが、報われない。灰色のスーツを着て、灰色のオフィスに勤めるセミの人生は灰色だ。会社と他の従業員にこき使われて、まともな扱いをされない。セミの語り口はあくまでユーモラスだが、現状は厳しい。

セミ

セミ

 

 

 セミの問題は、人間が抱えている問題そのものだ。彼は人間のように働くのに、人間でないから差別を受ける。読者はセミに共感トゥクトゥク、心配トゥクトゥクする。

セミはわれわれであり、われわれはセミである。そんな気持ちにさせられる。

セミと自我の境が曖昧になったところで、鮮やかなラストに出会う。1ページで世界が跳躍して価値観が変わる。

最後まで読み終わった時、解放感と驚嘆と喜びと沈鬱が一緒になって感情が大変なことになって、仕事と人間を辞めたくなった。仕事でつらい雇われ人の心をえぐる、恐るべき絵本。トゥク トゥク トゥク!

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アライバル

アライバル

 

 緻密な精密画とかわいい謎生き物にときめく、セリフのない漫画。ショーン・タンが描く人生は異邦人のつらさ、世界になじめないつらさで、順風満帆とは言いがたい。それでもいつも最後には救われる。

 

人間は虫になり、虫は人間になる。虫と人間の境目がとことん曖昧になった、ロシアのユーモア小説。この鮮やかな切り替わりは、小説ならではだと思う。

 

蟲の神

蟲の神

 

ショーン・タンとは対照的に、救いがなく突き放されて呆然とするのがエドワード・ゴーリーだ。同じ虫の童話(童話?)でも、絶望的なまでに後味が違う。小さい頃に読んだらトラウマになりそうだが、実際はどうなのだろう。