ボヘミアの海岸線 - 海外文学の感想

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

『ピラネージの黒い脳髄』マルグリット・ユルスナール|世界、この開かれた牢獄

「デンマークは牢屋だ」とハムレットがいう。「しからば世界も牢屋ですな」と気の利かぬローゼンクランツが言い返し、黒衣の王子をこの一度だけやりこめる。ピラネージがこの種の概念、囚人たちの宇宙という明確なヴィジョンをもっていたと想定すべきだろうか? 

――マルグリット・ユルスナール『ピラネージの黒い脳髄』

世界という名の、開かれた牢獄

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージは18世紀のイタリア人版画家だ。ボルヘス村の住民であれば、『続審問』の表紙を書いた画家だと言えば伝わるだろう。

ピラネージの最も有名な作品が『牢獄』である。この異様な空間を描いたことにより、ピラネージはその後の画家や建築家、小説家、詩人に多大な影響を与えた。本書は、ピラネージの最も著名な作品『牢獄』の復刻版によせて書いたエッセイだ。

ピラネージの黒い脳髄 (白水社アートコレクション)

ピラネージの黒い脳髄 (白水社アートコレクション)

 

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ピラネージの「牢獄」は全部で16枚あり、本書は全16枚の1版、2版をそれぞれ納めている。私は2012年に国立西洋美術館で開催された「ピラネージの牢獄展」で鑑賞して以来、この黒い脳髄のことを忘れられなくなった。

見ればすぐに「ピラネージだ」とわかるこの異様さはどこからきているのか。心をふさがれる陰鬱な牢獄だと見てわかる一方、この牢獄はまったくもって牢獄らしくないからだ、とユルスナールは述べる。

古今東西、牢獄は暗くて狭い場所であった。囚人にたいして使える場所は限られているし、余裕を持たせる意味がない。しかし、ピラネージの牢獄は、空間が広く開かれている。窓があちこちにあり、階段や通路は何人も寝転がれるほど広い。そして、驚くほどに清潔だ。牢獄につきものの腐った水、ねずみ、虫、汚れといった牢獄につきものの汚れがない。この広さと清潔さは牢獄よりはむしろ宮殿を思わせる。

とはいえ、ここが牢獄であることはわかる。牢獄には、鎖やとげ、うつむいて力のない匿名の影たちが配置されており、出口はどこにも見当たらない。開かれた窓の向こうには牢獄が続いている。この牢獄がえんえんと続くであろうことが予想できる。

 

ピラネージの牢獄は異様であるだけでなく幻想的であり、その源泉は遠近感の異様さにある。人物にたいして、空間と柱、鎖、窓があまりにも巨大だ。遠近法を理解していない素人はこうしたいびつな空間を描きがちだが、ピラネージはもともと卓越した風景画家であり、「牢獄」の遠近法は完璧である。「牢獄」はきわめて正確な遠近法に基づいて描かれているがゆえに途方もなく巨大で倒錯した空間であることになる。

 

「開かれている陰鬱」、これがピラネージの牢獄であり、「ダンテの恐ろしい漏斗に匹敵する」とユルスナールは書いている。

《牢獄》の背景には宗教観念がまったく欠落しているが、それにもかかわらずこれらの黒い奈落、これらの陰惨な落書きが、ダンテの「すべての希望を棄てよ」とあの恐ろしい漏斗に対応しうるイタリア・バロック美術唯一の壮大な作品であるという事実はゆるがないのである。

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そして、これは人間が作り出した世界そのものではないか?

シェイクスピアがハムレットに「世界は牢獄だ」と言わしめたように、カフカが引き延ばされた不条理の城を描いたように、ピラネージは牢獄として私たちの世界を描いたのではないか。

ピラネージの牢獄は、突き詰めていけば、「人間は主体性を持って世界を変えうるか」、それとも「世界に精神を規定され、流され飲み込まれるか」という、文学、芸術、人文学が考える究極の問いのひとつに流れ着く。私はどこかで黒い脳髄に罹患してからずっと、この問いを考え続けながら本を読んでいる。

時間も生物の姿かたちもとり除かれているこの禁錮の場、すぐさま拷問室となるこれらの閉ざされた広間、そのくせ住人の大多数が、危ういことに安閑とくつろいでいるかのような場所、底なしでありながら出口のない深遠、これはありきたりの牢獄ではない。それはわれわれの「地獄」なのだ。

 

マルグリット・ユルスナール作品の感想

Recommend:黒い脳髄を持つ人びと

カフカ、ボルヘス、あるいはそれらの後継者たちが好きな人たちは、きっと黒い脳髄に罹患している。

続審問 (岩波文庫)

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 ピラネージの牢獄が表紙として使われている。「無限の空間」を描いたボルヘスと、ピラネージの無限の牢獄は、ともに同じ脳髄を継承しているように思える。

 

城―カフカ・コレクション (白水uブックス)

城―カフカ・コレクション (白水uブックス)

 

 終わらない永遠の引き延ばし、このうえなく世界でありながらありえない引き延ばしによって描かれたカフカもまた、ピラネージ的脳髄を持っていたと思われる。

 

世界という牢獄にとらわれていると叫んだデンマーク王子。「世界は劇場である」「世界は牢獄である」とシェイクスピアはいくつもの作品で語る。

 

神曲 地獄篇 (河出文庫 タ 2-1)

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ダンテは地獄・煉獄・天国を漏斗のように描き、その後の画家および作家たちの世界観に決定的な影響を与えた。

 

阿片常用者の告白 (岩波文庫)

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 アヘン幻視文学と言えば外せない本書において、ド・クインシーはコールリッジからピラネージの牢獄について教えられたと書いている。そのとおり、『阿片常用者の告白』はまさにピラネージの牢獄から始まる。

 

対訳 コウルリッジ詩集―イギリス詩人選〈7〉 (岩波文庫)

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 ボルヘスのエッセイで鉄板の「コールリッジの夢」は、上記『阿片常用者の告白』にも登場した。コールリッジはつねに夢を見ていたのではないかと思わせられる。

 

監獄の誕生 ― 監視と処罰

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 『監獄の誕生』は、「力の非対称性」という切り口で、かつて授業で読んだ。「身体の束縛」から「精神の束縛」に代わり、パプティノコンでは「視点の非対称性(監獄の刑吏は受刑者を見ることができるが、受刑者は刑吏を見ることができない)」が権力の原動力となる。ピラネージの牢獄は、身体を束縛はしていない。では精神は、視点はどうだろうか?

 

建築には「アンビルト(未完の建築)」という分野がある。「不可能な建築」という字面がたまらなく好きだった。また展覧会をやるか、本をもっと出してほしい。