ボヘミアの海岸線

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『ずっとお城で暮らしてる』シャーリイ・ジャクスン|悪意まみれの世界と戦う憎悪少女

みんな死んじゃえばいいのに。そしてあたしが死体の上を歩いているならすてきなのに。

ーーシャーリイ・ジャクスン 『ずっとお城で暮らしてる』

 

『ずっとお城で暮らしてる』のイメージは、パステルカラーの砂糖菓子、薔薇の花びらで飾られた、宝石のように美しいベリーが輝くフルーツケーキだ。ただしそのスポンジにはたっぷりと毒物にひたっていて、上にはヒ素入りの砂糖がまぶしてある。素晴らしく魅惑的で、食べたら即死する、美と悪意の塊。

 

 

資産家一族ブラックウッド家の娘、語り手メアリーことメリキャットは、姉のコンスタンス、半身不随で病気のジュリアン叔父とともに、村外れの屋敷にこもって暮らしている。

メアリーとコンスタンスは互いに「大好きよ」「私も大好きよ」ときゃっきゃうふふと笑い合う仲睦まじい姉妹で、姉妹は体の悪い叔父をいたわって、思いやって暮らしている。コンスタンスは毎日腕をふるっておいしい料理をつくり、屋敷は美しく保たれ、庭には菜園や花が咲き乱れている。

穏やかで平和な、楽園のような世界に、彼女たちは生きている。

一方、屋敷の外はびっくりするほど悪意に満ちている。序盤からもう、ラスボスのダンジョンに入った時みたいに「すごい瘴気だ……」と気圧される。村人たちはメアリーを盗み見て、笑い、ヤジを飛ばし、不吉な歌を歌う。

屋敷に戻れば、姉妹はお城の中で守られる。しかし、彼女たちの楽園は、従兄チャールズ=部外者を屋敷に招き入れたことで変わっていく。

メリキャット お茶でもいかがと コニー姉さん

とんでもない 毒入りでしょうと メリキャット

メリキャット おやすみなさいと コニー姉さん

深さ十フィートの お墓の中で!

 

本書の世界は「ふりきれた楽園」と「ふりきれた悪意」でできている。このふたつが出てくると「最後の聖域である楽園を、悪意の侵略から守る」ゾンビ映画的な世界観を想像しがちだが、本書において、楽園と悪意はフェンスで分断されているように見えて、シームレスにつながっている。

屋敷から漏れ出る惨劇の残滓としての悪意、屋敷を囲むゾンビのごとき村人の悪意、そして屋敷を内部から荒らす闖入者の悪意が、屋敷に集結する。

すさまじい。悪意 vs. 悪意vs. 悪意、互いを食い合う蠱毒のような戦いが、メルヘンで優雅な舞台で、「みんな死んじゃえばいいのに」と毒と憎悪を吐きまくる少女の一人称で語られる。

どれかひとつでも強度が弱ければ崩壊するだろう世界観を「全部強い」という圧倒的強度でバランスを保っている。

メアリーが愛する人と自分の平和を守るために戦う、戦闘少女ものとして読めるし、サイコホラーとしてもよくできている。いちど読んでからもういちど読み返すと、端々にヒントが散りばめられていると気づく。

「パンケーキ。ちっちゃくてほかほかの。卵二個分の目玉焼き。今日は翼のある馬がやってくるから、月までつれていってあげる。月の上で薔薇の花びらを食べましょう」

 

好きな人しかいない幸せな世界に閉じこもりたい少女の願望と、人間社会にはびこる悪意を、どちらも限界まで増幅させて、悪意のバトルフィールドに仕立てあげた世界観の強度に惚れ惚れした。

本書の舞台は、社会としてはまったく破綻しているが、世界としてはすばらしい完成度だ。ラストの数ページは、もはや悪夢心地でうっとりしてしまう。

甘い蜜の毒入りケーキを食べて、パステルカラーの悪夢を見ながら死ぬのは、きっとこんな感じなのかもしれない。

 

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自分しか愛せない母と、愛を知らない娘の、愛の欠如した閉鎖空間の話。愛や人間らしさの欠如と、皆が身勝手な行動をとる世界観は、『ずっとお城で暮らしてる』とすこし近いものを感じる。

 

読後感がひどい短編の王道どころを集めたイヤ小説アンソロジー。シャーリイ・ジャクスンも収録されている。

 

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