ボヘミアの海岸線

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『見えない人間』ラルフ・エリスン|僕を見てくれ、人間として扱ってくれ

「僕を見てください! 僕を見てくださいよ!」

ーーラルフ・エリスン『見えない人間』

 

感情と尊厳を持つひとりの人間として扱われたい。おそらく誰もが持つであろう願いだが、実現は思いのほか難しい。人種、性別、特徴、そのほかさまざまな理由で、人や社会は、自分とは異なる人を「人間ではないなにか」としてぞんざいに扱う。

 

「僕は見えない人間である。僕の姿が見えないのは、単に人が僕を見ないだけのことなのだ」

 

「見えない人間」とは、無視されるか、都合のいい道具として利用されるかして、ひとりの人間としては扱われないことだ。

1930年代、ニューヨークの地下どこかにいる黒人青年が、怒りをあらわにしながら、都合のいい道具として扱われてきた過去を饒舌に語る。

 

彼は奨学金を勝ちとって大学に進学したものの、白人の有力者がらみの事件で目をつけられて、大学を追放されてしまう。地元を離れてニューヨークのハーレム(黒人街)に流れついた語り手は、演説の技能を見こまれて、政治運動グループの演説役になる。

 あんたらにとっちゃ、この青年はあなたの成功のスコアボードの点数だし、人間ではなく物、子どもか、あるいははるかにそれ以下ーー形のない黒い物ですよ。

 

語りから、白人の権力者や政治グループたちに、都合のいい道具として利用されてきた、しんどい事実が浮かびあがる。

すべての始まりである奨学金のエピソードが、まずイカれている。優れた演説をした黒人たちに奨学金を与えるパーティーのはずが、『カイジ』の帝愛グループみたいな白人権力者たちが登場して、道楽のためのバトルロワイヤルと化す。

黒人たちがまじめに取り組んできた成果に興味を示さず、道楽としておもしろいかどうかで判断し、気まぐれに施しを与える白人たちは、黒人を尊厳ある人間として扱っていない。

これらの扱いはひどいものだが、語り手がかつて白人の期待どおりに行動しようとしていたことのほうが、よりつらい。

期待にこたえれば報われる、きちんと人間扱いしてもらえると素朴に信じて、語り手はいろいろな人たちに利用されつづける。

どうして僕はこんなふうになってしまったんだろう? 僕は目の前に作られた人生の道をそれることなく歩み続けてきたし、まさしく期待どおりの人間になろうとして、期待どおりの行動をそのまま取ってきたーーそれなのに、期待どおりに報われるどころか、僕は、ゆがんだ視力のせいで道にはみ出した見慣れた物体に頭をぶつけないよう、片目を必死に抑えながら、よろよろと歩いているようなものだった。 

 白人、黒人、搾取されていた過去の自分、すべてを饒舌に罵倒しつくす語りは圧巻だ。

有能な演説家である設定が生きていて、語り手はライフル銃みたいなリズムで、舌鋒鋭く、差別への怒りを叫ぶ。

ああ、あいつらにハイと言ってやる、言ってやるぞ! あいつらが望んでいるのはゲップみたいな肯定の言葉だけなのだから、僕は大声でそれを言ってやる。ハイ! ハイ! ハイ! と。誰もが僕らに望むのはそれだけだ。彼らの姿なんか見ないで、声を、それも、さようでございます、さようでございます、さいようでございます! の楽天的な大合唱だけを聞く。よし、それなら僕は、ヤー、ヤー、ウイ、ウイ、スィ、スィ、と言ってから、見てやる、あいつらをじっと見てやる。僕は、あいつらの腹の中を鋲釘を打ったブーツで歩き回ってやる。

  BLM(Black Lives Matter)運動の発端となった、白人警官による黒人射殺事件とほぼ同じシーンには驚いた。刊行から70年近くが経っても、まだ同じ事件がくりかえされていることに、根深さを感じる。

 

語り手は、白人だけを批判するのではなく、黒人も容赦なく批判していて、人種差別だけにとどまらない問題意識と告発が満ちている。

周囲に期待されるがままにふるまい、自己決定権を他者に委ねて、見えない人間になってしまうリスクと代償は、アメリカ社会や人種差別に限らない問題だ。人の目や空気を気にして、自分の望みより他人の期待を優先して疲弊していく人は、日本にもたくさんいる。

とても社会派の小説だが、ニューヨークの黒人コミュニティや町の活気ある雰囲気、故郷の南部名物のサツマイモをニューヨークで食べるシーンなど、20世紀アメリカの空気や文化を感じる描写もある。

 人間の尊厳をふみにじる人間たちを蜂の巣にする、声の弾丸みたいな小説。

揚げたての熱いパイかあ、立ち去りながらそう思うと、僕は悲しくなった。それを食ったら、たぶん消化不良を起こすだろうーー今はもう昔からの好物を恥ずかしいとは思わなくなったとはいえ、そんなにたくさん食えるものではなかった。自分でやりたかったことではなく、他人から期待されていることだけをやってきた揚句、僕は何を、どれほど失ってしまったのだろうか? なんという浪費、なんと無意味な浪費であることか!  

 

 

見えない人間(上) (白水Uブックス)

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帝愛グループみたいな、悪趣味極まる人間賭博シーンにはびっくりした。