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『フライデー・ブラック』ナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤー|人種差別のディストピア・アメリカ

「たくさん買えましたか?」と俺は訪ねた。彼女は激しくうなずくと、テレビが入った箱の表面を撫でた。「ご家族はまだ買い物中で?」

女性は目の前の血溜まりの中に、人差し指を突っ込んだ。

「四十二インチ、HD」と彼女は言った。

この家族がこのテレビを変えるのは、ブラック・フライデーだけだ。

ーーナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤー「フライデー・ブラック」 

 

アメリカの小売業界に関わる人間にとって、「ブラック・フライデー」と「サイバー・マンデー」は1年のうち最も長い日だ。1日で数週間分から数か月分の売上があがるこの日のために、数カ月かけて莫大な人と金と欲望が動く。関係者たちは前日と当日は寝ずに過ごし、顧客たちは店に突撃してカートにものを突っこんでいく。

この狂乱の1日を思いっきり誇張して、資本主義、ブラック労働、ゾンビ、ショッピングモールと、あらゆるアメリカ要素を全部載せしたのが、表題作「フライデー・ブラック」だ。

フライデー・ブラック

フライデー・ブラック

 

 

「フライデー・ブラック」では、店で最も売る店員である語り手の黒人が、戦場(職場)であるショッピングモールで、ショッピング亡者(お客様)を迎え撃ち、まさかの「ゾンビ×ショッピングモール」パニック話が展開する。さらに、資本主義の奴隷となった顧客(ゾンビ)、労働者(薄給とやりがい搾取)、格差社会といった、資本主義社会の暗黒面も書きこまれる。

まるでトリプルチーズバーガーに特製BBQソースとブルーチーズソースとオニオンリングをトッピングしたかのような、胸焼けがするレベルの「アメリカ全部のせ」だが、かつてアメリカ小売屋の一員として狂乱に立ち会ったことがある私は思わず笑ってしまった。それに現実だって似たようなものだ。需要より多くつくって大量廃棄する一方、生活必需品を買えないほど困窮する人たちがいる。すべてが過剰、あるいは不足している狂乱騒ぎ。

きっと著者も楽しかったのだろう。全部で3本の小売シリーズ小説が収録されている。

「たくさん買えましたか?」と俺は訪ねた。彼女は激しくうなずくと、テレビが入った箱の表面を撫でた。「ご家族はまだ買い物中で?」

女性は目の前の血溜まりの中に、人差し指を突っ込んだ。

……

「どうしたんですか?」俺は訪ねた。

「死んだの」と彼女は言った。「バイ・スタイで。圧死」

「そんな」と俺は言った。

「そうよ」「娘は弱かった。夫も弱かった。私は強い」

ーー「フライデー・ブラック」

  

表題作「フライデー・ブラック」は楽しくばかばかしくおぞましいが、他の作品はもっと深刻だ。著者は、アフリカ系アメリカ人やいじめ被害者など、「差別される側・抑圧される側」に立って、抑圧される側が感じる居心地の悪さと怒りを表明する。

背景には、白人による黒人殺人が無罪になった事件、なにもしていない黒人に「不安だから」と暴力をふるう白人の暴力、いじめ被害者による無差別乱射殺人、「Black Lives Matter」運動のきっかけとなった白人による黒人殺害事件など、現代アメリカの社会問題が横たわっている。

黒人であるだけで、犯罪者予備軍として扱われる無言の圧力と差別、「白人にとって黒人は怖いから」「正義のため」という歪んだ正当化のもと暴力を振るわれたり殺されたりする差別への怒りが、ストレートに伝わってくる。 

本書に、暴力が多いのは当然の帰結だろう。差別する側は抑圧として、差別される側は抵抗と復讐として、暴力をもちいる。暴力は、友好関係を築いていない人間たちにとって、もっとも原始的な接点、もっとも密なコミュニケーション作法である。

著者の暴力レパートリーは幅広く、殴る蹴るの暴力、銃撃や斧によるセンセーショナルな暴力、フィクションでしか見られないレベルのギャグめいた暴力が描かれる。B級スメル全開の振り切れた暴力が炸裂する「フライデー・ブラック」「閃光を越えて」が好みだった。 どちらも、深夜枠アニメや映画で再現できそうだと思った。

 「あなたは無限の存在。だから大丈夫。愛してるわ、カール。あなたは完璧。あなたは最高。あなたは無限。私たちは永遠」

「何て素敵な言葉。ねえ、ミセス・サミュエル、教えて欲しいんだけど」と私は微笑みながら優しい声を出した。

「ウェルダンとミディアム、どっちがいい?」

ーー「閃光を越えて」

著者はジョージ・ソーンダースのもとで小説を学んでおり、アメリカ社会を生きるつらさや社会構造の闇を、ポップでばかばかしい文体で戯画化してアメリカン・ディストピアとして描くスタイルが似ている。

ブレニヤーのほうが師匠よりもB級クンフーを積んでいると思われるので、私は本書のほうが好きだった。というのも、私はたいてい、ニンジャになったり、マリオのように飛び跳ねながら屋根の上を逃げたりといった、B級アクション映画系の夢を見るので、どうもB級ブラックユーモアに親近感を覚えてしかたがないからだ。

 

「君って奴は!」ファーザー・マクストウが言った。「本物のコメディアンだなあ」

「本物のコメディアンって?」と俺は訪ねた。

「冗談を言って、みんなを笑わせる人のことだよ」とファーザー・マクストウは言った。

「昔の世界では、みんなを笑わせることが立派な職業だったんだ。旧世界の暮らしには興味深いことがたくさんあるが、これもその一つだな」

ーー旧時代<ジ・エラ>

 

収録作品

気に入った作品には*。

フィンケルスティーン5*
黒人の少年少女5人をチェーンソーで殺した白人が無罪になった事件にたいして、黒人たちが抵抗運動を起こす。「ブラックネス」(黒人らしさ)の値を言うあたりは、アフリカ系アメリカ人の間でもあるのだろうか。暴力が際立っていてユーモア度は少なめ。

母の言葉
暴力もディストピアも登場せず、作者の心がわりと素直に描かれている。

旧時代<ジ・エラ>*

お世辞や建前を言いすぎて戦争になった「旧時代」と決別し、ストレートトークを重んじる新時代の話。でも結局、生きづらい人は生きづらいし、救われる人と救われない人が変わっただけ。ブラックユーモア要素は少なめ。

ラーク・ストリート*
若年層の妊娠に堕胎というまじめなテーマに、胎児の妖精(?)というファンキー&グロテスク要素をトッピングしている。

病院にて

病院に入院する父親を送る息子が、病院にいる人々を観察する。私もこの前、入院デビューしたので、病院にいる間はいろいろ混乱する気持ちはわかる。

ジマー・ランド**
「正義を行使する」ためにテロリストや怪しい黒人を殺す、「正義執行パーク」で働く黒人の独白。

フライデー・ブラック***
小売B級ドタバタブラック喜劇。ブラック企業で狂乱の1日を過ごしたことがある人は、きっと笑える。

ライオンと蜘蛛
黒人家族の物語。めずらしく暴力もディストピアも登場しない。静かでいい作品だが、この著者でなくても読める気はする。

ライト・スピッター──光を吐く者
いじめ被害者による無差別殺人という、これまた社会派のテーマに「天使」要素を加えた作品。加害者が被害者と会話することは実際にはほとんどないが、だからこそこの形で会話を成立させたかったのだろうか。あまり笑い要素がなくて、いまいち。

アイスキングが伝授する「ジャケットの売り方」&小売業界で生きる秘訣
「フライデー・ブラック」で売上1位に輝いた語り手のスピンオフ。意外とちゃんとした仕事論になっていて、基本的に著者はまじめなのだなあと思う。ブラックな職場で生き残れなかった人への周囲の反応がなんともリアルでやるせない。

閃光を越えて **
日本人ならおなじみ、悲惨な世界を繰り返すループもの。語り手の少女が暴力を極めており、楽しく殺伐終末舞踏会が開かれるので笑ってしまった。最後のシーンは、いかにも最後らしくて、すごくよかった。

Black Lives Matter

2012年、トレイヴォン・マーティンという17歳の黒人少年が、近所の「自警ボランティア」である白人男性ジョージ・ジマーマンに射殺された事件が起きた。ジマーマンが無罪になったため激しい抗議活動が起き、「Black Lives Matter」(黒人の命を大切に)というスローガンがうまれた。その後、白人警官が無抵抗な黒人を窒息死させたエリック・ガーナー事件が起きた時は「I can't breathe」というスローガンもうまれた。

その後も、無抵抗な黒人を白人経験が射殺する事件が続いた。2020年、ミネアポリスで起きた暴動や「フィンケルスティーン5」は、この延長線にある。

 

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創作学科における、ナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤーの師匠。確かに語り口や「社会問題×ブラックユーモア」といった構成は、ソーンダースの影響を強く受けていると思う。著者が師事したジョージ・ソーンダースはプアホワイトの苦境を描き、弟子のナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤーはアフリカ系アメリカ人の苦境を描いている。21世紀アメリカの創作学科は、こうした「つらい立場にいる人々」について書くことが主流なのかもしれない。いい話風に終わらせがちな『十二月の十日』より、『パストラリア』のほうが好き。

 

黒人奴隷の少女が、地下鉄道に乗って逃亡する。既存の暴力を空想世界で再現する手法は、最近のアメリカで人気なのかもしれない。『フライデー・ブラック』とともに、『地下鉄道』も映画化される。

 

 

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