ボヘミアの海岸線

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

『フライデー・ブラック』ナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤー|人種差別、ゾンビ、銃犯罪のアメリカン・ディストピア

「たくさん買えましたか?」と俺は訪ねた。彼女は激しくうなずくと、テレビが入った箱の表面を撫でた。「ご家族はまだ買い物中で?」

女性は目の前の血溜まりの中に、人差し指を突っ込んだ。

「四十二インチ、HD」と彼女は言った。

この家族がこのテレビを変えるのは、ブラック・フライデーだけだ。

ーーナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤー「フライデー・ブラック」 

アメリカの小売業界に関わる人間にとって、「ブラック・フライデー」と「サイバー・マンデー」は1年のうち最も長い日だ。1日で数週間分あるいは数か月分のの売上があがるこの日のために、10月以降の仕事はほとんどこの準備に費やされ、在庫調達とマーケティング予算確保と広告のために莫大な人と金と欲望が動く。関係者たちは前日と当日は寝ずに過ごし、顧客たちは店に突撃してカートにものを突っこんでいく。

この狂乱の1日を思いっきり誇張して、資本主義、ブラック労働、ゾンビ、ショッピングモールと、あらゆるアメリカ要素を全部載せしたのが、表題作「フライデー・ブラック」だ。

フライデー・ブラック

フライデー・ブラック

 

 

「フライデー・ブラック」では、店一番の店員である語り手の黒人が、戦場(職場)であるショッピングモールで、ショッピング亡者(お客様)を迎え撃つ。客は購買欲以外の感情と言葉を失ったゾンビで、次々と死者が出て、まさかの「ゾンビ×ショッピングモール」パニック話が展開される。さらに、資本主義の奴隷となった顧客(ゾンビ)、労働者(薄給とやりがい搾取)、格差社会といった、資本主義社会の暗黒面も書きこまれる。

まるでトリプルチーズバーガーに特製BBQソースとブルーチーズソースとオニオンリングをトッピングしたかのような、胸焼けがするレベルの「アメリカ全部のせ」だが、かつてアメリカ小売屋の一員として狂乱に立ち会ったことがある私は思わず笑ってしまった。とはいえ、現実だって似たようなものだ。需要より多くつくって大量廃棄する一方、生活必需品を買えないほど困窮する人たちがいる。すべてが過剰、あるいは不足している狂乱騒ぎ。

「たくさん買えましたか?」と俺は訪ねた。彼女は激しくうなずくと、テレビが入った箱の表面を撫でた。「ご家族はまだ買い物中で?」

女性は目の前の血溜まりの中に、人差し指を突っ込んだ。

……

「どうしたんですか?」俺は訪ねた。

「死んだの」と彼女は言った。「バイ・スタイで。圧死」

「そんな」と俺は言った。

「そうよ」「娘は弱かった。夫も弱かった。私は強い」

ーー「フライデー・ブラック」

きっと著者も楽しかったのだろう。全部で3本の「小売」シリーズ小説が収録されている。

  

表題作「フライデー・ブラック」は楽しくばかばかしくおぞましいが、他の作品はもうすこしシリアスだ。アフリカ系(ガーナ系)のアメリカ人である著者は、アフリカ系アメリカ人の立場から「アメリカにおける差別と暴力」の問題を、ディストピアの舞台を使って描く。

アフリカ系アメリカ人が主人公の「人種差別」もあれば、クラスカーストが低い人が主人公の「階層差別」もある。背景には、白人による黒人殺人が無罪になった事件、いじめ被害者による乱射無差別殺人など、アメリカ社会で実際に起きた社会問題が横たわっている。

著者はいずれの場合も「差別される側・抑圧される側」に立って、「抑圧される側」の居心地の悪さを表現する。

黒人というだけで、なにもしていないのに「犯罪者予備軍」として扱われる無言の圧力と偏見、「怖いから」「正義のため」という正当化のもと暴力を振るわれる怒りが、ストレートに伝わってくる。 

だからだろうか、著者は「暴力」をよく描く。差別する側は抑圧として、差別される側は抵抗と復讐として、どちらも暴力をもちいる。著者の描く暴力は、身近な暴力、ニュースで見る衝撃の暴力、フィクションでしか見られないレベルのギャグめいた暴力と幅広い。

 「あなたは無限の存在。だから大丈夫。愛してるわ、カール。あなたは完璧。あなたは最高。あなたは無限。私たちは永遠」

「何て素敵な言葉。ねえ、ミセス・サミュエル、教えて欲しいんだけど」と私は微笑みながら優しい声を出した。

「ウェルダンとミディアム、どっちがいい?」

ーー「閃光を越えて」

個人的には、ブラックユーモアのある作品が好きなので、B級香が強い「振り切れた暴力」が炸裂する「フライデー・ブラック」「閃光を越えて」が好みだった。 どちらも、深夜枠アニメや映画で再現できそうだと思った。

著者はジョージ・ソーンダースのもとで小説を学んだからか、アメリカ社会を生きるつらさや社会構造の闇を、ポップでばかばかしい文体で戯画化して描くスタイルが似ている。こういうSF要素をとりいれたアメリカン・ディストピアは、現代アメリカ文学のひとつの流れであるようだ。

個人的には、ナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤーのほうがソーンダース師匠よりB級クンフーを積んでいると思われるので、シリアスな作品よりもブラックジョーク・スタイルの作品をもっと読みたいと思った。というのも、私はいつもB級アクション映画系の夢を見るので(ニンジャになったり、マリオみたいによくジャンプしたり、グライダーで飛んだりしながらダンジョンをクリアする筋が多い)、どうもB級ブラックユーモアに弱いのである。

「君って奴は!」ファーザー・マクストウが言った。「本物のコメディアンだなあ」

「本物のコメディアンって?」と俺は訪ねた。

「冗談を言って、みんなを笑わせる人のことだよ」とファーザー・マクストウは言った。

「昔の世界では、みんなを笑わせることが立派な職業だったんだ。旧世界の暮らしには興味深いことがたくさんあるが、これもその一つだな」

ーー旧時代<ジ・エラ>

 

収録作品

気に入った作品には*。

フィンケルスティーン5*
黒人の少年少女5人をチェーンソーで殺した白人が無罪になった事件にたいして、黒人たちが抵抗運動を起こす。「ブラックネス」(黒人らしさ)の値を言うあたりは、アフリカ系アメリカ人の間でもあるのだろうか。暴力が際立っていてユーモア度は少なめ。

母の言葉
暴力もディストピアも登場せず、作者の心がわりと素直に描かれている。

旧時代<ジ・エラ>*

お世辞や建前を言いすぎて戦争になった「旧時代」と決別し、ストレートトークを重んじる新時代の話。でも結局、生きづらい人は生きづらいし、救われる人と救われない人が変わっただけ。ブラックユーモア要素は少なめ。

ラーク・ストリート*
若年層の妊娠に堕胎というまじめなテーマに、胎児の妖精(?)というファンキー&グロテスク要素をトッピングしている。

病院にて

病院に入院する父親を送る息子が、病院にいる人々を観察する。私もこの前、入院デビューしたので、病院にいる間はいろいろ混乱する気持ちはわかる。

ジマー・ランド**
「正義を行使する」ためにテロリストや怪しい黒人を殺す、「正義執行パーク」で働く黒人の独白。

フライデー・ブラック***
小売B級ドタバタブラック喜劇。ブラック企業で狂乱の1日を過ごしたことがある人は、きっと笑える。

ライオンと蜘蛛
黒人家族の物語。めずらしく暴力もディストピアも登場しない。静かでいい作品だが、この著者でなくても読める気はする。

ライト・スピッター──光を吐く者
いじめ被害者による無差別殺人という、これまた社会派のテーマに「天使」要素を加えた作品。加害者が被害者と会話することは実際にはほとんどないが、だからこそこの形で会話を成立させたかったのだろうか。あまり笑い要素がなく、個人的にはいまいち。

アイスキングが伝授する「ジャケットの売り方」&小売業界で生きる秘訣
「フライデー・ブラック」で売上1位に輝いた語り手のスピンオフ。意外とちゃんとした仕事論になっていて、基本的に著者はまじめなのだなあと思う。ブラックな職場で生き残れなかった人への周囲の反応がなんともリアルでやるせない。

閃光を越えて **
日本人ならおなじみ、悲惨な世界を繰り返すループもの。語り手の少女が暴力を極めており、楽しく殺伐終末舞踏会が開かれるので笑ってしまった。最後のシーンは、いかにも最後らしくてよかった。

 

Related Books

十二月の十日

十二月の十日

 
パストラリア

パストラリア

 

創作学科における、ナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤーの師匠。確かに語り口や「社会問題×ブラックユーモア」といった構成は、ソーンダースの影響を強く受けていると思う。著者が師事したジョージ・ソーンダースはプアホワイトの苦境を描き、弟子のナナ・クラメ・アジェイ=ブレニヤーはアフリカ系アメリカ人の苦境を描いている。21世紀アメリカの創作学科は、こうした「つらい立場にいる人々」について書くことが主流なのかもしれない。個人的には、いい話風に終わらせがちな『十二月の十日』より、『パストラリア』のほうが好き。

 

黒人奴隷の少女が、地下鉄道に乗って逃亡する。既存の暴力を空想世界で再現する手法は、最近のアメリカで人気なのかもしれない。『フライデー・ブラック』とともに、『地下鉄道』も映画化される。

 

 

「暴力×映画」のアメリカ文学の大御所。マッカーシー・ワールドにブラックユーモア要素はほとんどないが、『悪の法則』には架空の処刑器具が登場する(ものすごく怖い)。

 

高慢と偏見とゾンビ(字幕版)

高慢と偏見とゾンビ(字幕版)

  • 発売日: 2017/03/04
  • メディア: Prime Video
 

「ジェーン・オースティン×ゾンビ」映画だが、意外とちゃんと『高慢と偏見』していたのでびっくりした。

 

翻訳者・藤井光氏による本書の解説。アメリカ文学の文脈や実際の事件について詳しく書いている。本書の読了後に読むことをおすすめ。