ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

『グールド魚類画帖』リチャード・フラナガン|流刑地で花開く狂気の夢

膿んだ腫れ物に口づけした。潰瘍だらけの、膿がたまって腐りかけたくぼみだらけのやせ細ったすねを洗った。おれはその膿であり霊であり神であり、自分自身にすら解釈できず知ることができない存在だった。そのためにどれほど自分を憎んだことか。おれが愛し…

『2666』ロベルト・ボラーニョ|これほどの無関心、これほどの暗黒

「警官とまぐわうのは山の中でその山とまぐわうようなもの、密売人とまぐわうのは砂漠の空気とまぐわうようなもの、ってこと?」 「まさにそうなの。密売人に抱かれると、いつも嵐のなかにいるみたい」 ーー ロベルト・ボラーニョ『2666』 年に1〜2回ほど、…

【海外文学アドベントカレンダー2020】エントリを紹介するよ

海外文学アドベントカレンダー2020を開催した。 今年に読んだ海外文学、読んでみたかった海外文学、復刊してほしい海外文学、読めそうにない海外文学、海外文学を読もうとしたらなにも読まずに終わりそう、海外文学を読める気がしない、今年の海外文学ベスト…

『マリーナの三十番目の恋』ウラジミール・ソローキン|真実の恋は怪物

愛なくして生きることは不可能だ、マリーナ! 不可能だ!! 不可能だ!!! ――ウラジミール・ソローキン『マリーナの三十番目の恋』 『マリーナの三十番目の恋』は、『ロマン』と同時代に書かれた小説だ。『ロマン』といえば、10年ぐらい前に読書会で「人類…

『地下 ある逃亡』トーマス・ベルンハルト|離れろ、離れろ、反対方向へ

休みになったら元気を回復する、とみんな思っているけれど、実は真空状態に置かれるのであって、その中で半ば気違いになる。それゆえみんな土曜の午後になると恐ろしく馬鹿げたことを思いつくのだが、すべてはいつも中途半端に終わるのだ。 ーートーマス・ベ…

『原因 一つの示唆』トーマス・ベルンハルト|美しき故郷への罵倒と情

世界的に有名なこれほどの美が、あれほど反人間的な気候風土と結びついているのは、致命的だ。そして、まさにこの場所、私が生まれついたこの死の土壌こそ、私の故郷なのであり、他の町や他の風景ではなく、この(死に至らしめる)町、この(死に至らしめる…

トマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』未読読書会

この世には、3種類の読書会が存在する。 課題図書を読み終わった読書会、課題図書を読んでいる最中の読書会、課題図書を読んでいない読書会だ。 私がよく参加するのは読了後の読書会で、たまに読んでいる最中の読書会に参加する。実際には、読んでいる最中の…

【2020年】今年に読んでよかった&思い出深い海外文学3冊

小澤みゆきさん(@miyayuki777)主催の「文芸アドベントカレンダー」に登録して、なにを書こうかなーと考えながらぼんやり生きていたら、「今年に読んでよかった/印象深かった文芸作品を紹介する」とテーマが決められていたことに昨日、気がついた。 自分が…

サポートしたら選書リクエストできる企画(noteの代替としてcodoc+はてなブログを試す)

noteからの移行先を探している声をTwitterでよく見る中、「codoc(購読ウィジェットサービス)+ブログサービス」で、noteみたいな購読ができるらしいと聞いた。 人に勧めてみるからには、自分でまずやってみないといかんと思い、とりあえずなにか有料コンテ…

『本の雑誌』で「新刊めったくたガイド」を連載します

12月10日発売の『本の雑誌』2021年1月号から、書評コーナー「新刊めったくたガイド」で連載を始めます。いえーい。 「新刊めったくたガイド」は国内文学、海外文学、ミステリ、SF、ノンフィクションといったジャンルごとの担当者が、直近1~2か月に販売され…

『大都会の愛し方』パク・サンヨン|泣き笑いで軽く語る、軽くない愛

ーーじゃあ今日から僕のことメバルって呼んでください。 酔った俺は、たったいま俺何て言ったんだ、マジ終わってる、と思ってる途中に男がまたまじめな顔で答えた。 ーーいや、ヒラメって呼ぶつもりです。中身が丸見えだから。 ――パク・サンヨン『大都会の愛…

挫折した海外文学選手権

これまでたくさんの小説に挫折してきた。いったいどれほどの本を手に取り、本棚に戻したことだろう。 これは、私と、私と本棚を共有してきた妹による、とりわけ思い出深い「挫折した海外文学」の記録である。 この記事は、主催している「海外文学・ガイブン …

『地図の物語』アン・ルーニー|地図が小説に似ていた時代

一般に、地図の用途といえば、経路や地形を調べることだ。旅の手引きともなる。だが、歴史を振り返ると、こうした用途ばかりではないことがわかる。 ーーアン・ルーニー『地図の物語』 かつて地図が小説に似ていた時代があった。 「地図」といえば、今ならメ…

『アルテミオ・クルスの死』カルロス・フエンテス|おまえは選ぶだろう、愛を失う人生を

お前は選ぶだろう、生き延びるために選ぶだろう、無数の鏡の中から一枚を選ぶだろう、たった一枚のその鏡は他の鏡を黒い影で覆い隠し、もはや取り消すことのできない形でお前を映し出すだろう、他の鏡が選び取ることのできる無数の道をもう一度映し出す前に…

『白い病』カレル・チャペック|ただひとりだけ疫病の特効薬をつくれたら

患者を隔離して、ほかの人と接触させないようにする。<白い病>の症状が出たら、すぐに隔離する。うちの上に住んでるばあさんがここで亡くなるとしたら、耐えられんな! 階段の臭いがきつくて、もう誰もこの建物には近寄れなくなる…… ――カレル・チャペック …

『雨に呼ぶ声』余華|家にも故郷にも帰る場所がない

孤独で寄る辺のない呼び声ほど、人を戦慄させるものはない。しかも、それは雨の日の果てしない闇夜に響き渡ったのだ。 ーー余華『雨に呼ぶ声』 『雨に呼ぶ声』を読み終わった後に残った言葉は「寄る辺なさ」である。 自分が所属する共同体に居場所がない時、…

『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー|日常茶飯事の自爆テロがうんだ悲しき怪物

「誰かにこういうでたらめな話をしてもらうのは難しい。でも実行された犯罪の背後には、必ずこういう整然とした、でたらめな話がある」 ーーアフマド・サアダーウィー『バグダードのフランケンシュタイン』 『バグダードのフランケンシュタイン』や『死体展…

『忘却についての一般論』ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ|傷ついた記憶を忘れずに生き延びる

自分はどこの人間でもない。あそこは、自分が生まれたあの土地は、寒かった。あの狭い道、向かい風と荒天のなか、頭を低くして歩く人々の姿を鮮明に思い出した。自分のことを待つ人はどこにもいない。 ーージョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却について…

アメリカ大統領選挙の支持地盤で読む、アメリカ文学リスト

2020年アメリカ大統領選挙は激戦だった。2016年大統領選挙以降、世界中で、共和党と民主党それぞれを支持する「支持州」と「支持層」に注目が集まったように思う。 アメリカの大統領選挙は、人口ごとに選挙人数が割り振られ、州ごとにどちらかの政党を選ぶ「…

『誓願』マーガレット・アトウッド|地獄に風穴を開けるシスターフッド

「トショカンってなに?」 「本をしまってある場所。本でいっぱいの部屋が、たくさん、たくさんある」 「それって、邪なもの?」わたしは訊いた。「そこにある本って?」わたしは部屋いっぱいに爆発物が詰めこまれているさまを想像した。 ーーマーガレット・…

『勝手に生きろ!』チャールズ・ブコウスキー|丸出しでまるごとそこにいる男

「あんた、まるごとそこにいるのね」「どういう意味?」「だからさ、あんたみたいな人、会ったことないわよ」「そう?」「他の人は10%か20%しかないの。あんたはまるごと、全部のあんたがそこにいるの。大きな違いよ」 ーーチャールズ・ブコウスキー『勝手…

『昼の家、夜の家』オルガ・トカルチュク|われら人類は胞子のように流れる

ガイドブックには、食べられるものと、そうでないものとの違いが、事細かに書いてある。よいキノコと、悪いキノコ。キノコを、美しいか、醜いか、いいにおいがするか、くさいのか、手ざわりがいいか、悪いか、罪に導くキノコか、罪を赦すキノコか、そうやっ…

『サブリナ』ニック・ドルナソ丨失踪事件、ソーシャルメディア、陰謀論

みんなに怒りを感じてしまう。 誰に? みんなだ。自分も含めて。 ーーニック・ドルナソ『サブリナ』 人間社会が発する耐えがたいノイズを、頭が割れるようなレベルまで増幅させたような書物だ。ほとんど表情がない「棒読み演技」みたいな絵柄でありながら、…

『11の物語』パトリシア・ハイスミス|嫌ギア全開で突き進め

……あたしがほんとに仕合わせになるのにたらないものといったら、あと一つ。いざというときにあたしがどんなに役に立つか証明してみせればいいだけだ。 ーーパトリシア・ハイスミス『11の物語』「ヒロイン」 保育園に生き物コーナーができた。生き物コーナー…

『ずっとお城で暮らしてる』シャーリイ・ジャクスン|悪意まみれの世界と戦う憎悪少女

みんな死んじゃえばいいのに。そしてあたしが死体の上を歩いているならすてきなのに。 ーーシャーリイ・ジャクスン 『ずっとお城で暮らしてる』 『ずっとお城で暮らしてる』のイメージは、パステルカラーの砂糖菓子、薔薇の花びらで飾られた、宝石のように美…

『ホール』ピョン・ヘヨン|人生の真ん中にあいた大穴

ずっと前から、ひょっとすると人生というものがわかりかけた気がした頃から、生を営んできたと同時に、失ってきたのかもしれない。時々こんな気分になった。何事も充実しているが、しきりに何かを失っているような。 ーーピョン・ヘヨン『ホール』 「穴」の…

『アメリカ深南部』青山南|南部の心臓を歩く旅

「デルタでは、世界のほとんどが空のようだ」 ーー青山南『アメリカ深南部』 8月は、1年のうちでもっともアメリカ南部に近づく月である。 それはウィリアム・フォークナー『八月の光』のせいかもしれないし、フォークナーにつられて南部小説を読みつらねた記…

『ウンガレッティ全詩集』ジュゼッペ・ウンガレッティ|呆然とした空白の漂流

路上の/ どこにも/ 家を/ ぼくは/ もてない 新しい/ 風土に/ 出会う/ たびに/ かつて/ 慣れ親しんだ/ おのれを見つけては/ ぼくは/ やつれてしまう そのたびに見を引き離してゆく/ 行きずりの者として 生まれながらに/ あまりにも生きてしまった/ 時代からの…

『イタリアの詩人たち』須賀敦子|心に根を張った5人の詩人たち

おおよそ死ほど、イタリアの芸術で重要な位置を占めるテーマは他にないだろう。この土地において、死は、単なる観念的な生の終点でもなければ、やせ細った性の貧弱などではさらにない。生の歓喜に満ち溢れればあふれるほど、イタリア人は、自分たちの足につ…

『須賀敦子のヴェネツィア』大竹昭子|悲しみとなぐさめの島

ヴェネツィアは、なによりもまず私をなぐさめてくれる島だった。 ーー大竹昭子 『須賀敦子のヴェネツィア』 イルマ・ラクーザ『ラングザマー』、アンリ・ドレニエ『ヴェネチア風物誌』と続けてヴェネツィアにまつわる本を読んだので、さらにもう一歩、ヴェネ…