ボヘミアの海岸線

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『マリーナの三十番目の恋』ウラジミール・ソローキン|真実の恋は怪物

 愛なくして生きることは不可能だ、マリーナ! 不可能だ!! 不可能だ!!!

――ウラジミール・ソローキン『マリーナの三十番目の恋』

 

『マリーナの三十番目の恋』は、『ロマン』と同時代に書かれた小説だ。『ロマン』といえば、10年ぐらい前に読書会で「人類は2種類いる、『ロマン』を読んだ人間ロマニストと、そうでない人間だ」と言われていた怪作で、周囲の人間はだいたいロマニストだった。

だから、『ロマン』と同時代の作品で、初期の代表作と言われれば、どうしたってそわそわしてしまう。

 注:初期ソローキン作品はうかつにしゃべると粛清されるので、本エントリは粛清フリー(核心への言及なし)で書いている。

 

本書は、タイトルどおり、ロシア人女性マリーナが30番目に出会った恋の小説だ。

マリーナは「アンチ・ソ連」を具現化したような女性だ。性に奔放なレズビアン、ピアニストを生業とした芸術家、反体制派グループに所属、ソルジェニーツィンに傾倒、大の男嫌い。そして、この世のなによりもソヴィエト政権を憎んでいる。

マリーナは男たちとビジネスとして肉体関係を持つものの、愛するのは女性ばかり。しかし誰とも長続きせず、30歳で29番目の恋人と別れたのち、運命を変える30番目の恋にであう。

 

本書はまちがいなく「運命の恋を知って人生が変わった物語」なのだが、思っていたものとちょっと違った、いやだいぶ違った、というのが本音である。

本書の見どころは、マリーナのエロティックな日常と妄想、そして圧巻のオーガズムシーンだと思う。

配給バターをもらいながら<彼女のヴァギナにはバターが何個入るかしら?>と妄想したり、ピアノの授業でエロティックを爆発させたり、マリーナの生活はエロスに満ちていて、その描写はソ連よりは帝政ロシアに近い爛熟さがある。アメリカ人が飲みすぎて吐くシーンですら、きらきらしている。『ロマン』で、きらきら19世紀ロシア文学を描ききったソローキンの腕が冴えている。

そして、マリーナのエロス生活にひたりきった頃に到達するオーガズムシーンはとりわけ強烈で、どうしてこんなオーガズムを思いついたのか、さすがだ、どうしよう、と動揺しながら、思わず二度読みしてしまった。

愛なくして生きることは不可能だ、マリーナ! 不可能だ!! 不可能だ!!!

 

恋愛が、心の鍵を他者にあけ渡し、自分とは異なる他者を心に招き入れる行為だとするならば、マリーナはたしかに、心の底から恋をした。

マリーナのこれまでの恋愛を根こそぎするほどの、恋という名の怪物に、頭からもしゃもしゃと食べられた気分である。

 

 

マリーナの三十番目の恋

マリーナの三十番目の恋

 

 

Attention

『ロマン』を読んだことがあるロマニストなら承知とは思うが、この時期のソローキン作品はなるべく事前情報を読まずに読んだほうがいい。(ブログを書いておいてなんだが)

すべての感想が粛清フリーなわけではないので、もし『マリーナの三十番目の恋』を読みたいと思ったら、なにも検索せず、読書メーターもTwitterもブログも読まず、そのまま本屋に行って買って部屋に帰って読んでほしい。

 

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