ボヘミアの海岸線

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『忘却についての一般論』ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ|傷ついた記憶を忘れずに生き延びる

自分はどこの人間でもない。あそこは、自分が生まれたあの土地は、寒かった。あの狭い道、向かい風と荒天のなか、頭を低くして歩く人々の姿を鮮明に思い出した。自分のことを待つ人はどこにもいない。

ーージョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』

 

30年近く続いた内戦を籠城し続けて生き延びた、驚くべき女性の話である。

舞台は、アフリカ大陸の南西海岸に位置するアンゴラの首都、ルアンダ(ルワンダではない、ルワンダはアフリカにある別の国だ)。

姉の結婚とともにアンゴラに移住したポルトガル人女性ルドは、いわば「アンゴラの引きこもり」だ。彼女は外を歩くことが恐ろしくてたまらず、家の中から出られない。

ルドが部屋で静止した時間を生きている中、アンゴラは激動する。ポルトガルから独立して、そのまま泥沼の内戦へと地すべりしていく。国外退去どころか部屋から出られないルドは、愛犬とともに、引きこもりサバイバル生活へ否応なしに突入する。

 

生命力にあふれた小説だ。異国の地に移り住み、仕事も人間関係も持たないルドが戦争を生き延びられるとはおよそ考えづらいが、彼女は逆に「徹底的に引きこもる」ことで生き延びようとする。

「敵からのサバイバル」と「飢えと狂気からのサバイバル」、同じサバイバルでもまったく性質が異なるふたつを、著者は意外な方法でつなぎあわせる。

キーワードは、「アンゴラ内戦」と「空」だ。「空」はルドが恐れる恐怖の源であるが、ルドと世界を唯一つなぐ接点、そして生命線でもある。

 

本書にはふしぎと明るい空気が満ちていて、その明るさが本書の「生命力」の源となっている。書き方によってはいくらでも重くなる「内戦」というテーマを、著者は真顔とユーモアまじりで描く。

暴力や処刑、飢えや狂気と戦う描写は、切実で痛ましい一方、ルドの思い切りのいい行動やダイヤモンドの行方などはかなりユーモラスだ。

なかでも私が気に入ったのは、ダイヤモンドを使って食料を調達する方法で、アンゴラの財産であり、闘争の火種でもあるダイヤモンドを、こんな方法で使うとは! と笑った。

 

著者はユーモアを交えて語るけれど、それでもやっぱり内戦はつらい出来事で、人々を深く傷つけると思う。

内戦と戦争の違いは、加害者も被害者も同じ土地に住む国民であることだ。内戦が終われば、被害者と加害者がまた同じ国に暮らしていかなくてはならない。

被害者と加害者が一緒の共同体で生きることは難しい。加害者は、過去のことを忘れてほしいと願うが、被害者は自分を傷つけた人を忘れない。そういう、内戦ならではの記憶との付き合い方と難しさが垣間見える。

 

それでも本書には、受けた傷を忘れずに生き延びていこうとする力強さがある。 

「内戦」「忘却」という単語から、私はなんとなくW.G.ゼーバルトのような、戦争の記憶にまつわる、混沌とした記憶がうねる作品だと想像していた。同じアンゴラ文学のぺぺテラ『マヨンベ』が重めの内戦文学だから、その印象にも引きずられたかもしれない。

読んでみたら、本書には想像していたよりもずっと生命力と愛があって、空が皆のために広がっていた。

 

 

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ぺぺテラ『マヨンベ』…気になる。同じくアンゴラ内戦を描いた小説。ゲリラ組織、戦闘、政治の内情を書いた小説で、あまりの赤裸々さに、発禁になったらしい。

戦争と記憶と忘却についての小説。うつろい地すべりしていく記憶の混沌に、忘れられていく戦争の影がちらついてはフラッシュバックする。