ボヘミアの海岸線

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『地図の物語』アン・ルーニー|地図が小説に似ていた時代

一般に、地図の用途といえば、経路や地形を調べることだ。旅の手引きともなる。だが、歴史を振り返ると、こうした用途ばかりではないことがわかる。

ーーアン・ルーニー『地図の物語』

 

かつて地図が小説に似ていた時代があった。 

「地図」といえば、今ならメルカトル図法の地図やGoogle Mapが思い浮かぶ。これらの地図は世界共通で、国や人や文化によって変わるものではない。

しかし、世界共通の地図になったのは、ここ数世紀のことだ。人類の歴史の長いあいだ、地図は独創的で個性的な、想像力の住処だった。

 

 

本書は、紀元前から21世紀まで、人類が残してきた世界中の地図140点をフルカラーで紹介している。

本書を読んでいると、古代の地図は現代よりもずっと多様で独創的だったことがわかる。

たとえば、アステカ文明の地図には、地形だけではなく、歴史や文化の情報、つまり「積み重ねた時間」の情報が描かれている。

マーシャル諸島の地図は、木の枝や貝殻からできた潮の流れ、海流を表現した地図だ。

グリーンランドの流木地図は、流木を陸地に似せた形で彫刻している。これは「目で読む地図」ではなく「手で読む地図」で、極寒の航海中に服の中で触り、自分たちがどこらへんにいるかを知るためのものだったらしい。

中世ヨーロッパの地図は、宗教世界を地図に織りこんでいるし、中世時代に描かれた十字軍や都市包囲、植民地時代の航海地図は、領有権を「地図に描いてしまう」ことで主張した。

 

地図は、未知の場所を歩く道しるべの情報だけではなかった。歴史や宗教の記録、一獲千金を夢見る期待装置、支配権を主張する政治の道具でもあった。

 未知と既知、事実と創造が混在している古地図は、現在の世界共通地図より、ずっと独創的でおもしろい。

 

現在の地図は完成されている。これまで何百年もの実測と発展があってこその完成形だ。すばらしい偉業だ。

それでもやっぱり、私の地図への認識は、だいぶつまらないものだったとも思う。

私は地図を「目的地にたどりつく経路を知る情報」「見知らぬ土地の位置を知る情報」としてしか認識していなかった。なんと単調な認識だったのだろう。思考がメルカトルに支配されていた。

 

地図は、もっと小説や日記に近くてもいいのかもしれない。

主観と想像が混ざった古い地図、見る以外の方法で読む地図を眺めていて思った。

正しい位置情報のほかに、主観や想像や時間が記してある地図があれば、測量されつくしたこの世界にまた未知の空白ができる。

違う世界地図、違う地図の読み方を妄想したくなって、本日はもう店じまいにしてしまおうか。

 

 

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