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『誓願』マーガレット・アトウッド|地獄に風穴を開けるシスターフッド

「トショカンってなに?」

「本をしまってある場所。本でいっぱいの部屋が、たくさん、たくさんある」

「それって、邪なもの?」わたしは訊いた。「そこにある本って?」わたしは部屋いっぱいに爆発物が詰めこまれているさまを想像した。

ーーマーガレット・アトウッド『誓願』

 

女性が男性に徹底服従させられるアメリカを描いた胃痛抑圧ディストピア小説『侍女の物語』は、赤い小説だった。赤は、高位男性に仕える侍女たちが着る服の色、血の色、妊娠の徴の色、怒りの色、警告の色、不穏の色で、表紙から中身まですべてが赤に染まっていた。

34年ぶりに出た続編『誓願』の表紙は、赤の補色(反対色)、緑である。『侍女の物語』続編が出ると聞いた時、またあの不穏で孤独なつらさを味わうのかと思っていたが、表紙の色を見た時に、これは希望が持てるのかもしれない、と思った。

誓願

誓願

 

 

舞台は『侍女の物語』から15年後のギレアデ共和国。ギレアデ建国時の動乱と混乱はだいぶ落ち着いて、女性は小さい頃から花嫁修業に励み、本を読むことや文字を書くことを禁止され、キリスト教原理主義にのっとって「女は弱く罪深い生き物」「男性に従うべき生き物」と教育を受けている。

語り手の女性は3人いる。ひとりはギレアデ建設に関わり、政府の重鎮となったリディア小母。ひとりはギレアデ共和国の司令官の家に生まれ育った少女アグネス。そしてカナダに住む古着屋の少女デイジーだ。

ギレアデ以前を知る世代と、生まれも育ちもギレアデの次世代が入り混じり、章ごとに語り手が入れ替わりながら、異なる立場にいる女性たちがつながっていき、やがて大きなひとつの「決断」に向かって集結していく。

 

 本書は前作と同じ舞台だが、印象はだいぶ違う。なんといってもまず驚いたのが、語り手が「孤独でない」ことだ。

『侍女の物語』の語り手オブフレッドは、突然のクーデーターで家族も友人も失って、見知らぬ男の家でひとり住むことになったため、暗い霧の中をひたすら孤独に歩くような、(精神的)絶海の孤島系サバイバル独白めいたつらさがあった。

たいする『誓願』では、話し合える女友達、目的のために協力する盟友がいる。もちろん監視、介入、抑圧はあるが、女友達と盟友がいるだけで、読んでいる側としては安心感がある。分断された孤独な女性から、連帯する女性たちのシスターフッドへと、物語の軸が移行している。

そして複数の目線で見るギレアデは、前作よりもだいぶ見通しがよくなっていて、歴史とカラクリがわかるようになっている。『侍女の物語』が巨大迷路をひたすら迷い続ける迷い人の目線だとしたら、『誓願』は巨大迷路を上から眺めながら制作秘話を聞いているような感じだ。

 

そのため、前作の「なぜこうなったのかがぜんぜんわからない」といった胃痛抑圧ムードは控えめになっているが、ただそこはアトウッドらしく、ちゃんと別の地獄の窯が開いている。

とりわけ鬱屈とするのが、少女たちが教育により「自分たちの身体を罪だ」と感じ、自分の身体と性を嫌悪するくだりだ。「男を誘惑する罪」「清らかでいることの重要性」をすりこんでいくことで、女性たちが自分の身体に自信や愛着を持てなくなる。残念ながらこういう話は現実にどこでもあり、暗澹とした気持ちになる。

 わたしにわかるのは、おとなの女性の身体とは、ひとつの大きな地雷だということ。そこに穴があれば、何かをつっこむことになっていて、そうすると、中からべつな何かが出てくる。あらゆる種類の穴という穴は、そのようになっているらしい。

 

あいからわず鬱屈とした重い空気はあるものの、本書には、重苦しい洞窟に風穴を開けていくようなさわやかさがある。

風穴をあけるのは、絶対に成し遂げると誓う強い意志、女性たちの連帯、そしてばらばらに分断された女性たちの心と行動をつなぐ「文字」「言葉」だ。

本書では「記録」と「本」がきわめて重要な意味を持っている。本を愛する人たちなら、図書館のシーンとラストでぐっとくるだろう。そもそもこの小説そのものが「残された記録」の体裁をとっている。文字を奪われた女性たちが、文字によって自分たちの物語を残していく。本書には、書物と語りにたいする信頼がある。

「トショカンってなに?」

「本をしまってある場所。本でいっぱいの部屋が、たくさん、たくさんある」

「それって、邪なもの?」わたしは訊いた。「そこにある本って?」わたしは部屋いっぱいに爆発物が詰めこまれているさまを想像した。

最後はだいぶ駆け足でもうすこし深堀りが欲しかったものの、読了後は「読んでよかった」と思えた。とくに、誰からも恐れられる権力者リディア小母の語りはすばらしかった。

そして、アトウッドが34年ぶりに本書を書いた心を想像する。やはり本と文字、記録と記憶は、世界を変える力があるのだ。

 

前作 


マーガレット・アトウッド著作の感想


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