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『原因 一つの示唆』トーマス・ベルンハルト|美しき故郷への罵倒と情

世界的に有名なこれほどの美が、あれほど反人間的な気候風土と結びついているのは、致命的だ。そして、まさにこの場所、私が生まれついたこの死の土壌こそ、私の故郷なのであり、他の町や他の風景ではなく、この(死に至らしめる)町、この(死に至らしめる)風景こそが、私の故郷なのだ。

ーートーマス・ベルンハルト 『原因 一つの示唆』

 

ベルンハルトの作品を読んでいると、「私の嫌悪、私の嫌悪を聞いてくれ」とささやく、長い長い歌を聞いている気分になる。息継ぎなく、改行なく、愛憎いり乱れた声で響く独白だ。

 

『原因』は「自伝的五部作」の1作目である。著者がうたいあげるのは、故郷オーストリアザルツブルグへの嫌悪、ギムナジウム時代への嫌悪だ。

ザルツブルグは、芸術と音楽の都、モーツァルトの生誕地、ザルツブルグ音楽祭で知られる歴史街で、世界で最も美しい都市のひとつに数えられている。

この美しい町を、ザルツブルグ生まれ育ちのベルンハルトはぼこぼこにする。ザルツブルグを「致死的土壌」「この(死に至らしめる)町」と繰りかえし呼ぶ。

世界が讃えるこの町の美しさ、この風景の美しさ。しかも、やむことなく、いつもひどく無思慮に、実際、許しがたいほどの調子で讃えられるこの町とこの風景の美しさは、この致死的土壌のゆえでは、まさに死に至らしめる要素なのである。

…世界的に有名なこれほどの美が、あれほど反人間的な気候風土と結びついているのは、致命的だ。そして、まさにこの場所、私が生まれついたこの死の土壌こそ、私の故郷なのであり、他の町や他の風景ではなく、この(死に至らしめる)町、この(死に至らしめる)風景こそが、私の故郷なのだ。

 

 

ザルツブルグに並んでぼこぼこにされるのが、ギムナジウムだ。オーストリアギムナジウムは、ただの中等教育ではなく、高等教育を受けるためのエリート選抜&養成機関である。

いったいなぜ、ザルツブルグギムナジウムをこれほどに罵倒するのか。その理由、嫌悪の原因が、本書で語られる。

 本能的に私は学校というものを、精神の殺戮施設としか見なくなっていた。今は悟性によってはっきりと、あれが精神の殺戮施設であったことを把握している。 

 

『原因』は、ベルンハルトの暗黒時代を語るだけあって、他の著作にくらべて真顔度が高く、ユーモアはほとんどなく、嫌悪がかなり強い。

とりわけ強烈だったのは、ナチズムとカトリシズムが同じだ、と言い切るくだりだ。カトリック国であるオーストリア人、カトリック教徒にとって、この発言はぎょっとするものだろう。

しかし、「賛美するシステム」「権威主義」という点で見れば、ベルンハルトの言葉はそれほどずれているわけではない。日本でも、意味不明な校則や、体制への服従を強いる学校制度は非人間的だ。ベルンハルトは、そういう非人間的なシステムのことを語っている。

いわゆる並外れた人物を称揚して讃えるために歌われる歌やコーラス、私たちがナチス時代、そしてナチス時代のあと寄宿舎で歌ったような歌やコーラスを眺めてみるならば、それらはいつも同じ歌詞だと言わざるを得ない。少しばかり語句は違っているが、いつも、同じ曲につけられた同じ歌詞なのだ。

 

ベルンハルトの声は、嫌悪をパン生地のようにこねて伸ばし続けていく。くりかえし、並置して、倒置して、地響きのような声で語り続ける。

同じ愚痴を聞かされるとつらいものだが、ベルンハルトの愚痴は不思議と疲れにくい、音楽的な愚痴だ。なんど読んでも、ベルンハルトの流れるような愚痴、豊かな罵倒ボキャブラリーには惚れ惚れする。 

とはいえ、純粋な嫌悪だけだったらおそらく、疲れるし印象が単調になる。著者は嫌悪を全面に押し出しながら、わりきれない情や弱さをさらけだしてくる。ベルンハルトの語りが癖になるのは、嫌悪を語る真顔のユーモア、嫌悪する対象へのわりきれない情、離れがたさがにじみでるからだ。

 

『原因』は、ザルツブルグを嫌悪する原因を探る小説であり、それ以上に、嫌悪しながらもザルツブルグにくりかえし戻ってしまう原因を探る小説でもある。

これほど罵倒しているのに、なんども戻ってしまう不可解さを、ベルンハルトは語る。暗黒時代を語る時ですら、ベルンハルトは、期待できるものはないと知りながら期待する心情を開陳する。

この迷い、本人すら理解しきれない灰色の情念、嫌悪の武装を捨て去った瞬間が好きで、私はなんどでもベルンハルトを読みたくなる。

今では無理に行かねばならない必然性はないのだが、それにもかかわらず(現実にまた頭の中で)私は、何度も何度もあの町へ行く。なぜ行くのか、自分でもよくわからないし、あそこには何も期待できるものはないことを知りながら、それでも期待を抱いて、一瞬にしてとらわれるあの精神状態と気分の中へと、まさに荒廃的と言うほかない心情の中へと、入っていくのだ。

 

トーマス・ベルンハルト自伝的五部作

トーマス・ベルンハルト作品の感想

 

 

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