キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

「クジラスレイヤー ピークォド号炎上」:『白鯨』で『ニンジャスレイヤー』

登場人物 エイハブ:白鯨モービィ・ディックに片足を食われたセンチョ「エイハブ」に謎のホゲイソウル「ホゲイ・ピークォド」が憑依。ホゲイが抱えるクジラ殺戮渇望がエイハブの復讐心と重なり合い、恐るべきクジラ殺しのセンチョ「クジラスレイヤー」を誕生…

『男の事情 女の事情』ジョン・マクガハン

「これを忘れたんでね」とバーテンの無言の質問に答えて言った。その小さな素振りひとつひとつを演じることが、痛みを和らげてくれるかのようだった。——ジョン・マクガハン「僕の恋と傘」 誰にも事情はある アイルランドの苦みに刺されたいと思う時期は、冬…

『バベットの晩餐会』イサク・ディネーセン

至福千年のときを彼らは一時間だけ与えられたのだ。——イサク・ディネーセン『バベットの晩餐会』 料理の芸術 デンマークといえば、わたしの友人宅に居候していた饒舌なデンマーク人のことを思い出す。彼は友人が秘蔵していた日本酒をわがもの顔で空けては「…

『滅亡』ノサック

わたしたちは「目覚めるのだ。これはただの悪夢ではないか」とだれかが呼びかけてくれるのを期待していたのだ。しかしわたしたちはその願いを口に出すことはできなかった。悪霊がわたしたちの口を窒息しそうになるほど塞いでいたからだ。——ノサック『滅亡』 …

『土星の環 イギリス行脚』W.G.ゼーバルト

私たちの編みだした機械は、私たちの身体に似て、そして私たちの憧憬に似て、ゆっくりと火照りの冷めていく心臓を持っている。——W.G.ゼーバルト『土星の環 イギリス行脚』 崩落する記憶 「イギリス行脚」といいながら、実のところ彼はどこを旅していたのだろ…

『空襲と文学』W.G.ゼーバルト

[歴史の天使] W.G.Sebald "Luftkrieg und Literatur",2003. 空襲と文学 (ゼーバルト・コレクション)作者: W.G.ゼーバルト,鈴木仁子出版社/メーカー: 白水社発売日: 2008/09/29メディア: 単行本 クリック: 19回この商品を含むブログ (11件) を見る 「ただ瞼…

『無声映画のシーン』フリオ・リャマサーレス

今では雪になっている母に。——フリオ・リャマサーレス『無声映画のシーン』 架空の写真 わたしにとってリャマサーレスは“追憶の作家”である。かつてリャマサーレスは、すべてを食らい尽くす時間と記憶の漂白を、廃村に降る『黄色い雨』に例えた。 記憶は、お…

池澤夏樹の世界文学全集は、何が読まれているのか?

「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」は何が読まれているのだろう? 海外文学死亡かるたのまとめを作っているとき、ふとそんな疑問が頭をよぎった。 わたしにとって池澤夏樹の世界文学全集は、なんとも不可思議なポジションにある。持っていそうで持っていな…

海外文学死亡かるた

デザイナー死亡かるた 死亡かるたまとめ なんだか都ではやっているようなので、神保町古本祭りを記念して。 ジンをあおりながら適当に作ったものです。なんかいいネタございましたら追加しますので、Twitter(@0wl_man)宛かハッシュタグ(#海外文学死亡かる…

『夜毎に石の橋の下で』レオ・ペルッツ

一同が静まったところで高徳のラビは告げた。汝らのうちに、姦通の罪を負って生きる女、呪われた一族、主によって滅ぼされた一族の子がいる。罪人に告ぐ、進み出で己が罪を告白し、主の裁きを受けるがよい。――レオ・ペルッツ『夜毎に石の橋の下で』 プラハの…

『厳重に監視された列車』ボフミル・フラバル

じいさんは真向からひるまず戦車に向って進んで行き、両手を一杯に延ばし、両の眼でドイツ兵たちに念力を注ぎ込んでいた……「ぐるっとまわって帰っていけ……」すると本当に先頭の戦車が停止し、全軍団がその場に立往生した、じいさんは先頭の戦車に指をふれ、…

『マハーバーラタ ナラ王物語―ダマヤンティー姫の数奇な生涯』

「ナラ王様が苦難に陥り、不幸になった呪いの張本人、そ奴に、わたくしどもの不幸よりもっと大きな不幸でも起こればよい。邪心のないナラ王様を悪人めがこうしてしまった。ナラ王様のよりもっと大きな不幸に見舞われて、不仕合わせな生涯を送るがよい」 そし…

『少年十字軍』マルセル・シュウォッブ

いつも同じ黄金の面をわれらに向けるあの月も、おそらく暗く残忍な別の面をもつのであろう。……けれども予はもはやこの世の表面など見たくない。暗いものに目を向けたいのだ。――マルセル・シュウォッブ「黄金仮面の王」 極彩色の幻影 思い出したのはクリムト…

『ナペルス枢機卿』グスタフ・マイリンク

私たちがなしとげる行為には、それがいかなるものにもあれ、魔術的な、二重の意味があるのだ、と。私たちには、魔術的でないことは、何ひとつできない――。——グスタフ・マイリンク『ナペルス枢機卿』 おぞましき、この現世 真夏の日照りが続くさなかにマイリ…

『ウンベルト・サバ詩集』ウンベルト・サバ

このことを措いてほかには なにひとつ愛せず、わたしには なにひとつできない。 痛みに満ちた人生で、 これだけが逃げ道だ。――ウンベルト・サバ「詩人 カンツォネッタ」 坂の上のパイプ 数年ぶりにもういちどサバの詩集を読みかえしたとき、ふせんをつけたペ…

『ヴェネツィア 水の迷宮の夢』ヨシフ・ブロツキ―

ぼくは随分前から、人間の感情生活を売り物にして飯を食わない、というのを美徳にしてきた。その他常にやるべき仕事は山ほどあるし、外には広い世界があること、これは言うまでもない。そして最後には、いつもこの町にたどりつくのだった。——ヨシフ・ブロツ…

『リチャード二世』ウィリアム・シェイクスピア

私の栄誉、私の権力はあんたの自由になっても、 私の悲しみはそうはいかぬ。私はまだ私の悲しみの王だ。——ウィリアム・シェイクスピア『リチャード二世』 悲しみの王 リチャード二世は、不思議な印象を残す王だ。シェイクスピアの史劇における王は、廃位の運…

『野性の蜜 キローガ短編集成』オラシオ・キローガ

「これは蜜だ」体の奥から食欲が涌きあがってくるのを感じながら、公認会計士は独りごちた。「蜜のいっぱい詰まった、蜂の巣房に違いない……」――オラシオ・キローガ「野性の蜜」 飲み干す死 作家が死をどうとらえ、どう描くかが気にかかる。シェイクスピアは…

『遊戯の終わり』フリオ・コルタサル

大きくカーブした線路が家の裏で直線に変わるそのあたりが、わたしたちの王国だった。——フリオ・コルタサル『遊戯の終わり』 異界への落下 夏になると南米文学に手がのびるのはここ数年来の習性で、モヒートを飲みながら南米の短編をつまむことを、夜な夜な…

『事の次第』サミュエル・ベケット

聞いたとおりにわたしは語るそれから死もし死がいつかは来るものならそれでかたづく死んでいく——サミュエル・ベケット『事の次第』 狂人の脊髄 これは奇書ですよ、といって手渡された。 一時期、探しまわっていたのだが、あまりに見つからないので、わたしの…

『ジョン王』ウィリアム・シェイクスピア

王 このように太陽が天に輝き、この世の楽しみが、 いたるところに目につく誇らしげな真昼間は、 あまりにも浮き浮きし、あまりにもけばけばしくて、 どうも話がしにくい。—ーウィリアム・シェイクスピア『ジョン王』 揺れる王 ジョン王(1167-1216)は、イ…

『灯台守の話』ジャネット・ウィンターソン

話せば長い物語だ。そして世の物語がみなそうであるように、この物語には終わりがない。むろん結末はある——物語とはそういうものだ——けれど、結末を迎えたあとも、この物語はずっと続いた。物語とはそういうものだから。——ジャネット・ウィンターソン『灯台…

『アテネのタイモン』ウィリアム・シェイクスピア

偉大なタイモンだ、高潔、高尚、高貴なタイモン公だ! だが、ああ、そのようなほめことばを買う金がなくなると ほめことばを言う声もなくなってしまうのです。 ごちそうの切れ目が縁の切れ目、冬の氷雨が降りはじめると 青蠅どもは身をかくすのです。——ウィ…

『コレラの時代の愛』ガブリエル・ガルシア=マルケス

「人の心というのは分からないものだな」——ガブリエル・ガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』 愛はただ愛であり 恋愛は精神疾患であるとつねづね思っているが、このまったく理不尽な感情の渦は、もしかすると熱病に近いのかもしれない。 舞台は熱病うずま…

『酢豚つくりもりもり食ったブス』螺法洞

二人で一枚の切符を車掌に見せ、一人は降ろされても仕方ないがもう一人は乗りつづける権利があるはずだと言い切ってみせる、あの茶目っ気。かと思うと、同じ論理を巧みに利用して、一方が逮捕された時、自分も投獄されたら訴訟を起こすともう一方が脅したあ…

『さりながら』フィリップ・フォレスト

一茶はすでに世界についてすべてを知っていた。その悪意、その無尽蔵の美しさ。——フィリップ・フォレスト 喪失の水盤 この切実さはなにごとだろう。フォレストの文章を読みすすめるごと、そう思わずにはいられない。 日本の作家、俳句、写真家、都市について…

割り切れない愛を描いた海外文学・短編リスト

「安心できる人とつきあいたいんですよね」と、隣の青年はつぶやいた。相手が自分を好いていて、裏切らないという確信がなければ誰かとつきあう意味がないと。だが、はたして人の心はそれほど単純だろうか? もうこれっきりだと思ってメールをしながらこのマ…

『彫刻家の娘』トーベ・ヤンソン

仲間というものは、つぎの日にもういちど言う価値があるような気のきいた話はしない。パーティーで大事な話をするべきではないことくらいはわきまえている。——トーベ・ヤンソン『彫刻家の娘』 茂みの奥から 「十歳の少年というものは、自分の膝を事細かによ…

『チェスの話 ツヴァイク短篇選』シュテファン・ツヴァイク

あらゆる種類のモノマニア的な、ただひとつの観念に凝り固まってしまった人間は、これまでずっと私の興味をそそってきた。人間は限定されればされるほど一方では無限のものに近づくからである。――シュテファン・ツヴァイク「チェスの話」 ささやかで重大な災…

『無慈悲な昼食』エベリオ・ロセーロ

“彼らは僕を昼食と見なしている”——エベリオ・ロセーロ『無慈悲な昼食』 獣になる ふしぎなものだ、「慈悲の昼食」という名がこれほど無慈悲に響くとは。 原題は"Los almuerzos"、「昼食」というとおり、木曜日の正午12時から金曜日までの12時までの1日を描く…

『地図集』董啓章

さらに過激な議論もあり……この理論によれば、地図上のすべての場所は取替地であり、どんな場所もかつてはそれ自身ではなかったし、永遠に別の場所に取り替えられるのである。――董啓章「地図集」 地図は小説 『千と千尋の神隠し』で、湯婆婆(ゆばーば)は千…

『老首長の国 ドリス・レッシング アフリカ小説集』ドリス・レッシング

「不公平だ」彼は言った。「不公平だよ」 「やっと気づいたのか、白んぼ?」ダークが言った。——ドリス・レッシング「アリ塚」 見えぬ心 かつてアフリカが「暗黒大陸」と呼ばれたのは、その見えなさのためだった。西欧人たちはジャングルを切り開き、土地を奪…

『若い藝術家の肖像』ジェイムズ・ジョイス

そうだ! そうだ! そうなのだ! ——ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』 決定的な瞬間 どうしようもなく世界と折り合いがつかないなら、世界と自分どちらがまちがっているのかがわからないなら、『若い藝術家の肖像』を読むといいかもしれない。 本書…

海外文学アワード2011

しれっと新年を迎えようかとも思ったけれど、なんだかんだで今年もやることにした「海外文学アワード」。2011年刊行のものではなく、2011年に私が読んだ本の中から特に気に入ったものを選ぶという趣旨。「アワード2011」という感じではぜんぜんないが、そこ…

『灰色の輝ける贈り物』アリステア・マクラウド

「わかってるよ、母さん」とお父さんが言う。「よくわかっているし、みんなには感謝しているよ。ただ、とにかく、同じ一族という仕組みのなかでは、もう生きられなくなっているんだよ。自分とか自分の家族とかを超えて、ものを見なきゃ。今は二十世紀なんだ…

『リチャード三世』ウィリアム・シェイクスピア

もはや悪党になるしかない。 馬だ! 馬だ! 馬をよこせば王国をくれてやる!——ウィリアム・シェイクスピア『リチャード三世』 絶望して死ね! 王家につらなる人々が流麗な言葉で歌いあげる、呪詛の交響曲である。この世のすべてを、大事な人を奪った者を、自…

『ヘンリー六世』ウィリアム・シェイクスピア

ああ、栄華も権勢も、しょせんは土と埃にすぎぬのか? 人間、どう生きようと、結局は死なねばならぬのか?——ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー六世』 足を踏みならして貴族と王族が輪になって踊っている。それは権力争いの踊りで、踊り手は増えては消え…

『じゃじゃ馬ならし』ウィリアム・シェイクスピア

ペトルーチオ おれはきみを飼いならすために生まれた男だ、ケート、 山猫ケートを飼い猫ケートに変えてだな、ケート、 おとなしくかわいがられる女房にしてやるぞ、ケート。——ウィリアム・シェイクスピア『じゃじゃ馬ならし』 紙人形 『じゃじゃ馬ならし』は…

W.G.ゼーバルト『アウステルリッツ』

三十六度というのは、自然界でいちばん適切な温度だということがわかっているのだよ、アルフォンスはそう言いました。神秘的な閾値といってもいい。私はこんなことを思ったことがあるんだ、ひょっとしたら人類の不幸は、いつのころだか体温がこの基準からず…

フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』

人生は意図せずに行われてしまった実験旅行だ。それは物質を通しての精神の旅行であり、旅行しているのは私たちの精神なのだから、私たちが生きているのは精神のなかだ。だから、外で生きる魂よりも、ずっと強烈で、ずっと広大で、ずっと波乱に満ちた生涯を…

須賀敦子『塩一トンの読書』

「ひとりの人を理解するまでには、すくなくも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」 ミラノで結婚してまもないころ、これといった深い考えもなく夫と知人のうわさをしていた私にむかって、姑がいきなりこんなことをいった。とっさに喩えの意味…

ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』

明日、また明日、また明日と、時は小きざみな足取りで一日一日を歩み、ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく、昨日という日はすべておろかな人間が塵と化す死への道を照らしてきた。 消えろ、消えろ、つかの間の燈火! 人生は歩き回る影法師、あわれな役者…

ウラジミール・ナボコフ『ディフェンス』

精神分析のにたずさわる医者や患者なら楽しんでいただけると思うのは、ルージンが神経衰弱になってから受ける治療の詳細であり(たとえばチェス選手は、自分のクイーンにママの、そして相手のキングにパパの面影を見るといった暗示療法)さらに鍵穴式携帯盤…

『ペインテッド・バード』イェジー・コシンスキ

ぼくは神の御子を殺したことの償いのためにこんなにたくさんのユダヤ人の命がはたして必要なのだろうかと思った。この世界はやがて、ひとを焼くための、ひとつの大きな火葬場になるだろう。司祭さんだって、すべては滅び、「灰から灰に」帰する運命にあると…

『三大悲劇集 血の婚礼 他二篇』ガルシーア・ロルカ

おれたちにとって、身を焦がしながら口に出さないでいることほどひどい罰はありゃしない。……なんの役にも立ちゃしない! ただおれの体に炎をかき立てただけだ!——ガルシーア・ロルカ「血の婚礼」 血と情念 なんと情念的なのだろう。土と汗と血のにおいがする…

『ディフェンス』ウラジミール・ナボコフ

ぼんやりした感嘆の念とぼんやりした恐怖を覚えながら、なんと不気味に、なんとあざやかに、なんと柔軟に、一手一手、少年時代のイメージが反復されてきたか(田舎……学校……叔母)を彼は知り、それでもまだ、どうしてこの手筋の反復が魂にこれほどの恐怖を呼…

『酔どれ列車、モスクワ発ペトゥシキ行き』ヴェネディクト・エロフェーエフ

「どうして? また吐き気がするのかい?」 「そうじゃないよ。もう吐き気なんか、絶対にするもんか。でもゲロは、吐く」——ヴェネディクト・エロフェーエフ『酔どれ列車、モスクワ発ペトゥシキ行き』 飲まずにおれるか 学生のころ、米原万里のエッセイを読み…

『他人まかせの自伝――あとづけの詩学』アントニオ・タブッキ

運転手は親切に聞いてくれました。どちらへお連れしましょうか。ある物語から抜け出したいのです。わたしは混乱しつつ、つぶやきました。行き先はどこでもいい、物語から逃げ出す手助けをしていただければ。わたしが作りだした物語ですが、今はそこから抜け…

『V.』トマス・ピンチョン

「あなた、経験から学び取ったことないの?」 「ない、はっきり言ってひとつもない」——トマス・ピンチョン『V.』 残酷な仕打ちをしながら、とてつもない哀しみを抱え込むのだ。そしてその哀しみが自分の目から溢れ、靴の穴からこぼれ出して、ストリートに大…

『遠い水平線』アントニオ・タブッキ

「どうして、彼のことを知りたいのですか」 「むこうは死んだのに、こっちは生きてるからです」——アントニオ・タブッキ『遠い水平線』 目の中に水平線 見知らぬ人が死んでいる。今もどこかで、近くの路地で、遠い部屋の片隅で。だが、死はふだんの生活からは…