キリキリソテーにうってつけの日

海外文学中心の読書録。水を飲むように本を読む。

『カンタベリー物語』ジェフリー・チョーサー

[中世英国版バラエティ番組]
Geoffrey Chaucer "The Canterbury Tales" ,1400?

カンタベリー物語 (角川文庫 赤 347-1)

カンタベリー物語 (角川文庫 赤 347-1)

 「この盗っ人やろう、わたしを殺しやがったな。わたしの地所をとろうと思ったんだろう。でも死ぬ前に、おまえと接吻したいものだ」

 いつの時代どの土地であっても、ゆかいな物語は人々の心を引き寄せるもの、そして見知らぬ人どうしの心をかよわせる潤滑油となる。

 時は中世イングランドカンタベリー大聖堂へお参りする30人の巡礼者たちが、旅の退屈をまぎらわせるためにそれぞれ自分が知る中でもっともゆかいな話を披露する。おもしろい話をした人にはごちそうを、つまらない話をした人は全員の旅費を負担するーー中世イングランド版バラエティ番組とでもいったところだ。

 1400年のイングランドといえば暗黒中世まっさいちゅう、ヘンリー8世によるイングランド国教会成立まであと1世紀半、シェイクスピアがロンドンを席巻するまであと2世紀という時代であった。そんな中、この妙にほのぼのとした集団のすべらない話はうまれた。この物語が人気を博し、多くの写本ができたという話もうなずける。

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 この物語のおもしろさは、「中世英国の縮図」と呼ばれるその構成にある。30人の巡礼者たちの階級がひとつ残らず違うからだ。聖職者、托鉢僧、騎士、粉屋、貿易商人、地方の名士、学士など、裕福な上流階級から貧困な階級まで、30階級がよりどりみどり。そんな混沌としたるつぼ集団であるものだから、もちろん持ち寄る話の種類も雑多である。ある者は下ネタ話、ある者は正統派の騎士道物語、ある者は特定の職業を揶揄した失敗談、ある者は夫婦げんかと浮気の話ーー。

 よくも悪くも、たいへんにおおらかだ。あなたたちは巡礼者ではないのか、と問いたくなるほど、皆が下品な話にきゃっきゃして喜んでいる。しつこく言いよる男に尻の穴にキスをさせるとか、寄進された屁を13等分するとか、浮気をするためにノアの洪水を予言するとか、すがすがしいほどにくだらない。

 中でもふるっているのがバースの女房で、彼女は5度も結婚し、しかもすべての夫を完膚なきまでに尻にしく豪腕女房だ。彼女の演説は強烈で、すべての未婚男性を「絶対に結婚したくない」と震えあがらせた。

 そういうわけで、わたしが自慢していいと思えるものがひとつあります。悪知恵か、力づくか、こごとを言うとか不平をならすとか、そんなものを武器にして、とどのつまり夫をまかしてしまうことですわ。とくにベッドのなかでは夫を叱りとばし、少しもおもしろいことはさせてやりませんでしたわ。夫がつぐないをするまでは、夫が腹に手をいれてきたら、すぐさまベッドから出たものです。わたしは夫になすべき義務をさせました。まず物を手にいれようとおもったら、それだけのことをしなくてはなりませんよ。

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 『カンタベリー物語』Ellesmere 写本に
 登場するチョーサー本人*2

 こうした雑多な人々をまとめるプロデューサーが「宿屋の主人」である。この好奇心に満ちた宿屋の主人は、この混沌とした集団が宿へ来たことをおもしろがり、「旅の途中で皆がふたつずつゆかいな話をして、誰の話が最高の出来か競い合おう」と提案し、みずからも巡礼の旅へ便乗するとまで言い出す。そして司会者として、あるいは旅人同士のけんかの仲裁人として、めざましい働きを見せる。


 人類にとっての永遠のテーマ、男女仲の話については登場人物たちが大激論を交わす。男性陣は、若くかわいい従順な妻、もちろん浮気などは絶対にしない女を夢見て、女性陣は金と力を持ち、妻を女王のように扱う男を求める。ああ、この互いの希望の落差! 21世紀でも、わたしたちはまだ同じ話を繰り返している。

 これを見ても妻は夫の助けとなり、夫の慰めとなるものです。言いかえれば、男はのためにこの世を極楽にさせて、男を面白く暮らさせるものです。妻たるものは夫に従い貞操を守るべきもの。また夫婦は仲よく暮らすのが人間の道だ。……夫の気に入ることはなんでも妻がよろこんで満足します.夫が「いい」と言えば妻はけっして「いや」とは言わない。反対に夫が「しろ」と言えば妻は「はい、すぐにします」と言います。結婚というものは尊くて善いものだ。

 女というものには生まれながら六つの欲望があります。夫が強いこと、その二は賢いこと、その三は富めること、その四は気前のいいこと、その五は妻にやさしいこと、その六はベッドでは若々しいことです。

 ほかにも、「肌の美しさといったら、ロンドン塔で鋳造されたばかりの金貨よりも美しい」(ロンドン塔は昔、造幣局として使われていた)とか、「彼女の口は甘く、さながら蜜とビールで作った飲み物か、乾草やヒースの中に貯蔵してあったリンゴのよう」といった、イングランド節が楽しい。「豚の目のようにかわいい」は、イングランド人にとっては褒め言葉であるらしい。絶妙なセンスである。


 あっと驚くような超然的なエピソードやオチはない。彼らはどこまでも平凡だ、わたしたちと同じように。恋をした相手から褒めそやされたい、世間に認められたい、楽をしたい。そのためには嘘をつくし、だましもする。清濁併せ呑む登場人物たちにたいするチョーサーの目線は、皮肉めいてはいるがけっして冷淡ではなく、むしろ「しょうがないね」という嘆息まじりのおおらかさがある。じつにイギリス的であり、こうした風土がシェイクスピア喜劇をうんだのだと思うと感慨深い(シェイクスピアは『カンタベリー物語』のエピソードを劇作に使っている)。今も昔も変わらず、人間はくだらなくて馬鹿だなあ。

 

recommend

  • ボッカチオ『デカメロン』……14世紀イタリアでうまれた、『カンタベリー物語』の原型。ペストから逃れるために邸宅に引きこもった男女が話をする。
  • アーサー王物語』……騎士ガウェインの結婚は、本書にある「絶対に結婚したくない女」の話と同じエピソード。

 

カンタベリー大聖堂

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 7世紀に建設された、イングランドで最も人気である巡礼地。現在はイギリス国教会の総本山だが、イギリス国教会が成立する16世紀前はカトリックの教会で、重病が治るなどの奇跡で有名だった。堂々たるゴシック建築は、世界遺産として登録されている。グレート・ブリテン島の右下にあり、ロンドンからは1時間半ほどで行ける。

 

岩波文庫版『カンタベリー物語』

 角川文庫版は抄訳。全訳は岩波文庫版で手に入るが、長い。しかし、全訳でも未完である。30人が行きと帰りに2つずつ物語を語るーーつまりは120の物語をチョーサーは考えていたが、ついに果たせぬままに鬼籍に入った。

完訳 カンタベリー物語〈上〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈上〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈中〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈中〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈下〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈下〉 (岩波文庫)

ガイブン読みに勧めたい西洋絵画

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 アントニオ・タブッキ『レクイエム』に、登場人物がリスボンの美術館でヒエロニムス・ボッシュ『聖アントニヌスの誘惑』を眺めるシーンがある。はじめて本書を読んだとき、ボッシュも『聖アントニヌスの誘惑』も知らなかったわたしは、これほどまでに登場人物を惹きつけてやまぬ美術とはいかほどのものなのか、想像することも難しかった。

 そしてとうとう、本物を見てきた。本物はわたしが想像していたよりずっと小さかったが、取り憑かれたようにみいってしまう平面の魔物だった。なんという脳髄の快楽。そしてわたしは思ったのだった、ヨーロッパの文学を読むなら、それを育んできた大伽藍である西洋絵画のことを知れば、もっと楽しめるのではないかと。

 その予感は当たっていて、新しい小説を読んでいるときのように楽しい(わたしにとってこれは最高の褒め言葉である)。この1か月に読んだ本のうち、おもしろかった本を紹介する。

 

奇想に満ちた聖書とギリシャ神話

 「19世紀以前の絵画は見るものではなく、読むものである」との言葉どおり、かつて西洋絵画は宗教や神話のシーンを描くものだった。ルーブル美術館プラド美術館など、元王家が保有する名作の8割近くが宗教画であることからも、その歴史がわかる。どれも同じ人物と画風で退屈だと思っていたが、それは『ファウスト』『神曲』『ドン・キホーテ』はどれも古くさくて同じだと言うぐらい間違っている。

 ギリシャ神話と聖書は、ヨーロッパ文学、そしてヨーロッパ文学から影響を受けた各国文学の土台なので、このふたつを知っているだけで、文学と西洋絵画のおもしろさがずいぶんと変わってくる。

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カラヴァッジョ「聖カタリナ」。
車輪に手足をくくりつけて転がすという
拷問にかけられたが生還。のち斬首。
*1
 聖人や神話の登場人物はどれもひげのおじさんか裸の美女に見えるが、彼らが持つアトリビュート——その人である目印のようなもの——と物語を知っていれば、ずっとおもしろくなる。

 ゼウスは王者の武器である雷を携えているし、サロメは言わずと知れた愛しい男、聖ヨハネの首だ。殉教した聖人はなぜか自分を殺した拷問具を持っているので、グロテスクだが妙に笑いを誘う。矢が全身に刺さって虚ろなハリネズミのようになっていれば聖セバスティアヌスだし、目玉を持っていれば目玉をえぐられた聖ルチア、プリンのごとく切られた乳房を盆に載せていれば聖アガタ、釘打ちされた車輪は聖カタリナである。

 絵画になる聖人やギリシャ神話は、だいたいびっくりするぐらい派手(半分ぐらいは死に方が派手)で、物語として大変におもしろい。個人的には、煮えたぎる油の釜に放り込まれるも死ぬどころか若返り、へびの毒盃を飲んでも死ななかった聖ゼベダイのヨハネ、斬首された後も首を持って説教しつつ途中でぱったり倒れたパリのディオニュシウス、脱皮した自分の皮を堂々と広げる(皮剥ぎの刑で死んだ)バルトロマイあたりがお気に入り。聖人同士でバトルしてほしい。

旧約聖書を知っていますか (新潮文庫)

旧約聖書を知っていますか (新潮文庫)

新約聖書を知っていますか (新潮文庫)

新約聖書を知っていますか (新潮文庫)

ギリシア神話を知っていますか (新潮文庫)

ギリシア神話を知っていますか (新潮文庫)

 まずは物語として楽しむ。阿刀田さんのシリーズはうってつけだ。『イリアス』『オイディプス』『変身物語』などの本編を読むのももちろん楽しいが、最初にざっと目を通しておいて人物関係を知っておいた方がいいかと思う。なにせ、神話と聖書の登場人物はあまりに膨大だ。

 上記2冊は、人気の高い絵画モチーフとそれにまつわる物語、絵画を読み解く際のアトリビュートについて説明している。ほか、下記のブログもおすすめ。

狂乱のヨーロッパ王家

怖い絵  (角川文庫)

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名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366)

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名画で読み解く ブルボン王朝 12の物語 (光文社新書)

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ハプスブルク家 (講談社現代新書)

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ハプスブルク家の女たち (講談社現代新書)

ハプスブルク家の女たち (講談社現代新書)


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最後のスペイン・ハプスブルグ王 カルロス2世。
常によだれをたらして歩き、性的不能だった.
*2

 ヨーロッパ王家でいちばん興味をそそられるのは、スペイン・ハプスブルグ家の「青い血」である。近親婚を繰り返した結果、普通は裾広がりになる家系図がどんどんと先細りし、ついに消失するさまは、狂っているの一言に尽きる。

 スペイン王家の肖像画は、血の病をありありと描いていて、眩暈がする。ハプスブルグのでっぱった顎にくわえ、世代を経るごとに亡霊のようになっていく姿がすさまじい。この暗い情念と血がくすぶるスペイン王家の雰囲気は、スペイン文学や南米文学につうじるものがある。

 もともとスペイン文学や南米文学が好きで、かつガブリエル・ガルシア=マルケス百年の孤独』やウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!』中上健次枯木灘』などの血の因縁ものが好きなためか、王家の狂った物語と歴史のきしみはすばらしく楽しい。

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スペイン・ハプスブルグ家系図*3

魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界〈上〉 (ちくま学芸文庫)

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魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界〈下〉 (ちくま学芸文庫)

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 一方、魔術都市プラハの狂王、ハプスブルグ家のルドルフ2世をはじめとした、ハプスブルグ家の因縁も楽しい。レオ・ペルッツ『夜毎に石の橋の下で』カフカグスタフ・マイリンク『ゴーレム』などは、かつての魔術都市プラハから強烈な影響を受けている。東欧文学や幻想文学好きなら、神聖ローマ帝国やハプスブルグ本家ものを読むと楽しい。


読みたい

新装版 西洋美術解読事典

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イコノロジー研究〈上〉 (ちくま学芸文庫)

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名画を読み解くアトリビュート

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西欧古代神話図像大鑑―全訳『古人たちの神々の姿について』

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 ようやく基本的なことを知りはじめたところなので、もっといろいろ読んでみたい。中世騎士団や秘密結社などのエーコ方面も興味があるし、時間がいくらあっても足りぬ。

『死都ブリュージュ』ジョルジュ・ローデンバック

[幻の町に飲まれ]
Georges Rodenbach "Bruges-la-Morte", 1892.

死都ブリュージュ (岩波文庫)

死都ブリュージュ (岩波文庫)

 ベルギーの画家フェルナン・クノップフによる『見捨てられた町』*1を見たとき、なんて幻想文学の表紙にうってつけの絵だろうと思った。水際は建物にまで侵食し、すでにこの町は空っぽである。時計の針はとまっている。鳥のはばたきひとつ、風のうなりさえ聞こえない。

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 この見捨てられた町にはモデルがある。ベルギーでかつて栄えた海運都市、ブリュージュ。しかし、画家は現地にはいっさい足を向けず、幼少のころの記憶とローデンバック『死都ブリュージュ』から想起するイメージだけをたよりに、存在するが存在しない、幻影の町を描き続けた。

 
 『死都ブリュージュ』は濃霧のような小説だ。人間の言語で書かれ、登場人物もいるが、確固としたイメージがなにひとつ残っていない。霧の向こうにかろうじて人影や建物の影を判別できるように、なんとなく人らしいものがいて、話らしいものが進んでいた、ということはわかる。だが、それらを思い出そうとしても、霧がどんどん深くなっていって、最後には町という巨大な影のことしか思い出せなくなる。
 
 この小説では、死せる都ブリュージュそのものが主人公といってもいい。最愛の妻に死なれた哀れな男ユーグと、妻によく似た若い女ジャーヌという、話の主軸となる男女はいるものの、彼らは幻影の町が吐き出す影のように、生気がない。

 ユーグは妻の死を認められず、ブリュージュの町を亡霊のように彷徨する。教会の鐘、窓ガラスの反射、尖塔、ブリュージュという町全体が男の恋情についてひそひそと語り合い、彼にもの言わぬメッセージを送ってくる。“男が”町を見て彼女と過ごした記憶を思い出すのではなく、“町が”彼に語りかけてくるのだ。

 ついに男は、妻の幻影を町影に見る。それは、妻にうりふたつの女であったが、当然のことながら、男は妻が生きているのだと信じこもうとする。女は女で、彼は自分のことを愛しているのだという幻想を抱く。町が吐き出す幻想ゆえ、彼らが互いに伸ばした腕は触れあわず、むなしく空を切る。

 話の筋やエピソードははっきり言っておもしろくないが、それもやむなし、人間たちは人間の形をした影、遺跡が夢見る細胞だ。亡霊じみた人々を胎内に宿し、死せる都はゆるり、ゆるりと呼吸をくりかえす。その揺れに合わせて登場人物はふらりと動き、物語はかろうじて進行する。幻影の町がゆっくりと呼吸し、眠りについていく様子を呆然と見つめ、何も残らなかったことに再度、呆然とするためにこの物語はある。

 幻のの町は芸術家の心をとらえるらしく、『死都ブリュージュ』は絵画だけではなくオペラにもなり、一世を風靡した。見捨てられた町に見捨てられた人々の物語という、憂鬱きわまる物語をヨーロッパの人々は愛した。第一次世界大戦のころのことだった。

 
recommend

フランスの霧と幻想。