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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ハザール辞典』ミロラド・パヴィチ

東欧文学 ☆☆☆☆

 ハザール族とは、大昔に世界の舞台から姿を消した古い民族である。その諺のひとつに言うーー霊魂にも骸骨がある、それは思い出でできていると。ーーミロラド・パヴィチ『ハザール辞典』

幻の王国、奇想、召喚魔法

セルビアの作家ミロラド・パヴィチは、中世に生きていたらまちがいなく錬金術師か魔術師になろうとしていただろう。彼の作品は「召喚魔法」である。実在した幻の国、架空の物語、悪魔、転生する人間たちの物語という点と点とつなぎあわせ、巨大な「世界」を召喚しようとする。

ハザール事典 女性版 (夢の狩人たちの物語) (創元ライブラリ)

ハザール事典 女性版 (夢の狩人たちの物語) (創元ライブラリ)

 
ハザール事典 男性版 (夢の狩人たちの物語) (創元ライブラリ)

ハザール事典 男性版 (夢の狩人たちの物語) (創元ライブラリ)

 

 『ハザール辞典』は男性版・女性版があるが、違いはわずか10行で、物語にクリティカルな影響を与えるものではない。私は女性版で読んだ。

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『アメリカ大陸のナチ文学』ロベルト・ボラーニョ

南米文学 ☆☆☆

その教訓は明白だ。民主主義の息の根を止めなければならない。なぜナチはあれほど長生きなのか。たとえばヘスだが、自殺しなければ、百歳まで生きただろう。何が彼らをあれほど生きながらえさせるのか。何が彼らを不死に近い存在にしてしまうのか。流された血? 聖書の飛行? 跳躍した意識?

ーーロベルト・ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』

繼承されるナチ

ギリシャアテネに滞在中、厳戒態勢に遭遇したことがある。町の中央にあるシンタグマ広場に向かおうとしたが何度試しても鉄道が駅を通過してしまう。駅員に理由を尋ねても「Go home. Go home」と地球外生命体のように繰り返すばかりなのでTwitterで検索してみたところ、極右政党「黄金の夜明け」の信望者が対立者と衝突を起こし、爆発事件を起こし、広場が路上も地下鉄も完全封鎖されていることを知った。

黄金の夜明け」はネオナチ政党とも呼ばれ、強烈なナショナリズム排他主義を掲げ、経済状態が極めて厳しいギリシャ議席を伸ばしている。

21世紀になっても、ナチ思想は生き延びている。ギリシャでも、アメリカ大陸でも。

アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)

アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)

 
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『ロリータ』ウラジミール・ナボコフ

アメリカ文学 ロシア文学 ☆☆☆☆☆

「だめよ」と彼女はほほえみながら言った。「だめ」
「そうしたら何もかもが変わるんだが」とハンバート・ハンバートが言った。

ーーウラジミール・ナボコフ『ロリータ』

愛は五本足の怪物

はじめて『ロリータ』を読んだのは10年前、海外文学を読みはじめてまもない頃だった。「文庫で値段が手頃&名作と誉れ高い」というわかりやすさから手にとり、あの衝撃的な書き出し「ロリータ、我が命の光、我が腰の炎」の洗礼を受けた。

この書き出しは、われらが変態ハンバート・ハンバートの露悪めいた恍惚、純度の高い狂信を凝縮した名文で、10年たった今もほぼ変わらずに、口蓋を三歩も百歩も叩きながらそらんじることができる。ロ。リー。タ。

ロリータ (新潮文庫)

ロリータ (新潮文庫)

 
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『八月の光』ウィリアム・フォークナー

アメリカ文学 ☆☆☆☆

彼はそれを考えて静かな驚きに打たれた――延びてゆくのだ、数知れぬ明日、よくなじんだ毎日が、延びつづいてゆくのだ、というのも、いままでにあったものとこれから来るはずのものは同じだからだ、次に来る明日とすでにあった明日とはたぶん同じものだろうからだ。やがて時間になった。 ――ウィリアム・フォークナー『八月の光』

邪気眼非モテ地母神

八月なので『八月の光』を読もう、と気軽に思い立ったのがそもそもまちがいだった。血のにおいがただよう精神に正面から生暖かい吐息をふきかけられ、暑気払いどころか脳髄がのぼせかけた。

もっとも、フォークナーでさわやかな気持ちになったことはない。『アブサロム、アブサロム!』はとぐろを巻く自意識の濁流と衝撃の結末に身悶え、『響きと怒り』は初見殺し率85%(推定)の白痴オープニングで頓死しかけ、『八月の光』では主人公のあまりの邪気眼黒歴史の門が開きかけた。

それでもフォークナーを読むのは、彼の描く生きづらさがあまりにも刺してくるからだ。特に男の生きづらさについての描写は、群を抜いてすさまじい。

南部、南部、ヨクナパトーファ、なんという修羅の土地。

八月の光 (新潮文庫)

八月の光 (新潮文庫)

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ガイブン初心者にオススメする海外文学・ハードカバー編

溶けていく左足を回収しながらほうほうのていで巣に帰り、ぐうたらと引きこもって蜜酒を飲んでいたら、今年はまだ夏休みの自由研究をしていないと気がついた。そういうわけで、以前に書いた「ガイブン初心者にオススメする海外文学・文庫編」のハードカバー編である。

なぜわたしは海外文学のハードカバーを読むか

ばかなの? というぐらい当たり前のことを書くが、ハードカバーは文庫に比べて高い。特に翻訳小説は、小数部数、初版どまりですぐ絶版、翻訳権と翻訳料の支払いエトセトラという五十重苦を背負っているため、最低でも2000円、平均で3000円ほどする。

※五十重苦よく訓練されたガイブン勢は、名菓ヒュアキントスまんじゅうのために5000円、古本屋で見つけたら1週間の食費を奉納して確保すべしと言われていたマルセル・シュオッブの復刊全集に1万5000円など、ガイブン租(国書刊行税)・庸(白水税)・調(作品社税)を喜んで支払うが、彼らがいう「安いよ! お得だよ!」は、ガイブン国(北欧諸国に匹敵する)物価水準なので信じてはいけない。


正直なところ、ちょっと興味がある勢はまず文庫からいくのが、お手軽でいいと思う。だが、文庫沼は限られている。ほぼすべての海外文学はハードカバーで刊行され、運がよければ文庫化される。ハードカバー沼のみに存在するすばらしい書物はたくさんある。

なぜわたしが資金と時間をかけて満身創痍になってまで読むのかといえば、これらの本はわれわれの想像力を超えた世界、驚異、深淵を見せてくれるからだ。手を伸ばさなければ知らない驚異の世界がハッピースマイルの顎を開けて待っている。まずは文庫、そしてさらにおもしろいと思ったら、ぜひハードカバー沼にまで足をつけてみてほしい。こっちの沼は甘いよ。


さて、いつもどおり前置きが長くなったが、本編である。ハードカバー編は、文庫編の基準を踏襲して選んだ。

  • すぐに手に入る(絶版でない)※2015年8月現在
  • 2000円-3000円台(ガイブン国基準で安い)
  • 訳がわりと新しい(読みやすい)
  • 長すぎない
  • 本ブログで☆4〜5をつけた、わたしが好きな本

社畜クラスタ必読

アメリカン・マスターピース 古典篇 (柴田元幸翻訳叢書)

アメリカン・マスターピース 古典篇 (柴田元幸翻訳叢書)

アメリカ文学。翻訳妖怪シバニャン先生が訳したアメリカの古典中の古典を集めた1冊。特にメルヴィル「書写人バートルビー」とホーソーンウェイクフィールド」は「外れてしまった人たち」の物語で、記録と記憶に強烈な爪痕を残していく。バートルビー症候群なる重大な病があり、読んだからには会社で「そうしない方が好ましいのですが」と言わずにはおれなくなる。カフカ『変身』とともに、社畜クラスタは必読の書。

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