キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『侍女の物語』マーガレット・アトウッド

わたしたちは二本の脚を持った子宮にすぎない。聖なる器。歩く聖杯。
−−マーガレット・アトウッド『侍女の物語』

女は男の所有物

2017年、Huluがディストピア小説『侍女の物語』をドラマ化して人気を博しているという。トランプ政権になって『1984年』とともに『侍女の物語』が平積み現象が起きてからすぐドラマ化されたことになる。Hulu先生、仕事がはやい。


The Handmaid's Tale 2017 Official Trailer

 「映像化したら迫力があるだろう」と思っていたから、さっそくトレーラーを見てみた。壁に揺れる絞首の縄、義務をひたすら説く監視役の老女、胃がぎりぎりするような不安と閉塞感、なにより侍女たちが着る服の一面の「赤」が、想像以上にえぐさをかもし出している。 彼女たちがまとう赤は女の色、血の色、妊娠の徴の色、怒りの色、警告の色であり、彼女たちの姿を見るごとに心が落ち着かなくなる。

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

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『密林の語り部』バルガス=リョサ

<<私たちと違って、語り部のいない人々の生活は、どんなにみすぼらしいものだろう>>

−−バルガス=リョサ『密林の語り部

物語は救う

炎天下の7月末、室内で1日中ただ座っているべし、連絡を待て、ただ待て、という業務命令を受けたので、リョサリョサ『密林の語り部』を読むことにした。

カバー絵のアンリ・ルソーは私が愛する画家のひとりで、彼はいちども南国やジャングルに足を踏み入れたことがないまま、パリの植物園の写生と雑誌と想像力だけで、どこかにありそうでない密林の世界を描いた。リョサの小説はルソー絵画に似ているかもしれない。彼もまた、むせかえるようなにおいがしない、どこか明るくロマンティックな密林を描くように思える。

密林の語り部 (岩波文庫)

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『パラダイス』トニ・モリスン

彼を怒らせたのは、この街、これらの住民たちの何だろう? 彼らが他の共同体とちがうのは、二つの点だけだ。美しさと孤立。
−−トニ・モリスン『パラダイス』

楽園で育つ殺意

自分がいる共同体に不満を抱く人間、なじめない人間がとりうる選択肢は3つある。

共同体の中で、自分が生きやすいように変化をうながす。共同体を出て、別の共同体に所属する。共同体を出て、新しく自分たちのための共同体を作る。

個人の場合は「共同体を出て別の共同体に所属する」がいちばん楽だが(転職などはまさにそうだ)、ある規模の集団になると、最初か最後の選択肢を選ぶことが多いように思える。

『パラダイス』の登場人物たちは、最後の選択肢を選んだ人たちだ。彼らは黒人で、白人が優位に立つアメリカの町を離れて、自分たちだけの楽園を作ろうとした。

黒人による黒人のための町。皆が幸せで争いがなく、平等で平和なパラダイス。

パラダイスはパラダイスでなければならない。だから異端者は排除しなくてはならない。

パラダイス (ハヤカワepi文庫) (トニ・モリスン・セレクション)

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『大いなる不満』セス・フリード

それがゆえに、諸君のような若き科学者の多くは、ドーソンの研究に人生を捧げるようになっていく。その主題を扱う長く感傷的な博士論文によって大学図書館はどこも溢れかえらんばかりになっており、多くの論文は取り乱したラブレターのように書かれる傾向にある。
−−セス・フリード『微小生物集-若き科学者のための新種生物案内』

人間は不合理な感情の爆発体

21世紀になってからというもの、ますます人類は「われわれは不合理で非合理な生き物である」というアイデンティティを強めているように思える。

行動心理学や未来予測などの研究をすればするほど「人間ってぜんぜん合理的じゃないよね」という結果が出てくるし、アメリカはリーマン・ショックやトランプ政権を経験して、いやがおうにもこの事実と向き合わざるをえなくなっている。

だから、セス・フリードのような若手アメリカ人作家が、ばかばかしいほどの人間の不合理っぷり、それによってもたらされる悲劇を明るく描いているのは、妙な納得を覚える。

大いなる不満 (新潮クレスト・ブックス)

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『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ

「信じられるか、この世界? 愛するしかないよな」
−−リチャード・パワーズ囚人のジレンマ

人類全体の世話人

誰かを信じるには、それなりの時間と勇気を必要とする。それに比べて、不信感を抱くのはもっとずっとお手軽だ。疑いを抱くことも、自分を守るもっともらしい理由を見つけることも、相手を信じないことも、裏切ることも、利用することも、ほんのちょっとの罪悪感を犠牲にするだけで事足りる。

信用を裏切られた人間は、報復のために別の誰かを犠牲にする。自分は傷つけられたから誰かを傷つけてもいいのだ、その権利がある、利口な人間なら裏切るべきだ、と口にしながら。そうして不信感は世界にあっというまに蔓延していく。

不信感まみれになった世界でもなお「他者を信じよう」「この世界を愛そう」とする人間はなんと呼ばれるだろうか? 愚か者、白痴、ネギをしょったカモ、病人、狂人。そして、ホブソン一族の父。

囚人のジレンマ

囚人のジレンマ

 
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