キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ワインズバーグ・オハイオ』シャーウッド・アンダソン

自分以外のものの声が、人生には限界がある、とささやきかけてくる。自分自身と自分の将来について自信に溢れていたのが、あまり自信のない状態に変る。もしそれが想像力ゆたかな青年ならば、一つの扉が無理矢理こじあけられ、生まれてはじめて眼にする世界の姿が見えてくる。 ——シャーウッド・アンダソン『ワインズバーグ・オハイオ

都合のいい真実が欲しい

人間は、見たい自分像を見る。有能な自分、愛され尊敬される自分、社会的名誉を得る自分、異性を惹きつける魅力を持つ自分、凡庸な人たちとは異なる“変わっている自分”を切望する。

だけど現実はだいたいその理想とは違っていて、わたしたちは英雄でも姫君でもないという現実が目の前に立ちはだかる。諦めて現実を受け入れる人たちもいれば、理想のために邁進する人もいるし、目の中に丸太を入れて自分の見たい幻想をこそ「真実」と呼ぶ人たちもいる。シャーウッド・アンダソンは、彼らにとって真実を求める「グロテスクな人たち」の自意識と生態を、架空の田舎町ワインズバーグに書きこんだ。

ワインズバーグ・オハイオ (講談社文芸文庫)

ワインズバーグ・オハイオ (講談社文芸文庫)

続きを読む

『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ

あなたは悪くない。もしかしたらそれは、わたしがずっと誰かに言ってあげたかった、そして誰かに言ってほしかった、たった一つの言葉なのかもしれなかった。 ミランダ・ジュライ「共同パティオ」

孤独の黒歴史

なぜわたしはわたしの人生の主人公なのに、こうもうまくいかないのだろう。運のせいだし、占いの結果が良くなかったからだし、というかすべて社会と元彼が悪い。どうしてだろう、ほかの人はみんな幸せそうなのに。わたしは悪くない。君は悪くない、すべて受けとめる、愛していると言ってほしい。イケメンに優しくしてほしい。結婚したい。ぬこかわいい。

いちばんここに似合う人』を日本ぽく表現してみると、こんな感じになるだろうか。孤独を感じるすべての人の心をえぐりにかかってくる短編集である。天井知らずの理想と自意識と、みすぼらしくひとりぼっちの自分というこの耐えがたい落差を、ジュライは容赦なくあばいてさらけ出す。

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

続きを読む

『彼方なる歌に耳を澄ませよ』アリステア・マクラウド

山々はわれらをわかち、茫漠たる海はわれらを隔てる――それでもなお血は強し、心はハイランド。 ――アリステア・マクラウド『彼方なる歌に耳を澄ませよ』

血は水よりも濃い

スコットランド人に会ったら、まず言われること。イングランドスコットランドを絶対に言いまちがえてはいけない。料理がまずいのはイングランドであって、スコットランドを一緒にしないでほしい。ハギスとウィスキーとバグパイプは最高だ。そして、イングランドスコットランドを絶対に言いまちがえてはいけない。

日本人にとって「英国」という国はロンドンやイングランドのイメージとつながりがちだが、ブリテン島の北半分はスコットランドが占めている。スコットランドは英国連邦内にとどまりながらほぼ独立国家であり*1、そのアイデンティティと誇り高さは上記の言葉にも現れている。

海を数千キロも隔てたカナダのケープ・ブレトン島に住むアリステア・マクラウドの祖先は、こういう土地から来た人々だった。6代たってもなお、彼らはゲール語で話し、ゲール語の歌を歌い、バグパイプのCDを鳴らし、フィドルを弾きウィスキーをかっくらいながら踊る。それでもなお血は強し、心はハイランド。これは、血と塩と氷でできた一族の物語である。

彼方なる歌に耳を澄ませよ (新潮クレスト・ブックス)

彼方なる歌に耳を澄ませよ (新潮クレスト・ブックス)

*1:2014年は独立投票で世界中の注目を集めた。

続きを読む

50人が選んだ、2500円以下のオススメ海外文学。「はじめての海外文学」フェア

f:id:owl_man:20150118175605j:plain
「はじめての海外文学」フェアが、全国14書店で1月26日頃(給料日直後の月曜日、覚えやすいですね)からじわじわ始まるようですよ。

どんなフェア?

「海外文学にほんのり興味はあるけど、正直どれから始めてみたらいいのか分からない」という人のために、海外文学ファン(翻訳者、書店員、出版社の中の人、編集者など)50人がそれぞれ「初めて海外文学を読むならぴったりだと思う1冊」を選び、わっふるわっふるなコメントをつけてオススメするフェア。

正式名称は「50人に聞きました!老いも若きもまずはこの1冊から はじめての海外文学」フェア。ハッシュタグ#はじめての海外文学フェア
発起人は丸善 津田沼店の書店員、酒井七海さん(@onakaitaichan)。フェアが始まった経緯はこちら。

どんな本があるの?

  • 50人の選書人が選んだ1冊=合計50冊(わたしも1冊、選んでいます)
  • 値段は最高2500円。企画者による、お財布に優しい設計。
  • ハードカバーと文庫、両方を取り揃え。
  • 50冊すべてに、選書人によるコメントつき。
  • フェア開催書店で、限定の小冊子を配布。


 

開催書店リスト

東京都、神奈川県、千葉県、福島県、愛知県、大阪府、福岡県の14書店で開催。一部の書店ではすでに始まっている。まだ確定していない店舗もあるらしい(まだ増える可能性あり)。

続きを読む

「世界文学ベスト100冊」は、どの1冊から読み始めればいいか

2014年の秋ごろから、海外文学まわりでおもしろい動きがあった。「海外文学が読まれなくなって翻訳されにくくなっている」というTwitterのつぶやきを発端として、「はじめての海外文学フェア」がうまれたり、クラウドファンディング日本翻訳大賞がうまれたり。
なにより驚いたのが、これらの記事やまとめがどれも100以上ものブックマークがつき、Twitterで1000回以上も言及されたことだ。Twitter上でこれほど「海外文学」という文字が毎日毎分、流れていた年ははじめてなのではないだろうか。

ガイブン原野を歩こうとして、ベスト荒野でエペペする

だが、海外文学原野はとにかく地図が見づらい。「面白い」「古典」「話題になっている」という定性的な物差しはたくさんあるけれど、それだけで歩くにはあまりにタイトルの数が多すぎる。
さらに「面白い」の基準は人それぞれなので、リストは無数にある。ほんのり海外文学に興味はあるけれど、どの羅針盤を使えばいいのかわからない人が「とりあえず海外文学ベストならまちがいないのでは」とベスト荒野に向かい、アチャス&エペペする姿を何度も目撃してきた。

ノルウェー・ブック・クラブ「世界最高の文学100册」を分類してみた

というわけで、ノルウェー・ブック・クラブが2002年に公表した”Top 100 Books of All Time”「世界最高の文学100冊」を「値段」「ページ数(読了までの長さ)」「入手可能さ」という定量的な指標で分類してみた。本リストを選んだのは、おそらく日本で最もブックマークがついている海外文学ベスト100のリストだからだ。わたしの好みど真ん中のものもあれば、外れているものもある(わたしの個人ベストはこちら)。

ノルウェー・ブック・クラブ「世界最高の小説100冊」:世界54カ国の著名な作家100人の投票によって選ばれた。

お金がないけれど時間がある学生は「値段」を見ればいいし、ふだん本をあまり読まないのでいきなり長いものはつらいという人は「かかる時間」を基準にして選べばいい。宵越しの金は持たないからとにかく面白いものを、という快楽主義者は私の独断による一言を眺めつつ題名の格好よさで選んでみてもいいだろう。
ようは、その時の気分にあった本を鼻歌でも歌いながら選べばいい。必要なのは、多様な指標とそれに沿った分類、選択肢を増やすことだ。

表記の基準

  • 出身国:言語 |値段 | ページ数 | 入手可能さ | 翻訳の年代|

 書籍データはAmazon.co.jpのカタログに準拠。複数社から翻訳が出ているものについては、総合評価が最も高いものを選んでいるが、あまりにも批判が多く問題があると思われるものについては除外して次点を採用している(理由については各コメント参照)。

続きを読む