キリキリソテーにうってつけの日

海外文学中心の読書録。水を飲むように本を読む。

『デカメロン』ジョヴァンニ・ボッカッチョ

[ラテンの現実逃避]
Giovanni Boccaccio, Decameron, 1349-51.

デカメロン(上) (講談社文芸文庫)

デカメロン(上) (講談社文芸文庫)

デカメロン(下) (講談社文芸文庫)

デカメロン(下) (講談社文芸文庫)

この世の中では、誰でもとれるだけとっておくのがよろしい、ことに女の場合はそうですよ。女は使えるあいだに、男よりも時間を有効に使わねばなりません。

私は恋愛の経験なしには、いかなる人間も特や情をもつことができないと思う。

 世界の終末に生き延びたとしたら、なにを語るだろうか? カート・ヴォネガット『猫のゆりかご』、コーマック・マッカーシーザ・ロード』、アンナ・カヴァン『氷』のような終末の世界、凍りついた地平線、人類のほとんどが死滅した町、かつて高層ビルだった瓦礫の山、灰色の雨が降りそそぐ空、死が隣り合わせで先のことなどなにもわからない日々で、数少ない隣人たちと、なにを語り合うだろうか。14世紀のイタリア人たちは、とびきりゆかいな恋愛物語を話し続けた。

 『デカメロン』は、壮大なラテン的現実逃避の百物語である。当時、3人に1人がペストで死んだ。死は、じゃんけんで負けることとたいして変わらなかった。いたるところに腐乱した死体が転がり、墓を掘るひまもなく死は広がり続け、しかも終わりも解決方法も見えなかった。ペストの災禍から逃れて屋敷にたてこもったイタリア人の男3人、女7人の10人が、10日間にわたって各人1日ひとつずつ——合計100つ、ゆかいで下世話な恋愛話、教訓もない悪徳の話をしていく。皆くだらない話に笑い楽しむが、彼らの脳髄には地獄の腐臭が焼きついている。

 
 『デカメロン』の逸話は、中世ヨーロッパの閉鎖的な印象は確かに残るのだが、どうも皆、妙に振り切れている。「やきもちをやく男の束縛が悪いのだから、わたしは浮気してもいいのだ」と開きなおる女性、青春には不倫も自由恋愛もなんのそので楽しむべきだと若者に忠告する老婆、不倫は権利ですと裁判で論証して法律を改定させてしまった不貞の妻、愛のために略奪をする男たち、愚かな人間を騙してもうける悪漢ども、欲望とアッモーレに全力でうつつを抜かすさまが、いっそすがすがしい。

 一方で、命の次に大事にしているものを愛のために犠牲にする人々や、憎しみのために愛するものを殺してしまう人々などの話もある。どちらにせよ、『デカメロン』の物語はどこまでも人間くさい。キリスト教の倫理観、教会への敬意や地獄への恐れはあまり感じられない。それはすでに、彼らの生きている世界が地獄だからだろうか。

 
 もっとも有名で、かつもっとも『デカメロン』らしい物語は、「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」だろう。同じフィレンツェ出身の画家、ボッティチェリが4部作の絵画として残している。じつに不思議な絵画である。1枚目では、林の中で、裸の女が犬と剣を持った騎士に追い回されている。2枚目では、女は殺されて背中から内蔵を取り出され、犬に食われている。しかし、その向こうでは1枚目と同じ光景が繰り返されている。3枚目では、麗しい宴のうちに、やはり裸の女と狂気の犬と剣士が乱入してくる。そして4枚目は唐突に、大団円の結婚式。

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http://it.wikipedia.org/wiki/Nastagio_degli_Onesti

 じつに血なまぐさく不可解だが、これは愛の物語である。ナスタジオ・デリ・オネスティは振られ男であった。女に冷たくあしらわれ林の中を傷心で歩いていると、裸の女を追い回す犬と狂気の騎士に会う。しかし、彼らは永遠に殺戮の現場をくりかえす亡霊だ。かつて男を残酷に振った女と、失恋して自殺した男への罰として、男は永遠に愛して憎い女を殺し続け、女は男の剣に倒れて内蔵を犬に食われ続ける。ナスタジオはこのループする幻影たちを思い人に見せる。すると女性は、「男性を残酷に振るとこうなる」と知り、ナスタジオの愛を受け入れる。めでたしめでたし。この絵は、新婚夫婦への祝いとしてつくられた。

 これが中世ヨーロッパの美談である。すさまじい。振られて自殺する騎士も、残酷に振った罰として内蔵を食われる女も、殺戮現場の亡霊たちを思い人に見せるナスタジオも、それを見せられて改心する女性も、それを新婚夫婦に送る富豪一家も、すべてがいかれている。

 『デカメロン』の物語においては、血なまぐささと暴力、愛は切っても切れないようで、恋人の頭部を鉢に入れて泣き濡れる女、娘の恋人の心臓を黄金の杯にいれて娘に送る父親など、人間の心が心臓めいてぬらぬらと光っている。北欧神話『ニーベルンゲンの歌』『オイディプス王』などのギリシャ悲劇やギリシャ神話を読んだときと同じだ。おまえたちの内蔵はこんな色をしているのだぞと、人間の原始的な暴力性と欲の深さをむき出しのまま見せつけられることへ、驚いてしまう。

 『デカメロン』の逸話は玉石混交だが、ときおり特大にいびつな形をしたものがあるからおもしろい。玉か石かは、読んだあとでもわからない。設定から登場人物の脳みそまですべてが噴飯もののくだらなさである「好色な修道士が天使になりすまして悪事をはたらく話」、中世版「聖夜のおくりもの」の「恋に全財産を費やした男が残った最愛の鷹で相手を接待する話」、血玉石のほら話「単純で奇行に飛んだ画家と剽軽な仲間の話」、どこまでも下ネタで押しとおす「細君を雌馬にする魔法が台なしになる話」、スケールの大きさにあぜんとする「羨望のあまり殺意を抱いた相手の鷹揚さに恥じる話」が気にいった。


 デカメロンは、10日すべてのテーマが異なっている。冒頭にタイトルと簡単なあらすじがあるので、気にいったものから読めるのが鷹揚でいい。

1日目:自由テーマ
2日目:さまざまなことに苦められた人がはからずも幸せな結果になったことについて
3日目:望んでいたものを手にいれたり、失ったものを取り返した人々について
4日目:恋が不幸に終わった人々について
5日目:不幸な事件のあとで恋人たちにめぐってきた幸運な事柄について
6日目:他人にいどまれて、見事な返答で危険や嘲弄を逃れた人々について
7日目:婦人たちが恋のために夫を騙したことについて
8日目:騙しあいについて
9日目:自由テーマ
10日目:愛やその他のことで寛大、あるいは鷹揚にふるまった人々について

 寝苦しい夜には、血と汗と涙でできた人間の物語でなぐさめあおう。

われわれがそれを聞いて喜んで大笑いをするのは、善行の話よりもむしろ悪行の話(特にそれがわれわれが犯したのではない場合の)でありますが、そうすることは確かに偶然の悪徳というべきでしょう。しかし、その悪徳が人間の悪い風習のために生じたのか、または人間が生まれつき持っている悪い風習なのか、私にはわかりません。

recommend

『デカメロン』いろいろ

デカメロン

デカメロン

2012年の最新訳。表紙も美しいが値段も美しい。

ちくま文庫Kindle版。ちくま文庫は最近、絶版ものがどんどんKindle化しているのでうれしい限り。
デカメロン物語 (現代教養文庫ライブラリー)

デカメロン物語 (現代教養文庫ライブラリー)

抄訳。『デカメロン』の有名な逸話を、イタリアの都市ごとに紹介している。フィレンツェっ子だったボッカチョが自分の都市をひいきにして他はけなし気味である、などの注があっておもしろい。

『カンタベリー物語』ジェフリー・チョーサー

[中世英国版バラエティ番組]
Geoffrey Chaucer "The Canterbury Tales" ,1400?

カンタベリー物語 (角川文庫 赤 347-1)

カンタベリー物語 (角川文庫 赤 347-1)

 「この盗っ人やろう、わたしを殺しやがったな。わたしの地所をとろうと思ったんだろう。でも死ぬ前に、おまえと接吻したいものだ」

 いつの時代どの土地であっても、ゆかいな物語は人々の心を引き寄せるもの、そして見知らぬ人どうしの心をかよわせる潤滑油となる。

 時は中世イングランドカンタベリー大聖堂へお参りする30人の巡礼者たちが、旅の退屈をまぎらわせるためにそれぞれ自分が知る中でもっともゆかいな話を披露する。おもしろい話をした人にはごちそうを、つまらない話をした人は全員の旅費を負担するーー中世イングランド版バラエティ番組とでもいったところだ。

 1400年のイングランドといえば暗黒中世まっさいちゅう、ヘンリー8世によるイングランド国教会成立まであと1世紀半、シェイクスピアがロンドンを席巻するまであと2世紀という時代であった。そんな中、この妙にほのぼのとした集団のすべらない話はうまれた。この物語が人気を博し、多くの写本ができたという話もうなずける。

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 この物語のおもしろさは、「中世英国の縮図」と呼ばれるその構成にある。30人の巡礼者たちの階級がひとつ残らず違うからだ。聖職者、托鉢僧、騎士、粉屋、貿易商人、地方の名士、学士など、裕福な上流階級から貧困な階級まで、30階級がよりどりみどり。そんな混沌としたるつぼ集団であるものだから、もちろん持ち寄る話の種類も雑多である。ある者は下ネタ話、ある者は正統派の騎士道物語、ある者は特定の職業を揶揄した失敗談、ある者は夫婦げんかと浮気の話ーー。

 よくも悪くも、たいへんにおおらかだ。あなたたちは巡礼者ではないのか、と問いたくなるほど、皆が下品な話にきゃっきゃして喜んでいる。しつこく言いよる男に尻の穴にキスをさせるとか、寄進された屁を13等分するとか、浮気をするためにノアの洪水を予言するとか、すがすがしいほどにくだらない。

 中でもふるっているのがバースの女房で、彼女は5度も結婚し、しかもすべての夫を完膚なきまでに尻にしく豪腕女房だ。彼女の演説は強烈で、すべての未婚男性を「絶対に結婚したくない」と震えあがらせた。

 そういうわけで、わたしが自慢していいと思えるものがひとつあります。悪知恵か、力づくか、こごとを言うとか不平をならすとか、そんなものを武器にして、とどのつまり夫をまかしてしまうことですわ。とくにベッドのなかでは夫を叱りとばし、少しもおもしろいことはさせてやりませんでしたわ。夫がつぐないをするまでは、夫が腹に手をいれてきたら、すぐさまベッドから出たものです。わたしは夫になすべき義務をさせました。まず物を手にいれようとおもったら、それだけのことをしなくてはなりませんよ。

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 『カンタベリー物語』Ellesmere 写本に
 登場するチョーサー本人*2

 こうした雑多な人々をまとめるプロデューサーが「宿屋の主人」である。この好奇心に満ちた宿屋の主人は、この混沌とした集団が宿へ来たことをおもしろがり、「旅の途中で皆がふたつずつゆかいな話をして、誰の話が最高の出来か競い合おう」と提案し、みずからも巡礼の旅へ便乗するとまで言い出す。そして司会者として、あるいは旅人同士のけんかの仲裁人として、めざましい働きを見せる。


 人類にとっての永遠のテーマ、男女仲の話については登場人物たちが大激論を交わす。男性陣は、若くかわいい従順な妻、もちろん浮気などは絶対にしない女を夢見て、女性陣は金と力を持ち、妻を女王のように扱う男を求める。ああ、この互いの希望の落差! 21世紀でも、わたしたちはまだ同じ話を繰り返している。

 これを見ても妻は夫の助けとなり、夫の慰めとなるものです。言いかえれば、男はのためにこの世を極楽にさせて、男を面白く暮らさせるものです。妻たるものは夫に従い貞操を守るべきもの。また夫婦は仲よく暮らすのが人間の道だ。……夫の気に入ることはなんでも妻がよろこんで満足します.夫が「いい」と言えば妻はけっして「いや」とは言わない。反対に夫が「しろ」と言えば妻は「はい、すぐにします」と言います。結婚というものは尊くて善いものだ。

 女というものには生まれながら六つの欲望があります。夫が強いこと、その二は賢いこと、その三は富めること、その四は気前のいいこと、その五は妻にやさしいこと、その六はベッドでは若々しいことです。

 ほかにも、「肌の美しさといったら、ロンドン塔で鋳造されたばかりの金貨よりも美しい」(ロンドン塔は昔、造幣局として使われていた)とか、「彼女の口は甘く、さながら蜜とビールで作った飲み物か、乾草やヒースの中に貯蔵してあったリンゴのよう」といった、イングランド節が楽しい。「豚の目のようにかわいい」は、イングランド人にとっては褒め言葉であるらしい。絶妙なセンスである。


 あっと驚くような超然的なエピソードやオチはない。彼らはどこまでも平凡だ、わたしたちと同じように。恋をした相手から褒めそやされたい、世間に認められたい、楽をしたい。そのためには嘘をつくし、だましもする。清濁併せ呑む登場人物たちにたいするチョーサーの目線は、皮肉めいてはいるがけっして冷淡ではなく、むしろ「しょうがないね」という嘆息まじりのおおらかさがある。じつにイギリス的であり、こうした風土がシェイクスピア喜劇をうんだのだと思うと感慨深い(シェイクスピアは『カンタベリー物語』のエピソードを劇作に使っている)。今も昔も変わらず、人間はくだらなくて馬鹿だなあ。

 

recommend

  • ボッカチオ『デカメロン』……14世紀イタリアでうまれた、『カンタベリー物語』の原型。ペストから逃れるために邸宅に引きこもった男女が話をする。
  • アーサー王物語』……騎士ガウェインの結婚は、本書にある「絶対に結婚したくない女」の話と同じエピソード。

 

カンタベリー大聖堂

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 7世紀に建設された、イングランドで最も人気である巡礼地。現在はイギリス国教会の総本山だが、イギリス国教会が成立する16世紀前はカトリックの教会で、重病が治るなどの奇跡で有名だった。堂々たるゴシック建築は、世界遺産として登録されている。グレート・ブリテン島の右下にあり、ロンドンからは1時間半ほどで行ける。

 

岩波文庫版『カンタベリー物語』

 角川文庫版は抄訳。全訳は岩波文庫版で手に入るが、長い。しかし、全訳でも未完である。30人が行きと帰りに2つずつ物語を語るーーつまりは120の物語をチョーサーは考えていたが、ついに果たせぬままに鬼籍に入った。

完訳 カンタベリー物語〈上〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈上〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈中〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈中〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈下〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈下〉 (岩波文庫)

ガイブン読みに勧めたい西洋絵画

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 アントニオ・タブッキ『レクイエム』に、登場人物がリスボンの美術館でヒエロニムス・ボッシュ『聖アントニヌスの誘惑』を眺めるシーンがある。はじめて本書を読んだとき、ボッシュも『聖アントニヌスの誘惑』も知らなかったわたしは、これほどまでに登場人物を惹きつけてやまぬ美術とはいかほどのものなのか、想像することも難しかった。

 そしてとうとう、本物を見てきた。本物はわたしが想像していたよりずっと小さかったが、取り憑かれたようにみいってしまう平面の魔物だった。なんという脳髄の快楽。そしてわたしは思ったのだった、ヨーロッパの文学を読むなら、それを育んできた大伽藍である西洋絵画のことを知れば、もっと楽しめるのではないかと。

 その予感は当たっていて、新しい小説を読んでいるときのように楽しい(わたしにとってこれは最高の褒め言葉である)。この1か月に読んだ本のうち、おもしろかった本を紹介する。

 

奇想に満ちた聖書とギリシャ神話

 「19世紀以前の絵画は見るものではなく、読むものである」との言葉どおり、かつて西洋絵画は宗教や神話のシーンを描くものだった。ルーブル美術館プラド美術館など、元王家が保有する名作の8割近くが宗教画であることからも、その歴史がわかる。どれも同じ人物と画風で退屈だと思っていたが、それは『ファウスト』『神曲』『ドン・キホーテ』はどれも古くさくて同じだと言うぐらい間違っている。

 ギリシャ神話と聖書は、ヨーロッパ文学、そしてヨーロッパ文学から影響を受けた各国文学の土台なので、このふたつを知っているだけで、文学と西洋絵画のおもしろさがずいぶんと変わってくる。

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カラヴァッジョ「聖カタリナ」。
車輪に手足をくくりつけて転がすという
拷問にかけられたが生還。のち斬首。
*1
 聖人や神話の登場人物はどれもひげのおじさんか裸の美女に見えるが、彼らが持つアトリビュート——その人である目印のようなもの——と物語を知っていれば、ずっとおもしろくなる。

 ゼウスは王者の武器である雷を携えているし、サロメは言わずと知れた愛しい男、聖ヨハネの首だ。殉教した聖人はなぜか自分を殺した拷問具を持っているので、グロテスクだが妙に笑いを誘う。矢が全身に刺さって虚ろなハリネズミのようになっていれば聖セバスティアヌスだし、目玉を持っていれば目玉をえぐられた聖ルチア、プリンのごとく切られた乳房を盆に載せていれば聖アガタ、釘打ちされた車輪は聖カタリナである。

 絵画になる聖人やギリシャ神話は、だいたいびっくりするぐらい派手(半分ぐらいは死に方が派手)で、物語として大変におもしろい。個人的には、煮えたぎる油の釜に放り込まれるも死ぬどころか若返り、へびの毒盃を飲んでも死ななかった聖ゼベダイのヨハネ、斬首された後も首を持って説教しつつ途中でぱったり倒れたパリのディオニュシウス、脱皮した自分の皮を堂々と広げる(皮剥ぎの刑で死んだ)バルトロマイあたりがお気に入り。聖人同士でバトルしてほしい。

旧約聖書を知っていますか (新潮文庫)

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ギリシア神話を知っていますか (新潮文庫)

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 まずは物語として楽しむ。阿刀田さんのシリーズはうってつけだ。『イリアス』『オイディプス』『変身物語』などの本編を読むのももちろん楽しいが、最初にざっと目を通しておいて人物関係を知っておいた方がいいかと思う。なにせ、神話と聖書の登場人物はあまりに膨大だ。

 上記2冊は、人気の高い絵画モチーフとそれにまつわる物語、絵画を読み解く際のアトリビュートについて説明している。ほか、下記のブログもおすすめ。

狂乱のヨーロッパ王家

怖い絵  (角川文庫)

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名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366)

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名画で読み解く ブルボン王朝 12の物語 (光文社新書)

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ハプスブルク家 (講談社現代新書)

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ハプスブルク家の女たち (講談社現代新書)

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最後のスペイン・ハプスブルグ王 カルロス2世。
常によだれをたらして歩き、性的不能だった.
*2

 ヨーロッパ王家でいちばん興味をそそられるのは、スペイン・ハプスブルグ家の「青い血」である。近親婚を繰り返した結果、普通は裾広がりになる家系図がどんどんと先細りし、ついに消失するさまは、狂っているの一言に尽きる。

 スペイン王家の肖像画は、血の病をありありと描いていて、眩暈がする。ハプスブルグのでっぱった顎にくわえ、世代を経るごとに亡霊のようになっていく姿がすさまじい。この暗い情念と血がくすぶるスペイン王家の雰囲気は、スペイン文学や南米文学につうじるものがある。

 もともとスペイン文学や南米文学が好きで、かつガブリエル・ガルシア=マルケス百年の孤独』やウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!』中上健次枯木灘』などの血の因縁ものが好きなためか、王家の狂った物語と歴史のきしみはすばらしく楽しい。

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スペイン・ハプスブルグ家系図*3

魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界〈上〉 (ちくま学芸文庫)

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魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界〈下〉 (ちくま学芸文庫)

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 一方、魔術都市プラハの狂王、ハプスブルグ家のルドルフ2世をはじめとした、ハプスブルグ家の因縁も楽しい。レオ・ペルッツ『夜毎に石の橋の下で』カフカグスタフ・マイリンク『ゴーレム』などは、かつての魔術都市プラハから強烈な影響を受けている。東欧文学や幻想文学好きなら、神聖ローマ帝国やハプスブルグ本家ものを読むと楽しい。


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 ようやく基本的なことを知りはじめたところなので、もっといろいろ読んでみたい。中世騎士団や秘密結社などのエーコ方面も興味があるし、時間がいくらあっても足りぬ。