キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

海外文学アワード2010

 なんだかんだで今年もやることにした海外文学アワード。今年は、7年ぶりぐらいに一度も海外に行かない年だった。代わりに、国内をやたらぐるぐる回っていた気がする。あとは、いろいろな人に会えたことが収穫だった。仕事柄いろいろな人に会うことが多いが、今年は人生で初めてたくさんの本読みたちと会えた。こういうゆかいな出会いは、来年もぜひ続けていきたい。
 さて、今年読んだ海外文学の中からおもしろかったものをチョイス。例年に従って、1国1冊というルールで。


■海外文学アワード2010

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)


セルバンテスドン・キホーテ』(スペイン)前篇後篇 [夢破れて]
 2009年、半年ほどかけてゆるゆると読み、2010年の最初に感想を書いた。偶然にも、「Penny Lane」のninaさんと一緒のタイミングだったので、たいそう驚いた記憶がある。『ドン・キホーテ』、前篇だけではこれほど有名にはならなかっただろうと思う。6冊という見た目の多さにびびることなかれ。「世界で最も愉快で、憂鬱な書物」という名に恥じないおもしろさ。
ブラッド・メリディアン

ブラッド・メリディアン


コーマック・マッカーシー『ブラッド・メリディアン』(アメリカ) [戦争がなければ人は土くれ]
 血と暴力という表象を徹底的に先鋭化させて、研ぎ澄まして研ぎ澄まして破裂させたような、いろいろな意味で化け物な小説。判事のキャラクターが強烈すぎる。人の命は、こうも軽いものなのか!

消去 上

消去 上


トーマス・ベルンハルト『消去』(オーストリア) [消してしまいたい、こんな思いは]
 ひどく個人的な理由から、おそらく一生忘れないであろう1冊。改行もなくただひたすら、祖国や家族、生まれ故郷を罵倒しまくるのに、不思議と不快さはなく、むしろ取り残されたような悲しみがじわりと残る稀有な物語。聞きたまえ、ガンベッティ君。聞きたまえ。

不穏の書、断章

不穏の書、断章


フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』(ポルトガル) [自己という迷宮]
 「もうずいぶん前から、私は私ではない」と語る“異名”詩人の言葉の断片。ペソアほど、己に正直で生きにくかった人はなかなかいないだろうと思う。嘘をつかずに世界を生きることがどれほどつらいことか。そんなことを考えながらページを繰る手はとまらなかった。

レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)


アントニオ・タブッキ『レクイエム』(イタリア) [これもまた追憶]
 『レクイエム』ほど、ごく自然に死者に会いに行く物語を他に知らない。私がこの物語を愛するのは、会いに行く理由が「さようなら」を言うためだけだから、そしておいしそうにごはんを食べるから。
魔術師のたいこ

魔術師のたいこ


レーナ・ラウラヤイネン『魔術師のたいこ』(ノルウェー) [世界に歌あふれ]
 ノルウェーからフィンランドにかけて広がる極寒の土地に住まうサーメ人が語り継いだ物語。雪に閉ざされた土地だからモノクロームなのかと思いきやまったくそんなことはなくて、オーロラのような極彩色の世界に息を飲む。

島暮らしの記録

島暮らしの記録


トーベ・ヤンソン『島暮らしの記録』(フィンランド) [静寂の日々]
 『魔術師のたいこ』とは打って変わって、静かでモノクロームな日常をつづった記録。沈黙を共有できる相手と静かに暮らす。なんてうらやましいことだろう。この静けさを私は愛する。

黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)


『黒檀』リシャルト・カプシチンスキ(アフリカ大陸/ポーランド) [アフリカ、無限の多様性]
 ポーランドという、ヨーロッパでありながらヨーロッパの周縁であった土地は、稀有なジャーナリストを育んだ。カプさんの、しっかりした観察眼を持ちながらどこか魂が「混ざっている」感じが好きだ。われわれは、こんなにもアフリカを知らない。

夜のみだらな鳥 (ラテンアメリカの文学 (11))

夜のみだらな鳥 (ラテンアメリカの文学 (11))


ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(チリ) [ここは冥府か]
 今年の春に筒井康隆が書評を書いて、ふと思い出して積読からひっぱってきた1冊。ぐるぐるしてどろどろして、たいへん気持ちの悪い物語なのだが、読み終わってみるとただ「好きだ」という気持ちが残るからわけがわからない。

ヤノマミ

ヤノマミ


・国分拓『ヤノマミ』(ブラジル/日本) [森と闇と精霊]
 南米の奥地に住む、ヤノマミ族のノンフィクション。NHKのドキュメンタリー番組を見た時、子を生むシーンの強烈さに目が離せなかった。ヤノマミの女は、生まれた子供の半分ほどは、シロアリの巣の中に入れて燃やして、精霊として世界に還す。著者がしばらく気が狂ったというほどの壮絶な世界観は忘れられない。アハフー、アハフーとヤノマミの笑い声が木霊。
ビールと古本のプラハ (白水Uブックス―エッセイの小径)

ビールと古本のプラハ (白水Uブックス―エッセイの小径)


千野栄一『ビールと古本のプラハ』(チェコ/日本) [飲めや読めや]
 共産党時代のチェコに精通する著者が、古本とビールについてとうとうと語るエッセイ。ばったりボフミル・フラバルやミラン・クンデラに会ったりするからすごい。


 こうやって眺めてみると、セルバンテス、ベルンハルト、ペソアあたりの憂鬱な人たち、ラウラヤイネンやヤンソンあたりの北欧もの、ドノソにカプシチンスキの乱ちき騒ぎ系が多い(いつものことだって? 確かに)。年末は東欧&イギリス・アイルランド祭りを始めたので、来年にも続けていくつもり。


■2010年、海外文学で印象に残ったこと

 ざっくりと、今年印象に残った海外文学な出来事を思い出してみる。他にもいっぱいあったんだろうけれど、ココアを飲みながら適当に思いだしているだけなので許してほしいと懺悔。


「ピンチョン全小説」が刊行開始


 これは驚いた。何が驚いたって、全集が出ることもそうだけど何よりその注目度に。新潮社の公式ページは、はてブが100以上ついている。柴田さん×古川さんのトークショーにもいっぱい人が来ていたし。「えっ皆そんな読むの?」と思ったものだ。ちなみに私は積読中である。いえい。


ピクウィック・クラブ主催の「ワールド文学カップ」が面白かった
 4月から5月中旬にかけて、新宿の紀伊国屋書店で海外文学読みが小躍りするフェア「ワールド文学カップ」があった。正直、私は本家本元のワールドカップより楽しみにしていたぐらい。もともとピクウィック・クラブは海外文学や日本文学のすてきフェアをやっている人々だったが、今回のワールド文学カップの規模はとにかくすごかったと記憶している(というか、私が楽しみまくった!)。「ダメすぎる海外文学チーム」を久しぶりに読み返してみたけれど、やっぱりすごくダメだった。今なら『サラゴサ手稿』も入れたいな。とりあえず、毎日寝たら絞首刑の男が添い寝してくれるチーム。嫌すぎる。


・バルガス・リョサノーベル文学賞。復刊祭り開始

緑の家(上) (岩波文庫)

緑の家(上) (岩波文庫)


世界終末戦争

世界終末戦争


 ペルーに行った時、空港の本屋にはリョサの本が何十冊も平積みされていて、愛されているなあと思った。リョサノーベル文学賞を取る前に『緑の家』を復刊させた岩波書店はすごかった。どの古本屋に行っても高かった『世界終末戦争』が12月に復刊して、おまけに新訳も出て、しばらくはリョサを楽しめるのでうれしい。


・エクス・リブリスの装丁に何度もしてやられた

昼の家、夜の家 (エクス・リブリス)

昼の家、夜の家 (エクス・リブリス)


火山の下 (EXLIBRIS CLASSICS) (エクス・リブリス・クラシックス)

火山の下 (EXLIBRIS CLASSICS) (エクス・リブリス・クラシックス)


 まあ、これは私だけかもしれないけれど。新刊買っても読む時間ないからしばらく買うまいと思っているのに、いつもその誓いを破らせる罪なシリーズ。というか、全体的に装丁がかっこうよいものが増えている気がするのは気のせいだろうか? あと、今年はあちこちでたくさん「きのこ本」が出た。


 さて、そろそろ長いので、今年読んだ本の中で気に入った言葉をもって閉めたいと思う。それではよいお年を。

 彼らは愛を抱きつつ、離れてゆき、お互いから立ち去った。未来は、今2人が思っているほど暗いものではないと気づかずに。
 ――ウィリアム・トレヴァー『密会』

 魂には、どんな薬もいかさまだよ、タデウシュが言った。魂は腹を満たして癒すものだ。
 ――アントニオ・タブッキ『レクイエム』

 谺をおろそかにしてはならない。なぜならおまえは谺に生きるからだ。
 ――エドモン・ジャベス『問いの書』

 この世はすべて、たがいに反発しあう策略とからくりのせめぎ合い。
 ――セルバンテスドン・キホーテ