ボヘミアの海岸線

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『パルムの僧院』スタンダール

[愛を中心に、踊れ世界]
Stendhal La Chartreuse de Parme,1839.

パルムの僧院(上) (新潮文庫)

パルムの僧院(上) (新潮文庫)

パルムの僧院(下) (新潮文庫)

パルムの僧院(下) (新潮文庫)

「こんなことを笑いながら話すのはまちがっている」


 イタリアに恋する作家が、イタリアで恋する人々の群像劇を書いた。「愛」を中心に、小さな世界で人間がぐるぐる踊る物語。

 スタンダールはイタリアが本当に好きなんだなあと思った。とにかく、人物全員がそれぞれ自分の思うままに生きていて、きらきらしている。「え、そんなんでいいの?」と思う場面が多々見受けられるが、そんな些細なつっこみを無効化できそうな、物言わぬ迫力がある。読んでいて、『源氏物語』を思い出した。主人公(貴族)をめぐる恋愛が、政治のトリガーになるところが似ている(というか、貴族政治のころは「愛憎」が政治の原動力となっていたのかもしれないが)。


 主人公の貴族青年ファブリスは、ナポレオンを崇拝して戦争に参加するが何ひとつできなくて帰国するという、典型的な坊ちゃん貴族だ。ファブリスはパルム公国で、ファブリスは叔母のサンセヴェリーナ公爵夫人と再会する。
 この「サンセヴェリーナ公爵夫人」というキャラクターが強烈だ。愛嬌と華がある非常に魅力的な女性で、王様や伯爵などの権力を持つ男性の心をしっかりとつかんでいる。そんな彼女は、かわいい「甥」であり立派な「青年」であるファブリスを、これでもかというほど熱愛している。そして、彼のために自分の魅力を利用して、政治を動かすよう権力者に迫っていく。
 サンセヴェリーナ夫人の恋人である伯爵の独白が印象的。

 偶然一つの言葉がお互いに感じていることに名を与えるなら、万事おしまいだ。
……<今ここでも俺はterzo incomodoにすぎない(美しいイタリア語は恋のために作られている)。Terzo incomodo(邪魔な第三者)! 才知ある男が、そんないやな役割を演じていると知るのは悲しい。しかも、立ちあがって帰ってしまえないなんて>

 サンセヴェリーナ夫人もファブリスも、かれらの愛が「肉親愛」なのか「異性愛」なのか分かっていない。しかし傍目八目、伯爵は気づいてしまった。

 下巻から物語は加速する。ファブリス青年の殺人にまつわる政治的取引、さらには獄中恋愛に不倫――「恋愛」を中心に国と政治はめぐる。
 ファブリス青年は常に「幸福」を追求していた。自分の心のおもむくままに、誰かを愛して行動する。誰も彼も「もっと考えて動けばいいのに」と端から見ていると思う。しかし、理論よりもまず感情で動く彼らは、ある意味で非常に人間なのだと思った(というか、何よりもまずイタリア人)。

 10代のころには「へえ」としか思わなかった、伯爵の苦悩と献身が印象に残った。報われない愛、さてそれも愛か。

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