『エルサレムの秋』アブラハム・B・イェホシュア
[老人と子供]
Abraham B. Yehoshua he Continuing Silence of a Poet,1988.
- 作者: アブラハム・B・イェホシュア,母袋夏生
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2006/11/08
- メディア: 単行本
- クリック: 5回
- この商品を含むブログ (8件) を見る
イスラエル・エルサレム生まれの作家による中篇。「人類史上最大の外交問題の中心地」といわれるエルサレム。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であり、ユダヤ人のディアスポラとシオニズムの中心地となった、歴史上まれにみる複雑怪奇な宿命を持つ土地である。本書はイスラエルの作家による、イスラエルの人々の普通の生活を描いた作品だ。
少し苦いが、余韻はやわらかい作品。どちらも、老人と子供が出てくるが、二人の関係のぎこちなさがなんともおもしろい。
「詩人の、絶え間なき沈黙」:
老いた詩人が、子供を作る。しかもその子は知恵遅れだった。
老詩人は、「もう詩を書かない」と沈黙を決めている。周りの微妙な反応(あの年で、まだ子供が?)や、知恵遅れの子供に対する苛立ちから、子供にやさしくできない不器用で頑固なおじさん。一方で、子供は父親が高名な詩人だと知ってからは、父親の「沈黙」を破ろうといろいろな方法を試してみる。…老人と子供の関係はぎこちないが、時おりふっとやわらかくなって、その緩急がいい。最後、老人はどういう選択をとるのかが気になる。
そういえば、ランドセルしょって学校いって、授業参観があっていじめもある学校生活にちょっとびっくり。日本と一緒なんだなあ、そこらへんは。
「エルサレムの秋」:
原題は「三日間と子供」、その名の通り、子供を三日間預かる話。
エルサレムに住む数学者が、昔愛した女性から、子供をあずかってと頼まれる。夫や女性に対する複雑な思いを抱えながら、子供の相手をする主人公。まったく子供の扱いに手馴れていない男性の姿が、なんだか妙にリアル。
しかも、わたわたするわけではなく、子供が死んだら女性の記憶に残るか、などと物騒なことを考えていたりする。
女性を思い続ける一途さ(しつこさといってもいいが)といい、子供への無頓着ぶりといい、著者はちょっとねじ曲がったおじさんを書くのがうまい。自分が同棲している女性をまじまじ見て「絶対美人にはならない」と確信するあたりとかは、もうね。
印象的だったのが、エルサレムの町の描写。
エルサレムはむずかしい町、ときとして過酷な町だ。エルサレムの慎み深さを信じてはならない。おだやかに見えておだやかでない。閉ざされた石造りの家々を見るがいい。
ほかにも、「空気は澄んでいる」「夜間は往来が途絶える。九時を過ぎると死の町になる」「町の中央の三又路にいけば、たいてのひとに出会えてしまう」町であるらしい。
エルサレム人については、こんな感じの描写がある。
エルサレム人の不安げなまなざしと辛辣なユーモア。やたら手紙を待ち、新聞をむさぼり読む。終わりのない栄光を求めて、終わりのない追求を続ける。ぼくは生粋のエルサレム人について語っているのだ。
ほかにも、「みんなシンボルに熱心」だったりと、イスラエルとそこに住む人々に興味がわく。
エルサレムは、人間の信心や暴力、悲しみや民族の複雑性を、壁のれんがにまで刻みつけた町だという。本書が描くエルサレムの裏には、膨大な歴史と悲しみがつまっている。小説を読む際に、どこまで背景を考慮にいれるべきかと考えるのだが、著者の政治言論の話を聞くにつけ、やっぱり気になるところだ。アイデンティティか…
recommend:
あえてのパレスチナ文学。
エミール・ハビービー『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』…パレスチナ文学。悲惨な土地だが、本書はユーモアがある。
エドワード・サイード『遠い場所の記憶』…パレスチナ問題といえばこの人。