ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

『エルサレムの秋』アブラハム・B・イェホシュア

[老人と子供]
Abraham B. Yehoshua he Continuing Silence of a Poet,1988.

エルサレムの秋 (Modern&Classic)

エルサレムの秋 (Modern&Classic)


 イスラエルエルサレム生まれの作家による中篇。「人類史上最大の外交問題の中心地」といわれるエルサレムユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地であり、ユダヤ人のディアスポラシオニズムの中心地となった、歴史上まれにみる複雑怪奇な宿命を持つ土地である。本書はイスラエルの作家による、イスラエルの人々の普通の生活を描いた作品だ。

 少し苦いが、余韻はやわらかい作品。どちらも、老人と子供が出てくるが、二人の関係のぎこちなさがなんともおもしろい。


「詩人の、絶え間なき沈黙」:
 老いた詩人が、子供を作る。しかもその子は知恵遅れだった。
 老詩人は、「もう詩を書かない」と沈黙を決めている。周りの微妙な反応(あの年で、まだ子供が?)や、知恵遅れの子供に対する苛立ちから、子供にやさしくできない不器用で頑固なおじさん。一方で、子供は父親が高名な詩人だと知ってからは、父親の「沈黙」を破ろうといろいろな方法を試してみる。…老人と子供の関係はぎこちないが、時おりふっとやわらかくなって、その緩急がいい。最後、老人はどういう選択をとるのかが気になる。
 そういえば、ランドセルしょって学校いって、授業参観があっていじめもある学校生活にちょっとびっくり。日本と一緒なんだなあ、そこらへんは。


エルサレムの秋」:
 原題は「三日間と子供」、その名の通り、子供を三日間預かる話。
 エルサレムに住む数学者が、昔愛した女性から、子供をあずかってと頼まれる。夫や女性に対する複雑な思いを抱えながら、子供の相手をする主人公。まったく子供の扱いに手馴れていない男性の姿が、なんだか妙にリアル。
しかも、わたわたするわけではなく、子供が死んだら女性の記憶に残るか、などと物騒なことを考えていたりする。
女性を思い続ける一途さ(しつこさといってもいいが)といい、子供への無頓着ぶりといい、著者はちょっとねじ曲がったおじさんを書くのがうまい。自分が同棲している女性をまじまじ見て「絶対美人にはならない」と確信するあたりとかは、もうね。


 印象的だったのが、エルサレムの町の描写。

 エルサレムはむずかしい町、ときとして過酷な町だ。エルサレムの慎み深さを信じてはならない。おだやかに見えておだやかでない。閉ざされた石造りの家々を見るがいい。

 ほかにも、「空気は澄んでいる」「夜間は往来が途絶える。九時を過ぎると死の町になる」「町の中央の三又路にいけば、たいてのひとに出会えてしまう」町であるらしい。

 エルサレム人については、こんな感じの描写がある。

 エルサレム人の不安げなまなざしと辛辣なユーモア。やたら手紙を待ち、新聞をむさぼり読む。終わりのない栄光を求めて、終わりのない追求を続ける。ぼくは生粋のエルサレム人について語っているのだ。

 ほかにも、「みんなシンボルに熱心」だったりと、イスラエルとそこに住む人々に興味がわく。

 エルサレムは、人間の信心や暴力、悲しみや民族の複雑性を、壁のれんがにまで刻みつけた町だという。本書が描くエルサレムの裏には、膨大な歴史と悲しみがつまっている。小説を読む際に、どこまで背景を考慮にいれるべきかと考えるのだが、著者の政治言論の話を聞くにつけ、やっぱり気になるところだ。アイデンティティか…


recommend:
あえてのパレスチナ文学。
エミール・ハビービー『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』…パレスチナ文学。悲惨な土地だが、本書はユーモアがある。
エドワード・サイード『遠い場所の記憶』…パレスチナ問題といえばこの人。