ボヘミアの海岸線

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『燃える平原』フアン・ルルフォ

[乾いた大地の風]
Juan Rulfo El llano en llamas, 1953.

燃える平原 (叢書 アンデスの風)

燃える平原 (叢書 アンデスの風)



 メキシコの伝説的作家による短編集。ルルフォは、長編『ペドロ・パラモ』とこの短編『燃える平原』、生涯2冊の本しか出さなかった。無駄をそぎ落とした硬派な文体でもって、メキシコの大地の容赦なさが描かれる。

 『ペドロ・パラモ』もよかったが、これもかなりいい。『ペドロ』が、死者に取り囲まれる幻想性があるのに対して、こちらは革命時のメキシコの人々や大地を、それこそ地に足のついた、しっかりした視線で切り取ってくる。
 血や革命、荒地は、日本にいる私たちにとっては、遠い出来事だ。しかし、この本を開くと、メキシコの大地のにおい、乾いた風が、一挙に目の前に現われてくる。
 人はよく殺される。しかも淡淡としている。そこらへんのドライさが、革命時の流血の多さと、厳しい自然の中での生活を物語っている気がする。「殺さねえでくれ」「どうしちまったんだよ、てめえ」など、独特の語り口の訳も、雰囲気が出ている。
 以下、一言感想。特に気に入ったものには*。


「おれたちのもらった土地」
 もらった土地は荒野だった。しかもまだまだたどり着くには遠い。それだけなんだけど、ルルフォの描く大地って、まさにこんな感じ。

「コマドレス坂」
 人の消えたコマドレス坂。そこを取り仕切っていたトリコ兄弟の死にまつわる話。本当、淡淡と人が殺されていくのがなんとも。しかし、これは痛い。

「おれたちは貧しいんだ」
 本当に題名どおりの話。洪水にすべてが流されてふんだりけったり。濁流と、娘の胸のふくらみが重なる描写が印象的。

「追われる男」
 追われる男と追う男、第三者の視点から語られる、復讐劇。この視点の移行は、『ペドロ・パラモ』を思い起こす。

「燃える平原」
 表題作。革命中のメキシコ。荒くれ者と政府軍の戦い。仲間はばたばた死に、平原は火をつけられて燃え上がる。ぎりぎりまでエッセンスをしぼった作品。まぎれもない傑作。

「殺さねえでくれ」
 昔殺した因果が、今になって降り注ぐ。「命乞い文学」全集があるのなら、ぜひいれたい一作。息子の淡淡ぶりが、なんとも…

「ルビーナ」
 いちばん高く、ごつごつしている山、ルビーナにまつわる話。オチがいいなあ。

「北の渡し」
 仕事がないから、どこか別の場所へいこうとするけれど。アメリカへ渡るための北の渡し。父と息子の会話のドライ加減に注目。老人の淡淡ぶり、息子のばかっぷりがすごい。親子のドライ加減なら、「マティルデ・アルカンヘルの息子」もなかなか。

「覚えてねえか」「大地震の日」
 老人たちが「覚えてねえか」といいながら、昔のことについて語り合う。この適当さと記憶のずれっぷりが、いかにもな感じですてきだ。

「アナクレト・モローネス」
 アナクレトは、老女陣にとっては聖人、男にとってはとんでもない悪党。さて真実はどちら?ま、悪人だろうけど。……おばあちゃんたちが最初10人いるんだけど、だんだん減っていくのがおもしろい。なんなんだ、この雰囲気。ルルフォの中では笑える一作。


フアン・ルルフォの著作レビュー:
『ペドロ・パラモ』
「アンデスの風」叢書


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