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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『巨匠とマルガリータ』ブルガーコフ

[悪魔のみぞ知る]
Михаил Афанасьевич Булгаков Мастер и Маргарита ,1928.

巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)

巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)

巨匠とマルガリータ

巨匠とマルガリータ

「人生のトランプはよく切られている」


 ウクライナキエフ生まれの旧ソ連の作家による、一大奇想小説。最初から最後まで一貫してハイテンションの渦、盛大な打ち上げ花火のように魔法が使われて、なんとも派手な物語。

 ブルガーコフは元医者で、白軍(反革命軍)に従軍医師として参加したこともある。スターリン時代のソ連で、風刺をきかせた作品を作ったため、反体制の作家として長い間沈黙の淵に沈んでいたが、のちのちになって、再評価される。反体制の作家、といっても、政治的主張や暗部が、作品の表面に現れているわけではない。むしろ、これでもか! と笑い飛ばす風刺が、ブルガーコフの作品のおもしろさではないかと思う。

 とにかく、まるでとんちんかんな魔術だらけである。
 黒魔術師ヴォランドとそのご一行様(黒猫のベゲモートがかわいい)が、不吉な予言をしたり、ショーで金品をばらまいたり(当然それらは後になって消える)、火を吹かせたり消えたり消したり、派手に痛快に、モスクワで暴れまくる。
 主人公であるところの「巨匠」は3分の1を過ぎても登場せず、「マルガリータ」は半分きてようやく登場する。 その途中にも、2千年前のイエスとピラトの物語、いわゆる「小説の中の小説」が入り込んできたり、マルガリータが魔女になって裸でモップにまたがって空を飛ぶなど、いろいろと印象的なシーンが多すぎる。


 なんというか、いろいろ物議をかもす本だろうなあ、と思う。
 悪魔が大暴れする小説の中に、イエス・キリストの処刑と、処刑を決めた総督ピラトの物語が挿入されたり、魔女化した「マルガリータ」とイエスの合わせ鏡でもある「巨匠」が恋人同士だったり、神と悪魔の並列が随所に見られる。どことなく悪魔崇拝っぽいから、さぞかしロシア正教会あたりは怒ったのではと思う。
 一方で、「悪や影がなければ善もない!」と言っているヴォランド氏の言葉は、あるひとつの主張としては、ひどくまっとうでもある。

 そういえば、読んでいてふと南米文学を思い出した。ガルシア・マルケスが、「南米では昨日まで確かにあったことが、まるっきりなかったことになっていることも少なくなかった」と述べているのを見たことがある。

 当時のスターリン政権下も、そんな感じだったのではないだろうか。
 われわれからすれば、ファンタジーとしか思えないようなことが、現実に起こりうる世界。突然逮捕され、火がつき、金が増えては消え、人も知らず消えていく。
 たぶんブルガーコフが描いているのは、魔術で再構成された当時のソ連だったのだろう。乱痴気騒ぎが行われる日常、こうなったらもう笑うしかないような。

 あと、おもしろいと思ったのが「悪魔言葉」。ロシアではいわゆるののしり言葉で「悪魔にさらわれろ!(こん畜生的意味)」「悪魔のみぞ知る(知ったことか的意味)」などが使われるらしい。そういえば、米原万里さんも、ロシアのののしり言葉の豊富さを賞賛? しておられた。

 エンターテイメントとして、愉快に楽しく読める物語。一方で、スターリン政権下の検閲にあった、著者のひそやかな叫びが、哄笑の影に響いている。

「そんなはずはありません。原稿は燃えないものです」


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