[悪魔のみぞ知る]
Михаил Афанасьевич Булгаков Мастер и Маргарита ,1928.

巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)
- 作者: ミハイル・A・ブルガーコフ,水野忠夫
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2008/04/11
- メディア: ハードカバー
- 購入: 2人 クリック: 227回
- この商品を含むブログ (97件) を見る

- 作者: ミハイル・アファナーシエヴィチブルガーコフ,中田恭
- 出版社/メーカー: 郁朋社
- 発売日: 2006/11
- メディア: 単行本
- クリック: 15回
- この商品を含むブログ (12件) を見る
「人生のトランプはよく切られている」
ウクライナ、キエフ生まれの旧ソ連の作家による、一大奇想小説。最初から最後まで一貫してハイテンションの渦、盛大な打ち上げ花火のように魔法が使われて、なんとも派手な物語。
ブルガーコフは元医者で、白軍(反革命軍)に従軍医師として参加したこともある。スターリン時代のソ連で、風刺をきかせた作品を作ったため、反体制の作家として長い間沈黙の淵に沈んでいたが、のちのちになって、再評価される。反体制の作家、といっても、政治的主張や暗部が、作品の表面に現れているわけではない。むしろ、これでもか! と笑い飛ばす風刺が、ブルガーコフの作品のおもしろさではないかと思う。
とにかく、まるでとんちんかんな魔術だらけである。
黒魔術師ヴォランドとそのご一行様(黒猫のベゲモートがかわいい)が、不吉な予言をしたり、ショーで金品をばらまいたり(当然それらは後になって消える)、火を吹かせたり消えたり消したり、派手に痛快に、モスクワで暴れまくる。
主人公であるところの「巨匠」は3分の1を過ぎても登場せず、「マルガリータ」は半分きてようやく登場する。 その途中にも、2千年前のイエスとピラトの物語、いわゆる「小説の中の小説」が入り込んできたり、マルガリータが魔女になって裸でモップにまたがって空を飛ぶなど、いろいろと印象的なシーンが多すぎる。
なんというか、いろいろ物議をかもす本だろうなあ、と思う。
悪魔が大暴れする小説の中に、イエス・キリストの処刑と、処刑を決めた総督ピラトの物語が挿入されたり、魔女化した「マルガリータ」とイエスの合わせ鏡でもある「巨匠」が恋人同士だったり、神と悪魔の並列が随所に見られる。どことなく悪魔崇拝っぽいから、さぞかしロシア正教会あたりは怒ったのではと思う。
一方で、「悪や影がなければ善もない!」と言っているヴォランド氏の言葉は、あるひとつの主張としては、ひどくまっとうでもある。
そういえば、読んでいてふと南米文学を思い出した。ガルシア・マルケスが、「南米では昨日まで確かにあったことが、まるっきりなかったことになっていることも少なくなかった」と述べているのを見たことがある。
当時のスターリン政権下も、そんな感じだったのではないだろうか。
われわれからすれば、ファンタジーとしか思えないようなことが、現実に起こりうる世界。突然逮捕され、火がつき、金が増えては消え、人も知らず消えていく。
たぶんブルガーコフが描いているのは、魔術で再構成された当時のソ連だったのだろう。乱痴気騒ぎが行われる日常、こうなったらもう笑うしかないような。
あと、おもしろいと思ったのが「悪魔言葉」。ロシアではいわゆるののしり言葉で「悪魔にさらわれろ!(こん畜生的意味)」「悪魔のみぞ知る(知ったことか的意味)」などが使われるらしい。そういえば、米原万里さんも、ロシアのののしり言葉の豊富さを賞賛? しておられた。
エンターテイメントとして、愉快に楽しく読める物語。一方で、スターリン政権下の検閲にあった、著者のひそやかな叫びが、哄笑の影に響いている。
「そんなはずはありません。原稿は燃えないものです」
recommend:
>チェスタトン『木曜日だった男』 (スパイスの効いたどたばた喜劇)
>ストルガツキイ『滅びの都』 (全体主義を風刺する)