ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

ドイツ文学

『ドイツ亭』アネッテ・ヘス|ホロコーストの風化を阻止した歴史的裁判

かつて、ドイツ国民の多くがホロコーストや絶滅収容所を知らず、過去を見ないようにしようとする時代があった。 現代ドイツでは、国民は皆、ナチとホロコーストの歴史を学び、ホロコースト否定やナチ礼賛は犯罪と見なされる。 この姿勢から、ドイツは過去と…

『カンポ・サント』W.G.ゼーバルト|傍らにいるのだ、死者は

写真が人の胸をあれほど衝くのは、そこからときおり不思議な、なにか彼岸的なものが吹き寄せてくるからである。——W.G.ゼーバルト『カンポ・サント』 傍らにいるのだ、死者は ゼーバルトは、どの町を歩いていてもいずれ第二次世界大戦の瓦礫に漂着する、希有…

『HHhH プラハ、1942年』ローラン・ビネ

いったい何を根拠に、ある人物が、ある物語の主役であると判断するのだろうか? その人物に費やされたページ数によって? ——ローラン・ビネ『HHhH プラハ、1942年』 自分語りとアンチ歴史スパイ小説 「事実かどうかを1次情報まで戻って確認せよ、重要なこと…

Patience (After Sebald)、あるいはW.G.ゼーバルト『土星の環 イギリス行脚』

2001年、W.G.ゼーバルトは車の運転中に心筋梗塞をおこし、イングランド東部の道路で気を失ったまま横転した。57歳、早すぎる死だった。つねに抑制した筆致で、アクセルを踏むこともブレーキを踏むこともなく、記憶と記録を地すべりし続けた作家が、加速する…

『ブリキの太鼓』ギュンター・グラス

なぜってオスカルよ、おまえだけがまことお伽のようで、おまえは過剰なほど渦巻模様にいろどられた角をもつ孤独な獣ではないか。——ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』 誰かの死に加担する ブリキの太鼓の音は、機関銃の銃声に似ている。胸を打つのではなく…

『滅亡』ノサック

わたしたちは「目覚めるのだ。これはただの悪夢ではないか」とだれかが呼びかけてくれるのを期待していたのだ。しかしわたしたちはその願いを口に出すことはできなかった。悪霊がわたしたちの口を窒息しそうになるほど塞いでいたからだ。——ノサック『滅亡』 …

『土星の環 イギリス行脚』W.G.ゼーバルト

私たちの編みだした機械は、私たちの身体に似て、そして私たちの憧憬に似て、ゆっくりと火照りの冷めていく心臓を持っている。——W.G.ゼーバルト『土星の環 イギリス行脚』 崩落する記憶 「イギリス行脚」といいながら、実のところ彼はどこを旅していたのだろ…

『空襲と文学』W.G.ゼーバルト

[歴史の天使] W.G.Sebald "Luftkrieg und Literatur",2003. 空襲と文学 (ゼーバルト・コレクション)作者: W.G.ゼーバルト,鈴木仁子出版社/メーカー: 白水社発売日: 2008/09/29メディア: 単行本 クリック: 19回この商品を含むブログ (11件) を見る 「ただ瞼…

『チェスの話 ツヴァイク短篇選』シュテファン・ツヴァイク

あらゆる種類のモノマニア的な、ただひとつの観念に凝り固まってしまった人間は、これまでずっと私の興味をそそってきた。人間は限定されればされるほど一方では無限のものに近づくからである。――シュテファン・ツヴァイク「チェスの話」 ささやかで重大な災…

W.G.ゼーバルト『アウステルリッツ』

三十六度というのは、自然界でいちばん適切な温度だということがわかっているのだよ、アルフォンスはそう言いました。神秘的な閾値といってもいい。私はこんなことを思ったことがあるんだ、ひょっとしたら人類の不幸は、いつのころだか体温がこの基準からず…

『ウンラート教授 あるいは、一暴君の末路』ハインリヒ・マン

今、ローザはそのまなざしと仕草を、ウンラートを通り越して別の男の方へ……ローマンの方へ向けていたのだ! ウンラートはこの情景を終わりまで思い浮かべた。そして彼のむせび泣きに応じて、情景は踊るように躍動した。——ハインリヒ・マン『ウンラート教授 …

『アウステルリッツ』W.G.ゼーバルト

写真のプロセスで私を魅了してやまないのは、感光した紙に、あたかも無から湧き上がってくるかのように現実の形が姿を現す一瞬でした。それはちょうど記憶のようなもので、記憶もまた、夜の闇からぽっかりと心に浮かび上がってくるのです。ーーW.G.ゼーバル…

『移民たち』W.G.ゼーバルト

――彼らはこうやって還ってくるのだ、死者たちは。——W.G.ゼーバルト『移民たち』 死者の記憶 低くささやくような声で、4人の移民たちの人生が語られる。ドクター・ヘンリー・セルウィン、パウル・ベライター、アンブロース・アーデルヴァルト、マックス・アウ…

『魔の山』トーマス・マン

私たちの時を測る針は、時計の秒針のようにせわしなく動いていくが、それが冷淡に休みなく頂点を通過していくとき、そこに流れすぎていく時間の意味は誰にもわからないのである。——トーマス・マン『魔の山』 浮世離れ 冬なので寒い本を読もう企画。私はこの…

『ニーベルンゲンの歌』

[意味もなく皆殺し] Das Nibelungenlied,13c.ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)作者:出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1975/01/01メディア: 文庫ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)作者:出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1975/02/17メディア: 文…

『ヴォイツェク・ダントンの死・レンツ』ゲオルグ・ビューヒナー

彼には、天に向かって握りしめた巨大な拳を突き出して神を引きずりだし、雲の中を引きずり回してやれそうな気がしてきた。世界を歯で噛み砕いて、創造主の顔に吐きつけてやれそうな気がした。 −−ゲオルグ・ビューヒナー『ヴォイツェク・ダントンの死・レンツ…

『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』ホフマン

[ひたひたと幻想] E.T.A.Hoffman Der Goldene Topf / Das Fraurein Scuderi,1814-1819. 黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ (光文社古典新訳文庫)作者: エルンスト・テオドール・アマデウスホフマン,Ernst Theodor Amadeus Hoffmann,大島かおり出版社/メ…

『クレーン男』ライナー・チムニク

[鉄はうたう] Reiner Zimnik Der Kran 1956.クレーン男作者: ライナーチムニク,Reiner Zimnik,矢川澄子出版社/メーカー: パロル舎発売日: 2002/02メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 23回この商品を含むブログ (17件) を見る ここから、そこなら、世界はど…

『だまされた女/すげかえられた首』トーマス・マン

[合わさりたい] Paul Thomas Mann Die Betrogene, 1953.だまされた女/すげかえられた首 (光文社古典新訳文庫)作者: トーマスマン,Thomas Mann,岸美光出版社/メーカー: 光文社発売日: 2009/01/08メディア: 文庫 クリック: 11回この商品を含むブログ (10件) …

『詐欺師の楽園』ヒルデスハイマー|ぬけぬけとペテン尽くし

Wolfgang Hildsheimer Paradies der falschen voger,1958.詐欺師の楽園 (白水Uブックス)作者:ヴォルフガング・ヒルデスハイマー白水社Amazon そもそも本物の絵とは何だろう?本物の絵とは即ち、ひとりあるいは数人の専門家によって本物なりと折り紙をつけら…

『シッダールタ』ヘルマン・ヘッセ

[彷徨う覚者] Hermann Hesse Siddhartha ,1922. シッダールタ (新潮文庫)作者: ヘッセ,高橋健二出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1971/02メディア: 文庫購入: 9人 クリック: 41回この商品を含むブログ (114件) を見る ドイツの文豪、ヘッセが描く「インドの詩…

『モモ』ミヒャエル・エンデ

[忘れたくない女の子] Michael Ende MOMO 1973.モモ (岩波少年文庫(127))作者: ミヒャエル・エンデ,大島かおり出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2005/06/16メディア: 新書購入: 38人 クリック: 398回この商品を含むブログ (273件) を見る モモのことは、何…

『寄宿生テルレスの混乱』ムージル

[混乱と青年] Robert Musil DIE VERWIRRUNGEN DES Z〓GLINGS T〓RLESS,1906. 寄宿生テルレスの混乱 (光文社古典新訳文庫)作者: ローベルトムージル,Robert Musil,丘沢静也出版社/メーカー: 光文社発売日: 2008/09/09メディア: 文庫購入: 4人 クリック: 33…

『ファウスト』ゲーテ

[魂の遍歴] Johann Wolfgang Goethe FAUST.ファウスト〈第1部〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)作者: ヨハーン・ヴォルフガングゲーテ,Johann Wolfgang Goethe,池内紀出版社/メーカー: 集英社発売日: 2004/05メディア: 文庫購入: 14人 クリック: 80回この商…

『聖なる酔っぱらいの伝説』ヨーゼフ・ロート

[輝くその一瞬を] Joseph Roth Die Legende vom heiligen Trinker , 1939. 聖なる酔っぱらいの伝説 (白水Uブックス)作者: ヨーゼフロート,Joseph Roth,池内紀出版社/メーカー: 白水社発売日: 1995/08メディア: 新書購入: 1人 クリック: 2回この商品を含む…

『デミアン』ヘルマン・ヘッセ

[影の世界に惹かれ] Hermann Hesse DEMIAN: Die Geschichte von Emil Sinclains Jugend , 1919. デミアン (新潮文庫)作者: ヘッセ,高橋健二出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1951/11メディア: 文庫購入: 8人 クリック: 308回この商品を含むブログ (95件) を見…

『飛ぶ教室』ケストナー

[時空を越えて] Erich Kästner DASFLIEGENDE KLASSENZIMMER , 1933.飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)作者: ケストナー,丘沢静也出版社/メーカー: 光文社発売日: 2006/09/07メディア: 文庫 クリック: 15回この商品を含むブログ (83件) を見る ドイツの著名な作…