ボヘミアの海岸線

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『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』ホフマン

[ひたひたと幻想]
E.T.A.Hoffman Der Goldene Topf / Das Fraurein Scuderi,1814-1819.


黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ (光文社古典新訳文庫)

黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ (光文社古典新訳文庫)

「あの人、ちょっと頭がおかしいみたい」(「黄金の壺」より)


 人間、空は飛べないが、想像力は飛翔する。
 ドイツの作家であり作曲家でもある、「お化けの」ホフマンが描く破天荒な物語。本書は、ホフマンの多彩な作品を4点収録する。どれもそれなりによかったが、やはり表題作の「黄金の壺」が秀逸だった。

「黄金の壺」
 「とんでもないものを書く作家だなあ」というのが、「黄金の壺」を読んで10ページめくらいの印象である。最初の数ページからして、いろいろととんでもない。

 りんご屋に激突して、なけなしの金を払わされ(しかも呪われ)る不運な大学生アンゼルムスが、河原を歩いている。すると、美しい水晶のような声を持つ金緑色の蛇が現れて、彼は唐突に、しかし猛烈に恋をする。蛇は一瞬で消えてしまうが、蛇が恋しくてしょうがないアンゼルムスは、木の幹に抱きつきながら、「もう一度姿を見せておくれ」と絶叫する。

 どこからどう見てもおかしいこのテンションが、最後まで一定に続いていくから、続きがきになってしかたがない。しかも、現実の中に、たえず幻想が割り込んでくる。ふとした瞬間にドアノブは魔女の顔と化して、花火の映る水面には愛しい蛇の姿が見える。まるでコインの表と裏のように、両者はスイッチが入れ替わるのだが、幻想が無闇やたらと美しい。これだったら蛇に恋してしまうかもしれない。

 脇役もふるっている。アンゼルムスに恋する妄想少女ヴェローニカに、ゆりの花と結婚した火の精の文書管理官、妖術をふるうオババ……自分で書いていても「どうなんだ?」と首をひねるようなやつらばかりが、うろうろと物語を幻想にひたしていく。

 おもしろいのは、魔術だらけの話に見えながらも、ふと「現実はこうなのさ」という視点が見えることだろうか。この現実と幻想のせめぎあいがなんとも興味深い。まあ最後はぶっちぎりで幻想の圧勝なのだが、それも含めておもしろかった。


「マドモワゼル・ド・スキュデリ」
 史実をもとにした、宝石と殺人事件の物語。
 ポー以前の探偵小説風(あくまで「風」)の小説らしい。うーんこれは少し冗長か。スキュデリ嬢が活躍するわけではあまりなかったし……。そしてなぜかフランス語の題名が気になる。フロイラインじゃだめなのか。


 さすがお化けと呼ばれた作家なだけある。妄想なのか現実なのか、もはやそれはどうでもいいのだ。


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