『アイスランドへの旅』ウィリアム・モリス|聖地巡礼の旅
アイスランドはすばらしい、美しい、そして荘厳なところで、私はそこで、じっさい、とても幸せだったのだ。
ヨーロッパに住んでいた頃、時間を見つけてはヨーロッパの国々を周遊していた。どこの国がよかったか、と聞かれると答えに迷うが(文学、美術、食事、遺跡、いろいろな切り口がある)、最も驚いた国はアイスランドだった。
冬至が近づいた真冬に、オーロラが見たいと思いたち、友人に声をかけてふらりとでかけたら、あまりにも異界めいた光景が続いていて、あぜんとした。今でも、真っ黒い溶岩の岩山、真っ青な流氷の群れ、透きとおる氷が散らばった海岸線、青い鉱石の断面図みたいな氷河を思いだす。エッダとサガのうまれた土地はすさまじかった。
本書は、 「モダンデザインの父」と評されるウィリアム・モリスが、アイスランドを6週間にわたって友人とともに旅行した記録である。モリスは大のエッダ・マニアだったようで、エッダとサガを熟読したうえでアイスランドへ旅をした。
本書ではずっと「これがあの物語の土地か」「これがあの事件の起こった場所か」とエッダとサガにまつわる話をし続けていて、マニアが聖地巡礼する姿そのものである。いつの世もマニアやオタクの行動は変わらない。
モリスのアイスランドへの情熱はなみなみならぬものがある。時は19世紀、飛行機や車などがない時代にヨーロッパの最果てに旅行することは、今よりもずっと難しかった。モリス一行は、アイスランドへは船で行き、アイスランドの荒野を、30頭のロバを連れて野営しながら進んだ。川を渡るだけでも一大事で、何時間もかかる。
しかも、彼らが旅するのは、今のように観光ルートが確立されたアイスランドではなく、溶岩や岩山、川、湿地帯などが続く、溶岩でできた果てしない荒野だ。モリスはなにもない荒野にエッダやサガの物語を重ね合わせて、灰色の湿地帯から物語を読み取ろうとする。荒野で楽しくなれるオタクの情熱はすさまじい。
単調な荒野ばかりが続くので、読み進めることがなかなかつらく心が何度も折れかけたが、モリスのエッダ・マニアぶり、アイスランドの人たちとごはんをおいしそうに食べる姿、友人たちと悪ふざけをする姿がかわいく、予想に反してモリスを愛でる読書となった。いつの時代もどの国でも、愛好家は愛好家だ。
アイスランドの記憶
冬至の日に思い出すのは、アイスランドで過ごした冬のこと。午後1時に日没を迎え、ほとんど夜の中で1週間を過ごした。北欧神話では、夏を挟まずに3回冬が続くと世界の終わりがやってくると信じられていた。巨大な氷の欠片が転がる海岸は異世界だった。 pic.twitter.com/V57dcV0Q3E
— ふくろう (@0wl_man) December 22, 2018
Recommend
エッダを訳した書物。原文は解説がないとだいぶ読みにくいが、古代の詩を味わうにはやはり原文がよい。
いくつかあるエッダとサガをまとめて解説しているため、わかりやすい。
『壊れやすいもの』などの作者である作家ニール・ゲイマンが現代語でわかりやすく北欧神話を語り直した。若者でも読めるように、との心遣いがあるため、とてもわかりやすくてよい。
現代アイスランド漫画。モリスが歩いた荒野と明るい観光地をどちらも楽しめる。
バイキングが跋扈していた戦国北欧マンガ。ここに描かれるフィヨルドの島々がリアルでよい。