ボヘミアの海岸線

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

『ボリバル侯爵』レオ・ペルッツ|予告された自滅の記録

 「…あの謎めいた意思をなんと呼べばいいんだ。俺たちすべてをこれほどまでに弄び、惨めにしているあれを。運命か、偶然か、それとも星辰の永遠の法則か?」 

ーーレオ・ペルッツ『ボリバル侯爵』

予告された自滅の記録

戦いにおいて最も効率がよい勝利方法は「敵が自滅する」ことだ。古今東西の軍隊が、情報操作、対立構造、不信や恐怖の蔓延など、「自滅させる方法」を編み出してきた。

しかし、『ボリバル侯爵』に登場するナポレオン軍ナッサウ連隊は、「自滅させられた」のではなく、自分たちの手で自分たちを壊滅させた。自分たちにしかけられる作戦内容を完璧に把握していたにもかかわらずだ。

「ナッサウ連隊の壊滅は、自軍の将校たちが明確に意識して、ほとんど計画的にもたらしたものである」と本書の序文には書いてある。

明確に意識して、ほとんど計画的に自滅する?いったいなぜそんな馬鹿なことが?

ボリバル侯爵

ボリバル侯爵

 

 

物語の舞台は、19世紀初頭のスペイン北部、ラ・ビスバル市。ナポレオンによる「イベリア半島戦争」(1808-1814)が繰り広げられていた時代だ。

 語り手のヨッホベルグ大尉は、ナポレオン軍のドイツ人部隊、ナッサウ連隊の若い将校だ。彼らはラ・ビスバル市を制圧しており、スペイン人ゲリラの抵抗はあるものの、勝利は確実と思われた。

そこに「ボリバル侯爵なるスぺイン人の名士が、ナポレオン軍にたいして反乱をたくらんでいる」という知らせが届く。知らせによれば、ボリバル侯爵はスペイン人ゲリラ部隊に「3つの合図」を授けたらしい。

第一の合図は私の館の屋根から上る黒い煙だ。この合図で街道を占拠し、橋を爆破しろ。
第二の合図は聖ダニエル修道院のオルガンだ。この合図で市を砲撃しろ。
そして第三の合図――使いの者がこの短刀を持ってきたら、突撃命令を下せ。

「この合図が出るまでは絶対に動くな」と、ボリバル侯爵はスペイン人ゲリラのボスに言い含めていた。つまり、ナッサウ連隊が合図さえ阻止すれば、スペイン人たちは蜂起しない。すでにナッサウ連隊は、合図の内容を知っている。楽勝だ。なんと簡単な仕事だろう。誰もがそう思っていた。

 「第一の合図だ!」

しかし、合図はすべて実行されてしまう。ボリバル侯爵がおそろしく有能な策士だったから? いいや。ボリバル侯爵は、ほとんど作戦に参加していない。スペイン側に合図を出す人間はおらず、作戦の中身を知る人間もいなかった。しかし、合図は出され続けた。ボリバル侯爵はいないのに、ボリバル侯爵の言うとおりに作戦が進んでいく。

 

「不在の者の意思に引きずられてすべてが進んでいく」プロットが本書の真骨頂である。

なぜこの状況でありえないはずのことが起こるのか? ボリバル侯爵の「呪い」によるものか、あるいは破滅する「宿命」を神に与えられていたのか。そんな「人智を超えた理由」だったのなら、まだ同情の余地はあった。しかし、ナッサウ連隊は本当にだめ男たちばかりで、わりと本気でどうしようもない「きわめて人間的な理由」によって、自滅に突き進んでいく。

義務も対面もかなぐり捨てた、殺意すらはらむ憎悪と嫉妬の応酬ーーそうした迷妄は、まさにこの瞬間に生まれたのだった。 

ギリシャ神話や旧約聖書では、人間の破滅は神々の意思によってもたらされる。対する『ボリバル侯爵』の破滅は、「人間の感情」が原因だ。どちらも結果として破滅するので、悲劇には違いないが、後者には「人間の愚かさとばかばかしさ」があるので、より悲喜劇的だ。

ただ人間の愚かさ「だけ」が理由とは言い切れない。あの壊滅には「謎めいた意思」が働いていたように、誰もが感じていた。

それほどまでに驚異的な偶然が起きたのか、それとも本当に「謎めいた意思」が働いていたのか。『ボリバル侯爵』の世界観は、「世界が誰かによって動かされている」と「世界は人間によって動かされる」の間を揺れ動く

本書は、いくつもの「壊滅の原因」を明らかにしつつ、その境界をぼかしている。この曖昧な灰色の境界から、神秘とサスペンス、そして驚異的な物語が立ちのぼる。

「…あの謎めいた意思をなんと呼べばいいんだ。俺たちすべてをこれほどまでに弄び、惨めにしているあれを。運命か、偶然か、それとも星辰の永遠の法則か?」 

「わたしらスペイン人なら神様って言いますがね」

 

レオ・ペルッツの作品レビュー

 

Recoomend:破滅エンタメ

人間の感情が徹底的な破滅を引き起こす物語の筆頭。ガイブン業界屈指のやばい男フロロのぶっ壊れぶりにドン引きせよ。

 

殺人が予告されていれば、防げるはずだ。しかし、殺人は実行された。本書と同じ構造で「宿命的な破滅」を描く。最初に読んだ時は驚愕のあまり放心した。

ギリシャ神話では、人間の破滅ははっきりと「神々の意思」によって行われる。結果としては同じなのだが、人間の感情が引き起こす破滅とは、やはり読み心地がだいぶ違い、「しょうがないよね…人間は無力…」という気持ちになる。

 

 

 おまけ:イベリア戦争とナッサウ連隊

イベリア半島戦争(1808-1814)は、フランス皇帝ナポレオンが、スペインを侵略した戦争である。無能王として悪名高いスペイン国王カルロス4世はフランスに妥協してスペイン半島の侵略を許したが、スペイン民衆は反発。民衆は正規兵としてではなくゲリラとしてフランス軍と戦った。「ゲリラ」という言葉(スペイン語でゲラ=戦争からきている)は、この戦争でうまれた単語である。スペイン人たちはフランス軍たちを押し戻し、スペインは1814年に独立を回復した。

ナッサウ連隊は、ドイツ人兵士によるナポレオン軍連隊で、実在した。

おまけ:さまよえるユダヤ人伝説

本書に登場する 「Wandering Jew(さまよえるユダヤ人)」は、ヨーロッパに13世紀ごろから伝わる「不死の人」伝説だ。ゴルゴダの丘へ向かうイエスを侮辱した罪として、死ぬことを許されず、永遠にさまよう罰を与えられたユダヤ人が、ヨーロッパ中を旅している、とされる。ペルッツはプラハのユダヤ人家系にうまれているため、自分のルーツと関係がある伝説を盛り込んだのかもしれない。日本なら、八百比丘尼が現代小説にサブキャラとしてゲスト出演するようなものだろうか。ヨーロッパ人には胸熱展開なのかもしれない。

 

Leo Perutz "The Marquis of Bolibar", 1920.