ボヘミアの海岸線

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『宝島』ロバート・ルイス・スティーブンスン

死人箱島に流れついたは十五人

ヨー、ホッ、ホー、酒はラムがただ一本

——ロバート・ルイス・スティーブンスン『宝島』 

だめな海商紳士

 なんという語りの魅力だろう。<ベンボウ提督亭>、<遠眼鏡亭>、片足の老海賊、秘密の地図、宝島の蛮人、仕事人の鑑のような船長、八銀貨と叫ぶオウム、なにもかもが彩り鮮やかにいとおしい。幼いころから病弱で、北の荒地を離れて世界を転々としたスティーブンスンは、最後の居住地サモア諸島では現地の人々から「語り部」と呼ばれていた。なるほど、彼の作品はどれも人に語り聞かせたくなるが、『宝島』は、含蓄もうんちくもなく、それでいて文句なしに楽しいという、奇妙な引力がある。

宝島 (光文社古典新訳文庫)

宝島 (光文社古典新訳文庫)

 
 時は19世紀。英国の港町の宿屋<ベンボウ提督亭>の息子「ぼく」は、飲んだくれの老海賊が持つ秘密の地図を手に入れる。

 遠見山の方、高い木、北北東の一点北寄り。
 骸骨島、東南東微東。
 十フィート。
 銀棒は北の穴に。東高地の斜面、黒い突出岩の南六十フィート。
 武器は北入り江の岬北側。東に位置し、四分の一点北寄りの丘に容易に発見される。
 J.F.

 町の名士である地主と医者は秘密の地図に興味しんしんで、さっそく宝を探しにいこうと、私財をはたいて港町ブリストルで船と屈強な船員たちを雇い入れる。この、のんびりした具合がいかにも19世紀でよい。

 本書の魅力は宝探しという冒険、そして登場人物たちの人間くささにある。おそらく子供のころならぼくが引き起こす冒険に夢中になっていただろうが、いまは子供よりも大人のことが気にかかる。あからさまな欠点があるだめな大人であるにもかかわらず、皆それぞれの芯を持ってわが道を突っ走っていて、どうも憎めない。

 船のオーナーである地主は太っ腹で気前がいいのだが、口が軽いのが難点で、絶対に秘密にしておくべき宝の地図のことを、気がついたらブリストル中の人々が知っていた。この口の軽さがもとで、一行はさんざんな目にあうわけだが、彼は心底のお人よしで、好き嫌いをはっきり言うし、自分が間違っていたら潔く認めて謝り、人が死ねば心の底から悲しむ。

 スモレット船長は仕事人の鑑とでもいうべき人で、自分の職務を遂行するためなら、雇い主に進言することをためらわず、自分がどう思われようと、言うべきことは言う。同行する医者リヴジーは、「わたしは獄中医だよ」などとユーモアを飛ばしながら、自分を殺しにかかってくる海賊だろうがなんだろうが、怪我している者は等しく平等に治療する。

 「ねらった相手にあたったか」船長が聞いた。
 「いいえ」と、ジョイス。「はずれたようです」
 「正直なこたえは、命中のつぎにいい」

 「そのベン・ガンとやらは、まっとうな男か」ときいた。
 「わかりません」ぼくはこたえた。「正気かどうかも、はっきりしないんです」
 「疑う余地があるなら、正気だ」ドクターは断言した。

 そして、もっとも愛すべき男、老海賊シルヴァー。みずからを「海商紳士」とのたまい、「八銀貨!」と叫ぶオウムを肩にのせ、口笛を吹きながらフライパンを操る片足のコック。夜は、ナイフとラムを片手に血まみれの陰謀を練り上げる、冷酷な老海賊へと豹変する。しかし冷酷かと思えば情にもろく、部下に反逆されてがっかりしたり、「ぼく」を信用すると言って共闘を申し出てみたり、命乞いをしてみたりと、妙に情けなくて力が抜ける。

 彼の生への執着はたいしたもので、これだけ堂々と悪事を働いておきながら、死なないためには老練の腕前とプライドはどこへやら、本気で命乞いにかかる。しぶとさと情けなさが、らせん構造のようにもつれてうまれた生命力は驚嘆に値する。

 「そらまあ、できることはなんでもするけど、それはできない相談だな」シルヴァーはこたえた。「言葉を返すようだが、宝を見つけてこそ、おれも小僧も命が助かるんだ、いやほんとの話」

 「大の臆病者なら口にもできることじゃねえが、正直、おれは絞首台を思うと、ふるえがくるんだ。あんたは嘘のない、いい人だ。あんたみたいにいい人、おれは知らん。だからきっと、おれの悪行だけでなく、善行のほうも覚えておいてくれるだろう」

 
 敵味方どちらも妙に癖があって、しかも憎めない人たちばかりなものだから、彼らが戦う場面や言い合いをする場面は特に心がおどった。仁義の仕事人スモレット船長と、死なないためならなんでもする海商紳士のシルヴァーが、互いに向き合って黙々と煙草を吸い、交渉決裂するくだりは、ただもうぞくぞくしてしまった。

 実際のところ、敵味方ともにかなりの人間が死に、犠牲はけっして少なくはない。それでも、冒険の夢にとりつかれてどんぱちしただめな大人たちは全員、どこか子供のようで、眺めていて楽しかった。でも、この船には乗りたくない。ヨー、ホッ、ホー。

Robert Louis Stevenson "Treasure Island", 1883.

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