ボヘミアの海岸線

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『宝島』ロバート・ルイス・スティーブンスン

死人箱島に流れついたは十五人

ヨー、ホッ、ホー、酒はラムがただ一本

——ロバート・ルイス・スティーブンスン『宝島』 

だめな海商紳士

 なんという語りの魅力だろう。<ベンボウ提督亭>、<遠眼鏡亭>、片足の老海賊、秘密の地図、宝島の蛮人、仕事人の鑑のような船長、八銀貨と叫ぶオウム、なにもかもが彩り鮮やかにいとおしい。幼いころから病弱で、北の荒地を離れて世界を転々としたスティーブンスンは、最後の居住地サモア諸島では現地の人々から「語り部」と呼ばれていた。なるほど、彼の作品はどれも人に語り聞かせたくなるが、『宝島』は、含蓄もうんちくもなく、それでいて文句なしに楽しいという、奇妙な引力がある。

宝島 (光文社古典新訳文庫)

宝島 (光文社古典新訳文庫)

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『ジーキル博士とハイド氏』ロバート・ルイス・スティーブンスン

 彼らの言うことは一致していた。それは、その逃亡者が彼を目撃した人たちに言うに言われぬ不具という妙に深い印象を与えたということだった。——ロバート・ルイス・スティーブンスン『ジーキル博士とハイド氏』

身勝手であることの醜悪さ

 あまりにも有名なこの物語を読むことを先送りにしていた。ようやっと『ジーキル博士とハイド氏』を手に取ったのは、彼がうまれた土地を訪れたからだった。そこは血と雨を吸って黒く染まった石畳と石造りの建物がうねる古都で、小さな霧が出れば風が、風がやめば霧が立ちこめ、町の外には中世と変わらぬ荒野が広がっていた。薄暗く頬をなでる霧のなかを徘徊していると、なにかを見失いがちになる。みずからを失った哀れな男の物語はここでうまれたのかと、奇妙に腑に落ちた。

ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)

ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)

  • 作者:スティーヴンソン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1967/03/02
  • メディア: ペーパーバック

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Patience (After Sebald)、あるいはW.G.ゼーバルト『土星の環 イギリス行脚』


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 2001年、W.G.ゼーバルトは車を運転しているさなかに心筋梗塞をおこし、イングランド東部の道路で気を失ったまま横転した。57歳だった。抑制した筆致で、アクセルを踏むこともブレーキを踏むこともなく、記憶と記録を地すべりし続けた作家が、加速する残像の中で死んだのは、どうも似つかわしくないように思える。しかし、20世紀が終わってまもなく眩暈のように死へと足を踏み入れたのは、ある意味ではゼーバルトらしかったのではないか。


 『土星の環 イギリス行脚』でゼーバルトが歩いたイングランドの風景を丹念に追い、彼にまつわる証言や記録をおさめた映像 "Patience (After Sebald)" は、どこまでも白と黒のコントラストに沈んでおり、21世紀の光景だとはとうてい思えない。

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『ヘンリー五世』ウィリアム・シェイクスピア

王の責任か! ああ、イギリス兵一同のいのちも、
魂も、借金も、夫の身を案じる妻も、こどもも、
それまでに犯した罪も、すべて王の責任にするがいい!
おれはなにもかも背負わねばならぬ。

——『ヘンリー五世』ウィリアム・シェイクスピア

王冠を戴く人柱

 この世をつつがなく生きるには、正気の計測器を意図的あるいは無意識に鈍らせることが必要で、計測器の精度が高い人、狂わせるには誠実である人が、いつだって人柱になるようにできている。正気で誠実であるほど、世界の矛盾と不条理を目の当たりにして気が狂う。だが、正気を手放したくとも、手放せない立場の人がいる。最も公正明大で誉れ高い、王冠を戴く人柱の物語。

ヘンリー五世 (白水Uブックス (19))

ヘンリー五世 (白水Uブックス (19))

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『ヘンリー四世』ウィリアム・シェイクスピア

 名誉ってなんだ? ことばだ。その名誉ってことばになにがある? その名誉ってやつに? 空気だ。結構な損得勘定じゃないか!

——ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー四世』

ごろつき紳士の饗宴

 燃えよ退廃の燈火、愛すべき百貫でぶ、王子ハリーつきの食用豚、騎士フォールスタッフとハル王子たちの掛け合いのなんと楽しいことか!


 『ヘンリー四世』は、シェイクスピア歴史劇のうち『リチャード三世』と並んで人気の劇だと言われている。古今東西もっとも、当のヘンリー四世は、それほど印象に残らない。心をとらえて離さないのは、ヘンリー四世の後継者、のちのヘンリー五世となるハル王子と、騎士フォールスタッフと愉快なごろつきどもたちだ。

ヘンリー四世 第1部

ヘンリー四世 第1部

ヘンリー四世 第二部 (白水Uブックス (16))

ヘンリー四世 第二部 (白水Uブックス (16))

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『恋の骨折り損』ウィリアム・シェイクスピア

姫! どうか戦闘準備を!
ご婦人がたも武装なさい! 敵襲です、平和の夢を
むさぼってはおられません。恋が変装してやってきます。

——ウィリアム・シェイクスピア『恋の骨折り損』

誓いよりやっぱり恋

 恋の前には、どんな誓いも論理も通用しない。王様も貴族も、みなが美しい女と恋の前に身を投げ出す。たとえ、それまでの努力が骨折り損になろうとも。

 3組のカップルによる、ひとめぼれの喜劇である。ナヴァール王国の国王と、彼の親友である3人の貴族は、学問に専念するために3年間は女に会わず、近づけもしないという誓いを立てる。

恋の骨折り損 (白水Uブックス (9))

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『ヴェローナの二紳士』ウィリアム・シェイクスピア

プローテュース ああ、恋の春は変わりやすい四月の空に似ている、
いま、燦々と美しく輝く太陽を 見せているかと思うと、
たちまち一片の雲が現れてすべてを掻き消してしまう。

——ウィリアム・シェイクスピア『ヴェローナの二紳士』

恋か友情か

 シェイクスピアが初期に書いた、恋の名言多き恋愛喜劇である。

 この劇では、たえず「恋か友情か」という問いが繰り返される。ヴェローナに住むふたりの青年ヴァレンタインとプローテュースは、友情を誓い合った親友同士だ。ヴァレンタインが見識を広めるために、ミラノ公爵のもとへと旅に出ようとする。ヴァレンタインは一緒に旅しようと誘うが、プローテュースは愛するジュリアのためにヴェローナに残るという。たとえ距離が離れても、親友であることには変わりないと互いへの友情を誓い合って、ふたりは別れる。

 プローテュースはジュリアという恋人を得て幸せに過ごしていた。しかし、ヴァレンタインに会いに行ったとき、彼の恋人であるシルヴィアに激しく恋してしまう。

 親友への友情、地元に残してきた恋人への誓い、友人の恋人への恋情、どれかを選べばどれかを捨てなければならない。距離と時間では、男たちの友情はくずれなかった。しかし、愛によって、それはトランプの家のようにいとも簡単に崩れ落ちた。

ヴェローナの二紳士 (白水Uブックス (8))

ヴェローナの二紳士 (白水Uブックス (8))

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『終わりよければすべてよし』ウィリアム・シェイクスピア

 人間の一生は、善と悪とをより合わせた糸で編んだ網なのだ。われわれの美点は欠点によって鞭打たれることがなければ高慢になるだろうし、われわれの罪悪は美徳によって慰められることがなければ絶望するだろう。——ウィリアム・シェイクスピア『終わりよければすべてよし』

アンチ・ハッピーエンド

 「終わりよければすべてよし」というタイトルは皮肉なのか。そう思わざるをえないほど、終わりもすべても何もよくはない、なんともすっきりしない物語だった。
 
 身分違いの恋をした女性が、試練を乗り越えてみごと意中の男と結婚する——主軸はありふれたシンデレラストーリーだが、細部は幸せなおとぎ話からはかけ離れている。

終わりよければすべてよし (白水Uブックス (25))

終わりよければすべてよし (白水Uブックス (25))

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『すばらしい新世界』オルダス・ハックスリー

「しかし、それが安定のために、われわれが払わなくちゃならない犠牲なのだ」——オルダス・ハックスリー『すばらしい新世界』

完璧で幸福な世界

 人に、涙は必要だろうか? 

 “Brave new world”、尊敬すべき自動車王フォードを崇拝し、十字架のかわりにT字架が信仰されるこの「すばらしい新世界」においては、人々は悲しむこともなく、心を痛めず、不満も不安も感じない。

すばらしい新世界 (講談社文庫)

すばらしい新世界 (講談社文庫)

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『土星の環 イギリス行脚』W.G.ゼーバルト

 私たちの編みだした機械は、私たちの身体に似て、そして私たちの憧憬に似て、ゆっくりと火照りの冷めていく心臓を持っている。——W.G.ゼーバルト『土星の環 イギリス行脚』

崩落する記憶

 「イギリス行脚」といいながら、実のところ彼はどこを旅していたのだろうか?

 本書においては、すべての境界線は水ににじんだインクのようにぼやけている。「半自伝的な作品」という位置づけのとおり、語り手の「私」はドイツ生まれの作家だが、その姿はピントの合っていない肖像のようでつかみどころがない。

 作家は、灰色の海岸線とモノクロームの荒地をゆるり歩きながら移動する。その足取りはイギリスの荒野(ヒース)から、いつのまにかドイツの荒野(ハイデ)へと地すべりしていく。

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『リチャード二世』ウィリアム・シェイクスピア

 私の栄誉、私の権力はあんたの自由になっても、
 私の悲しみはそうはいかぬ。私はまだ私の悲しみの王だ。

——ウィリアム・シェイクスピア『リチャード二世』

悲しみの王

 リチャード二世は、不思議な印象を残す王だ。シェイクスピアの史劇における王は、廃位の運命に飲まれあまり印象に残らない王か、リチャード三世のように強烈で忘れがたい王かのどちからであることが多い。しかし、リチャード二世はその間隙をぬうように次々とその心を変えていき、安直なレッテルづけを拒む。


 リチャード二世はプランタジネット朝最後の王である。この後、王の血筋は分裂し、ランカスターとヨークの史劇『リチャード三世』『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』『ヘンリー六世』などへとつながっていく。

リチャード二世 (白水Uブックス (11))

リチャード二世 (白水Uブックス (11))

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『ジョン王』ウィリアム・シェイクスピア


 このように太陽が天に輝き、この世の楽しみが、
 いたるところに目につく誇らしげな真昼間は、
 あまりにも浮き浮きし、あまりにもけばけばしくて、
 どうも話がしにくい。

—ーウィリアム・シェイクスピア『ジョン王』

揺れる王

 ジョン王(1167-1216)は、イギリスの歴代王の中で最も人気がない王であるらしい。父王から土地を譲られなかったために「土地なし(lackland)」と呼ばれ、かつ即位してからはフランスとの戦争で領地を大幅に失ったため、「失地王」「欠地王」という不名誉なふたつ名がついた。対する兄リチャード1世は、獅子王と呼ばれ、十字軍で活躍している(しかしそのために早死にした)。ジョンは、人気のある兄の影にひそんだ弟、という構図でもある。

ジョン王 (白水Uブックス (13))

ジョン王 (白水Uブックス (13))

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『灯台守の話』ジャネット・ウィンターソン|この物語には終わりがない

 話せば長い物語だ。そして世の物語がみなそうであるように、この物語には終わりがない。むろん結末はある——物語とはそういうものだ——けれど、結末を迎えたあとも、この物語はずっと続いた。物語とはそういうものだから。——ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』

居場所はなかった

 この世に生をうけるとは、頼りない糸を体にからませ、世界からぶら下がることに似ている。糸はやすやすとは切れないが、足下のおぼつかなさはぬぐえない。家族や友人、まわりの人々が糸をたぐりよせることによって、人は地面に近づいていき、やがて足場を踏みしめる。おそらく私たちが社会と呼んでいるものは、所在なさの不安をたがいに軽減するための、無数の梁の往来だ。
 だが、地面に足が届く前に、たぐりよせてくれる人がいなくなってしまったら? 

灯台守の話

灯台守の話

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『アテネのタイモン』ウィリアム・シェイクスピア

 偉大なタイモンだ、高潔、高尚、高貴なタイモン公だ!
 だが、ああ、そのようなほめことばを買う金がなくなると
 ほめことばを言う声もなくなってしまうのです。
 ごちそうの切れ目が縁の切れ目、冬の氷雨が降りはじめると
 青蠅どもは身をかくすのです。

——ウィリアム・シェイクスピア『アテネのタイモン』

人間不信のつくり方

 人はなぜ、人間不信になるのか。
 ルキアノスの対話篇で『人間嫌いのタイモン』として歴史に名を残す男を、シェイクスピアは善意あふれる男として描いた。すべての人間は友人であり、悪い心を持つものなどひとりもいないと人間を無邪気に信じていた男が、なぜ洞窟にひとりこもり、人間を呪うようになったのか。

アテネのタイモン (白水Uブックス (32))

アテネのタイモン (白水Uブックス (32))

  • 作者: ウィリアム・シェイクスピア,小田島雄志
  • 出版社/メーカー: 白水社
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 アテネに住むタイモンは裕福な男で、祝宴をひらいては人々を招き、豪勢な贈り物をあらゆる人々に惜しみなく与えていた。しかし、どれほど財産をもっていようとも、とめどない放蕩生活をしていればいずれ底をつく。スパルタにまでおよんでいたタイモンの領地はことごとく譲り渡され、タイモンは破産する。

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『リチャード三世』ウィリアム・シェイクスピア

 もはや悪党になるしかない。

 馬だ! 馬だ! 馬をよこせば王国をくれてやる!

——ウィリアム・シェイクスピア『リチャード三世』

絶望して死ね!

 王家につらなる人々が流麗な言葉で歌いあげる、呪詛の交響曲である。この世のすべてを、大事な人を奪った者を、自分を殺したのにまだ生きている者を、誰も彼もが呪いちらす。人を呪わば穴ふたつというが、世界を呪ったらその対価はいかほどにふくれあがるのか。そのひとつの答え。

 黒いどろどろとしたタールのように、ねばついた心を持つ王の一代記である。グロスター公リチャード、後のリチャード三世は、醜いせむしの男で、その見栄えにふさわしく、醜くゆがんだ心を持つ。彼はヨーク家の三男という、王冠からは遠い立場にいながら、憎悪と残虐でもって王位についた。時代は薔薇戦争の終わり、ヨーク家がランカスター家をしりぞけ、ヨーク家の長男エドワード四世が王座についたところから物語は幕を開ける。ヨーク家の勝利と栄光をたたえる美しい言葉たちは、たちまちリチャードの憎悪によって塗りかえられる。

リチャード三世 (白水Uブックス (4))

リチャード三世 (白水Uブックス (4))

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