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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『黄色い雨』フリオ・リャマサーレス

スペイン文学 ☆☆☆☆☆

[追憶と忘却の雨]
Julio Llamazares La lluvia amarilla , 1988.

黄色い雨

黄色い雨

毎年秋になると必ずあの雨が降る。家々と墓石を埋め尽くす雨。人々を老いさせる雨。人の顔を、手紙や写真を少しずつ破壊してゆく雨。


 「記憶と忘却」は、わたしがこよなく愛するテーマのひとつだ。だからこの作品との出会いは至福である。なぜ人は生きた証を残そうとするのか? なぜ人は忘れるのか? 人の歴史とは、記憶と忘却の天秤のゆらめきか? 


 人はいつ死ぬか。呼吸が止まったときに人の体は滅びるが、死んだ後も記憶は残る。ある意味で、死んだ人は記憶の中で生き続けている。本当に死ぬのは、誰にも思い出されず、誰からも弔われなくなったときだ。ならば、誰か忘れずに思い出し続けていればいい。そうして男は、暮れなずむ廃村の中でただ独り、忘却の淵にとどまり続けた。

 廃村アイニェーリェに、人がいなくなった後も住み続けた、ある男の一生涯。廃村理由であるスペイン内戦は、物語の中では背景に深く押し込められて、直接的には語られない。誰もかれもがいなくなって、かつての人家は雨と雪に埋もれて潰えた。道には草が生えて獣道となり、記憶は絶えず水のように流れ去っていく。そんな中で、村を愛し、村の人々を愛した主人公の男は、1人で「忘却の雨」に立ち向かって過去を思い出し続けるが、雨は容赦なく村にひたひたと染み込んで、記憶を押し流していってしまう。

そんな風に私のことを気にかけてくれる人はいなかった。死を迎える時でさえ、誰ひとり私のことを思い出してくれなかった。

 切ないが、美しい。廃墟と石は沈黙しながらも、追憶の水盤として人の記憶を湛え続ける。それはある意味で救いではないだろうか?


recommend:
ブッツァーティ『タタール人の砂漠』…吹き抜けるように、時は過ぎゆく。
フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』…気がつけば土の中。訳者は『ペドロ』より『黄色い雨』の方がすばらしかったと言っているが、わたしとしてはどちらも好き。