ボヘミアの海岸線 - 海外文学の感想

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

『蜂工場』イアン・バンクス|荒野と呪術の子供たち

どの人生も象徴をかかえこんでいる。人の行為はどれをとってもひとつの宿命の波紋に属していると、ある程度は言えるだろう。…<蜂工場>はそうした宿命の波紋の一環だ。なぜなら、それは生の一断面であり――むしろそれ以上に――死の一断面だからだ。

――イアン・バンクス『蜂工場』

緻密な呪術世界

子供の頃は、魔法や呪術とともに生きていた。外れたら悪いことが起きるから、白線の上を注意深い綱渡り師のように歩いた。赤信号にとめられずに学校までたどりつくことで命運を占った。行きかう車の黒いナンバープレートは不運の兆しだが、黄色プレート2枚で帳消しにできた。天気は願う力で変わると思っていたし、嫌いな行事で晴れになると、力の弱りを反省して木に登った。

私の幼少期は、人類のプリミティブな時代に重なっていたのだろう。世界は啓示に満ちていたし、互いに秘密の言葉でルールを共有して、世界と自分の臓腑がつながっている感覚があった。『蜂工場』は、こうした「僕が考えた最強の呪術」の極北かもしれない。

蜂工場 (ele-king books)

蜂工場 (ele-king books)

 

 

 スコットランド北部の小さな離島には、荒野のような家族が住んでいる。

島を所有するコールダム一族末裔の「おれ」ことフランクは、医者の父が出生届を出さなかったため国民登録されておらず、医療も公的教育も受けないまま17歳になった。母は出奔し、兄のエリックは犬に火をつけて町中を震撼させた後、精神病院に入れられた。物語は、エリックが精神病院を脱走したことから始まる。

フランクは文化的にも物理的にも、同世代の青年たちとは隔絶された異世界に住んでいる。フランクの心象世界は、呪術と残虐に満ちた荒野のようだ。「生贄の柱」や「蜂工場」をつくっては啓示を受け、髑髏を祀り、爆弾をつくってはウサギを吹き飛ばす。

 <蜂工場>は美しく、危険に満ち、完璧だ。未来の出来事についての報せをもたらし、なにをすべきか示しておれを救けてくれる。

フランクは、自分の残虐をおおまじめに語る。犠牲は必要だった、復讐のため、気分を晴らすため、調和のため、気まぐれのため。一方で、犠牲者への罪悪感も開陳してみせる。たった1人の友人であるこびとと酒を飲みながらのおしゃべりはどこにでもいる青年そのものだ。いったいこの語り手は何者なのだ? 語りがあまりにも異様で独特なので驚愕しながら、彼の世界に引きずられていく。

 「…けど、おれにはわかんないなあ。ひょとするとマジいかれているのかもしれないし。ひょっとするとおれだってそうかもしれない。誰だってそうかもしれない。それとも、うちの家族だけかな」

 最初は「どいつもこいつもいかれてやがる」としか思わないのだが、だんだん「本当にいかれているのだろうか?」「いややっぱりやばい」と印象がぐるぐる変わり、やがて「正気と狂気の境目はなにか」と考えるようになった。

フランクほど振り切れておぞましく誇張されてはいないにせよ、多くの人たちだって程度の差はあれ残虐性あるいは残虐な出来事への興味を持っていて、それらを見なかったことにしているだけではないか。

フランクとエリックは狂人でわれわれとは違う、と線引きすることは簡単だが、単純に過ぎる。フランクやエリックの残虐は異世界のものではなく、私たちの立つ世界と地続きになっている。

原初の暴力性は、教育や社会によって矯正されるか、いじめや差別などの社会的で複雑化した暴力に形を変えていく。フランクは、町から隔絶された特異な島、社会から隔絶された特異な経歴のために、原初の世界を保ったまま成長した人間であり、異様ではあるが、身近な存在でもある。

だからだろうか、『蜂工場』を読んでいると、驚愕と居心地の悪さが否応なしに高まってくる。終盤では、早くすべてを吹っ飛ばしてほしい、そうすればこの不可思議な感情から逃れられる、と奇妙な焦りと破滅願望さえ出てくる始末だった。

イアン・バンクスは知ってか知らずか、結末できちんと読者を爆破してくれる。帯の文言にある「驚愕の結末」というよりは「読者の心の安定のための慈悲深い爆破」であるように思う。

手のひらで目を覆いながらも指の隙間からのぞいてしまうような、罪悪感と興味に引きずり倒されて読み切った。12の章すべてにたこ殴りにされた果てに爆破され、私は不思議な安心感と解放感を覚えたのだった。

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残忍だが魅力的な語りをする人間に、私たちはどう対処すればいいのか? ボラーニョは悪について考え続けた作家であり、とても居心地が悪い感情をあぶりだしてくる。

スコットランド北部のつぶやきと写真