『アイヌ神揺集』知里幸恵訳
[神自ら歌う]

- 作者: 知里幸恵
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1978/08/16
- メディア: 文庫
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銀の滴降る降るまわりに Shirokanipe ranran pishkan,
金の滴降る降るまわりに konkanipe ranran pishkan,
神の歌ユーカラは、雨の宵、雪の夜に、アイヌの人々の間でくり返し語り紡がれてきた。自然の中で生活するアイヌにとって自然そのものが神であり、日々の生活は神との交換、交歓であったらしい。
大正時代に19歳で夭折したアイヌの少女が、美しい日本語でユーカラを訳した、類まれな本。日本語とアイヌ語のローマ字文を併記してある。本書に収められた13の神謡は、梟の神や海の神、狐に谷地の魔人など、いろいろな「人ならざるもの」が主人公で、彼ら自身の生を歌い上げる。神様たちの目線で描かれる世界は、まるで世界の裏側をのぞくようで、なんだかふわふわと浮いたような心地になる。
おもしろい。神々の目線から見た世界が、非常に豊かなのだ。人間は神々を敬い、神々は人間にその体を与える。神たちはだいたい人間に狩られるが、自分を狩る人間を選んでいる。気に入った人間が放った矢は、神が「受け止める」。気を失ってよくわからなくなって、耳と耳の間に神の本体が現れる。それで自分の死体を眺めて、「いい死に方をしたなあ」とか「悪い、つまらない死に方をしたなあ」とか思うのである。いいマイペースぶりだ。
個人的には梟の神が一等好きだった。熊の次の次くらいに尊敬されているらしい。代わりに、狐や蛙はあまり尊敬されていないようで、つまらない悪い死に方をする。英雄オオキリムイの活躍譚もちらほら出てくる。
その昔「熊送り」の儀式について、本を読んだことがある。熊を解体して、お土産を持たせて霊を送るこの風習は、フィンランドなどにもあるらしい。「狩る」ことは、罪ではなく恵みと考える。いい関係を築けているなあと思う。
だからこそ、著者が語る「序文」は切ない。
冬の陸には林野をおおう深雪をけって、天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り、夏の海には涼風泳ぐみどりの波、白い鴎の歌をともに木の葉のような小舟を浮かべてひねもす魚をあさり、花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて、永久に囀ずる小鳥と共に歌い暮らして蕗とり蓬摘み、効用の秋は野分に穂揃うすすきをわけて、宵まで月に夢を結ぶ。嗚呼なんという楽しい生活でしょう。
描かれた自然の生き方も日本語も、とにかく美しい。だけど日本語は彼女にとって異国語で、この言語を使うまでにいたった背景を考えるとなんとも切なくなる。「平和の鏡、それも今は昔、夢は破れて幾十年」という言葉が刺さる。きっと気がつかないだけで、私たちが失ったものは多いのだろうな。一度、アイヌの人々の目線で、世界を見てみたかった。
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