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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ドン・キホーテ 前篇』セルバンテス

スペイン文学 ☆☆☆☆☆

[最も愉快で憂鬱な]
Miguel de Cervantes Saavedra Don Quijote de la Mancha,1605.

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)


 名だたる文豪100人が選ぶ「史上最高の文学百選」第1位。
 スペイン文学に手厳しい南米人に「ドン・キホーテは別格」といわしめる。
 ドストエフスキーが「これまで天才が創造した書物の中で、最も偉大かつ最も憂鬱な書物」と評した。
 『ドン・キホーテ』という、このなんとも桁外れな作品について語るにあたっての前置きはこれくらいにしておこう。一言でいえば「めちゃくちゃおもしろい。とりあえず読むべし」で済むのだが、これではいくら何でもなので、もう少しつらつらと書いてみよう。


 ドン・キホーテは前篇と後篇の2部構成。ドストの言葉を借りれば、前篇はすばらしく愉快で、後篇はすさまじく憂鬱な物語である。
 我らがドン・キホーテは、「威勢と誇りはあるが、信じられないほどひ弱なおじさん」という、スタンダードな主人公像をちゃぶ台返しする男だ。荒唐無稽な「騎士道物語」を読みすぎて自分を騎士だと思い込み、陽気な田舎者サンチョとひ弱な馬ロシナンテとともに、すばらしくまっすぐでトンチンカンな冒険を繰り広げる。のっぽとチビの黄金コンビは、見ているだけでとにかく愉快だ。


 本書のおもしろいところは、「圧倒的な妄想力の強さ」である。「ファンタジーを読みすぎて、現実と妄想の区別がさっぱりつかなくなる」というのは、インプット過多人種が陥る罠(もちろん、現代人でも大いに通用する)だ。「魔法が使えるようになる」「海賊王になる」など何でもいいが、少なからず一度は誰もが似たような夢を抱くだろう。しかし、夢見た人の多くは現実に気づくか、もしくは夢を抱えたまま酔生夢死する。

 郷士は騎士道物語にどっぷりつかり、来る日も来る日も、夜は日が暮れてから明け方まで、昼は夜明けから暗くなるまで読みふけったので、睡眠不足と読書三昧がたたって脳味噌がからからに干からび、ついには正気を失ってしまったのである。彼の頭は本の中で読んだもろもろのこと、例えば魔法、喧嘩、戦い、決闘、大怪我、愛のささやき、恋愛沙汰、苦悩、さらには、ありもしない荒唐無稽の数々からなる幻想でいっぱいになってしまった。 

 しかし、ドン・キホーテは狂気じみた妄想を抱えたまま、現実に飛び出していった。彼にとってぼろ宿は城であり、風車は巨人兵であり、ブリキだらいは伝説の兜なのである。自分の妄想と合わないところは「魔法使いによる魔法」とばっさり切り捨てる。騎士道物語と自分の存在に一片の疑念も持たないなんて、並大抵の精神力ではできまい。

 皆はドン・キホーテを笑いものにする。しかし、ドン・キホーテは「多くの人にはただのど田舎」に見える土地に、自分だけ「すばらしい王国と冒険」を見出した。現実よりスリリングでロマンのある世界を脳内構築し、その真実性を疑わないドン・キホーテは、ある意味で人生の勝ち組ではないだろうか?(もっとも、前篇に限る話だが……)


recommend:
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おまけ:
各巻のおすすめ冒険。

  • 前篇1:風車の冒険、宿が城に変わった冒険、マンブリーノの兜(床屋の金だらい)を手に入れる冒険など。
  • 前篇2:恋の狂気を表現するために、騎士が裸で逆立ちをする冒険
  • 前篇3:麗しの王女ミコミコーナ姫を救うための冒険


P.S.
 あけましておめでとうございます。「どうせなら年始は劇的な物語から始めよう」ということで、この物語になりました。今年もゆるゆると更新していく予定。どうぞよろしくお願いします。