ボヘミアの海岸線 - 海外文学の感想

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

『ガルヴェイアスの犬』ジョゼ・ルイス・ペイショット|宇宙につながる小さな村

誰にだって、運命の場所ってもんがあるのさ。誰の世界にも中心がある。あたしの場所はあんたのよりましだとか、そんなことは関係ないの。自分の場所ってのは、他人のそれと比べるようなものじゃない。自分だけの大事なもんだからね。

――ジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』

名のない人たちに名を

どんな人でも、多かれ少なかれ、秘密と物語を持っている。

包丁が飛び交うアチャス族にうまれたため、一族にはたくさんの物語があった。いろいろな人に一族の話をしていると、「じつはうちも」と声が上がり、他の人たちもじつに多様な物語や伝説を持っていることに気がついた。平和な一族は平和なりに、破天荒な一族は破天荒なりに、それぞれが秘密と物語と感情を抱えている。

「つまらない」「平凡」「退屈」、こうした言葉で語られる土地や人は、秘密や物語がないのではない。彼らの秘密や物語が、ごく一部あるいは個人の中にしまわれていて表に出てこないだけだ。ポルトガルの小さな村ガルヴェイアスうまれの小説家は、1冊の長編でもって「表に出てこない物語」を描いてみせた。

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)

 

 

 書名にある「ガルヴェイアス」は、ポルトガルのアレンテージョ地方にある、1000人ほどが暮らす小さな村だ。本書によれば、「ガルヴェイアス出身」と伝えても首都リスボンの人たちはさっぱりわからず、近くの都市ポンテ・デ・ソル(人口約17,000人)でもわからず、さらに大きいポルタレグレ(人口約25,000人)でようやく「ああ、あそこらへんか」と伝わるぐらいだという。

ポルトガル人ですらほとんど知らない土地にいったいどんな語るべき物語が? なにもないのでは? こうした疑問を、作家は穏やかに隕石を降らせて粉砕する。

まるまる一分間、ガルヴェイアスでは爆発に次ぐ爆発が一瞬の間も空かず続いた。

ガルヴェイアスに突然「名のない物」が飛来して、爆発と7日間続く大雨の後、硫黄のにおいが村中に充満する。聖書では、ソドムとゴモラは火と硫黄に焼き尽くされて滅亡するが、ガルヴェイアスでは皆がちょっとびっくりしたていどですぐに忘れて日常生活に戻っていく。

そんなばかな、と思うが、そんなばかなことが本書の軸となる。

『ガルヴェイアスの犬』は、聖書やSFのような「非日常」ではなく、世界中のほとんどが知らない小さな村の「日常」に焦点を当てる。

登場する村人すべてに名前が与えられて彼らの物語が語られ、村に落ちた巨大物質には名前が与えられずに忘れ去られる。一般的な物語なら展開はおそらく逆で、巨大物質には即座に名前とコードネームが与えられて話題の中心となり、人々は「村民」とひとくくりにされて終わるだろう。

著者は、名前のつけかたと焦点を逆転させることで、「いつもの物語展開なら名を与えられない人たちにだって語る物語と秘密がある」ことを示す。

 

『ガルヴェイアスの犬』は村に住む人たち全体にピントを合わせたパンフォーカスの物語だ。すべての人が主役であり脇役でもある。連作短編集のような作りで、ガルヴェイアスに住む人たちの物語が明かされる。

『ガルヴェイアスの犬』を読むことは、知り合いの物語を聞いて「人間関係の地図」を想像することに似ている。仲がよい人や同僚、近所の人から、家族の話、恋人の話、仕事の話、知り合いの話、知り合いの知り合いの話を聞くのと同じように、登場人物は自分が関係する人間たちの話を明かしていく。

恋人たち、子供たち、親たち、浮気相手、仕事関係の人たち全員に名前が当てられているため、「えーこの人とこの人が不倫してるんだ」「あの人の子供か」「あーあそこは親がいろいろ大変だよね…」「この変態じじいが」と、まるで知り合いの話を聞くような気持ちになってくる。

もっとも、皆が他者の家のことを知っている状況は、人によってはストレスだろう。本書でも、誰かが誰かの話を知っているがゆえの人間関係のつらさはもちろんある。しかし、著者の親愛がにじみ出ているからか、重苦しさはそれほど感じない。浮気を疑う妻ローザの復讐劇とその結末、郵便配達夫ジョアキン・ジャネイロの隠された二重生活の話が印象的だった。

 

人間と故郷への愛着を強く感じる人間賛歌だった。名前を失う死、個人が個人としてみなされない死にたいして、著者は穏やかに抵抗する。

人間はどこまでも死に向かう生き物であり、火と硫黄にまみれた死からは逃れられない。しかし、尊厳のある「死への向かい方」はある。

死にはさまざまな形がある。

においをうしなう。名前をうしなう。まだ肉体も、その影も自分のものとしながらも命をうしなう。においをうしなう。名前をうしなう。まだ時間もあり、瞳には力はありながらも命をうしなう。

有名だから名が残るとか、無名だから名が残らないとか、そうした価値観にも著者は否と言う。「誰の世界にも中心がある」と著者は語る。世界はどこでも誰かの中心になりうるし、宇宙と対峙することだってできる。

 

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