『問いの書』エドモン・ジャベス
[砂漠の言葉]
Edmond Jabes Le Livre des Questions、1963.
- 作者: エドモンジャベス,鈴木創士,Edmond Jabes
- 出版社/メーカー: 書肆風の薔薇
- 発売日: 1988/10
- メディア: 単行本
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人は夜のなかにわけ入る
針に糸を通すように、
幸福な
それとも血まみれの入り口を通って、
このうえなく光り輝く裂け目を通って。
針と糸たらんとして
人は夜のなかにわけ入る
あたかも己れのなかにわけ入るごとく。
エジプト生まれのユダヤ人による、書物の断片。
「砂漠の思考」が書かれているという話を聞いて以来、ずっとジャベスを読みたいと思っていた。
思うに世の中には、心に砂漠を持つ人間と持たない人間がいる。これまでいくつかのエントリで書いてきたが、私は砂漠や荒野、月面といったものに不思議と心惹かれてきた。安部公房はこう言っている。「砂漠には、あるいは砂漠的なものには、いつもなにかしら言いしれぬ魅力があるものである」。
「おまえの運命はいかなるものだ?」
「書物を開くことだ」
「おまえは書物のなかにいるのか?」
「私の場所は閾(しきい)にある」
私は書物のなかに存在する。書物とは、わが世界、わが祖国、わが家、そしてわが謎である。書物とは、わが呼吸でありわが安息である。
砂漠は、人に対してどこまでも無慈悲で無関心だ。吹き抜けて飲みこんで、あとには何も残さない。
これは物語ではない。「サラとユーケル」という2人の恋人たちについて語っているが、本筋らしい本筋はない。だから、当然感想らしい感想は書けない。
書物のちぎれた断片、それに対する注釈、箴言が頭の中を吹き抜けていくようだった。確かに何かを読んだはずなのに、心に響くものがあったはずなのに、手の中には何も残っていない。なるほど、この本は存在そのものも砂漠に似ている。
彼方の、肥沃な土地には、ラビの遺灰がある。
そして、ラビの言葉は町に。
ある人が死に、その人のことを知っている人が死んだら、その人の存在は「塵は塵に」還る。人は最終的に断片的な言葉でしかその存在を残せない。数百年、あるいは数千年後に誰かが遺跡を発掘したとき、その時点で残っていなかった記録は存在しないことになり、歴史そのものから消え失せる。ジャベスが「言葉」という主題に対してこうも執拗に「問い」を繰り返すのは、それが存在にかかわるものであるにも関わらず、恐ろしいほど儚く不完全であるからかもしれない。
谺をおろそかにしてはならない。なぜならおまえは谺に生きるからだ。
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