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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『デカメロン』ジョヴァンニ・ボッカッチョ

この世の中では、誰でもとれるだけとっておくのがよろしい、ことに女の場合はそうですよ。女は使えるあいだに、男よりも時間を有効に使わねばなりません。——ジョヴァンニ・ボッカッチョ『デカメロン』

私は恋愛の経験なしには、いかなる人間も特や情をもつことができないと思う。

ラテンの現実逃避

 世界の終末に生き延びたとしたら、なにを語るだろうか? カート・ヴォネガット『猫のゆりかご』、コーマック・マッカーシーザ・ロード』、アンナ・カヴァン『氷』のような終末の世界、凍りついた地平線、人類のほとんどが死滅した町、かつて高層ビルだった瓦礫の山、灰色の雨が降りそそぐ空、死が隣り合わせで先のことなどなにもわからない日々で、数少ない隣人たちと、なにを語り合うだろうか。14世紀のイタリア人たちは、とびきりゆかいな恋愛物語を話し続けた。

デカメロン(上) (講談社文芸文庫)

デカメロン(上) (講談社文芸文庫)

デカメロン(下) (講談社文芸文庫)

デカメロン(下) (講談社文芸文庫)

 『デカメロン』は、壮大なラテン的現実逃避の百物語である。当時、3人に1人がペストで死んだ。死は、じゃんけんで負けることとたいして変わらなかった。いたるところに腐乱した死体が転がり、墓を掘るひまもなく死は広がり続け、しかも終わりも解決方法も見えなかった。ペストの災禍から逃れて屋敷にたてこもったイタリア人の男3人、女7人の10人が、10日間にわたって各人1日ひとつずつ——合計100つ、ゆかいで下世話な恋愛話、教訓もない悪徳の話をしていく。皆くだらない話に笑い楽しむが、彼らの脳髄には地獄の腐臭が焼きついている。

 
 『デカメロン』の逸話は、中世ヨーロッパの閉鎖的な印象は確かに残るのだが、どうも皆、妙に振り切れている。「やきもちをやく男の束縛が悪いのだから、わたしは浮気してもいいのだ」と開きなおる女性、青春には不倫も自由恋愛もなんのそので楽しむべきだと若者に忠告する老婆、不倫は権利ですと裁判で論証して法律を改定させてしまった不貞の妻、愛のために略奪をする男たち、愚かな人間を騙してもうける悪漢ども、欲望とアッモーレに全力でうつつを抜かすさまが、いっそすがすがしい。

 一方で、命の次に大事にしているものを愛のために犠牲にする人々や、憎しみのために愛するものを殺してしまう人々などの話もある。どちらにせよ、『デカメロン』の物語はどこまでも人間くさい。キリスト教の倫理観、教会への敬意や地獄への恐れはあまり感じられない。それはすでに、彼らの生きている世界が地獄だからだろうか。

 
 もっとも有名で、かつもっとも『デカメロン』らしい物語は、「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」だろう。同じフィレンツェ出身の画家、ボッティチェリが4部作の絵画として残している。じつに不思議な絵画である。1枚目では、林の中で、裸の女が犬と剣を持った騎士に追い回されている。2枚目では、女は殺されて背中から内蔵を取り出され、犬に食われている。しかし、その向こうでは1枚目と同じ光景が繰り返されている。3枚目では、麗しい宴のうちに、やはり裸の女と狂気の犬と剣士が乱入してくる。そして4枚目は唐突に、大団円の結婚式。

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http://it.wikipedia.org/wiki/Nastagio_degli_Onesti

 じつに血なまぐさく不可解だが、これは愛の物語である。ナスタジオ・デリ・オネスティは振られ男であった。女に冷たくあしらわれ林の中を傷心で歩いていると、裸の女を追い回す犬と狂気の騎士に会う。しかし、彼らは永遠に殺戮の現場をくりかえす亡霊だ。かつて男を残酷に振った女と、失恋して自殺した男への罰として、男は永遠に愛して憎い女を殺し続け、女は男の剣に倒れて内蔵を犬に食われ続ける。ナスタジオはこのループする幻影たちを思い人に見せる。すると女性は、「男性を残酷に振るとこうなる」と知り、ナスタジオの愛を受け入れる。めでたしめでたし。この絵は、新婚夫婦への祝いとしてつくられた。

 これが中世ヨーロッパの美談である。すさまじい。振られて自殺する騎士も、残酷に振った罰として内蔵を食われる女も、殺戮現場の亡霊たちを思い人に見せるナスタジオも、それを見せられて改心する女性も、それを新婚夫婦に送る富豪一家も、すべてがいかれている。

 『デカメロン』の物語においては、血なまぐささと暴力、愛は切っても切れないようで、恋人の頭部を鉢に入れて泣き濡れる女、娘の恋人の心臓を黄金の杯にいれて娘に送る父親など、人間の心が心臓めいてぬらぬらと光っている。北欧神話『ニーベルンゲンの歌』『オイディプス王』などのギリシャ悲劇やギリシャ神話を読んだときと同じだ。おまえたちの内蔵はこんな色をしているのだぞと、人間の原始的な暴力性と欲の深さをむき出しのまま見せつけられることへ、驚いてしまう。

 『デカメロン』の逸話は玉石混交だが、ときおり特大にいびつな形をしたものがあるからおもしろい。玉か石かは、読んだあとでもわからない。設定から登場人物の脳みそまですべてが噴飯もののくだらなさである「好色な修道士が天使になりすまして悪事をはたらく話」、中世版「聖夜のおくりもの」の「恋に全財産を費やした男が残った最愛の鷹で相手を接待する話」、血玉石のほら話「単純で奇行に飛んだ画家と剽軽な仲間の話」、どこまでも下ネタで押しとおす「細君を雌馬にする魔法が台なしになる話」、スケールの大きさにあぜんとする「羨望のあまり殺意を抱いた相手の鷹揚さに恥じる話」が気にいった。


 デカメロンは、10日すべてのテーマが異なっている。冒頭にタイトルと簡単なあらすじがあるので、気にいったものから読めるのが鷹揚でいい。

1日目:自由テーマ
2日目:さまざまなことに苦められた人がはからずも幸せな結果になったことについて
3日目:望んでいたものを手にいれたり、失ったものを取り返した人々について
4日目:恋が不幸に終わった人々について
5日目:不幸な事件のあとで恋人たちにめぐってきた幸運な事柄について
6日目:他人にいどまれて、見事な返答で危険や嘲弄を逃れた人々について
7日目:婦人たちが恋のために夫を騙したことについて
8日目:騙しあいについて
9日目:自由テーマ
10日目:愛やその他のことで寛大、あるいは鷹揚にふるまった人々について

 寝苦しい夜には、血と汗と涙でできた人間の物語でなぐさめあおう。

われわれがそれを聞いて喜んで大笑いをするのは、善行の話よりもむしろ悪行の話(特にそれがわれわれが犯したのではない場合の)でありますが、そうすることは確かに偶然の悪徳というべきでしょう。しかし、その悪徳が人間の悪い風習のために生じたのか、または人間が生まれつき持っている悪い風習なのか、私にはわかりません。

Giovanni Boccaccio, Decameron, 1349-51.

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抄訳。『デカメロン』の有名な逸話を、イタリアの都市ごとに紹介している。フィレンツェっ子だったボッカチョが自分の都市をひいきにして他はけなし気味である、などの注があっておもしろい。