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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ジーキル博士とハイド氏』ロバート・ルイス・スティーブンスン

イギリス文学 ☆☆☆

 彼らの言うことは一致していた。それは、その逃亡者が彼を目撃した人たちに言うに言われぬ不具という妙に深い印象を与えたということだった。——ロバート・ルイス・スティーブンスン『ジーキル博士とハイド氏』

身勝手であることの醜悪さ

 あまりにも有名なこの物語を読むことを先送りにしていた。ようやっと『ジーキル博士とハイド氏』を手に取ったのは、彼がうまれた土地を訪れたからだった。そこは血と雨を吸って黒く染まった石畳と石造りの建物がうねる古都で、小さな霧が出れば風が、風がやめば霧が立ちこめ、町の外には中世と変わらぬ荒野が広がっていた。薄暗く頬をなでる霧のなかを徘徊していると、なにかを見失いがちになる。みずからを失った哀れな男の物語はここでうまれたのかと、奇妙に腑に落ちた。

ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)

ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)

 ときは19世紀ロンドン、社会に認められ尊敬されているジーキル博士は、その相続人に、ハイド氏という正体不明の男を指名した。ジーキル博士の財産管理を任されている弁護士「わたし」は、この奇妙な男が相続人であることに疑問を抱き、古くからの友人でもあったジーキル博士を心配するようになる。

 ミスター・ハイド、誰もが本能的に不快感を覚えるが、誰も人相を思い出せないこの男の描写が、執念深く繰り返される。この男には、「まるでなにかのよう」という直喩が機能しない。木星人を描写しにくいように、人はこれまで見たことがないものをうまく認識できず、それゆえ描写もできない。人の形をしているが人ではない“なにか”、影のように消息がつかめない「言うに言われぬ不具」の男にロンドンの市民はとまどい続ける。

 ああ、気の毒なハリー・ジーキル、もしわたしがこれまでに人間の顔に悪魔の相を見たことがあるとすれば、それは君の親しいあの友人の顔だ!

 
 あまりに有名な結末なので、WhoやHowはほとんど意味をなさないものの、Whyの謎は残る。最終章、ジーキル博士の手記は、名士と呼ばれた男の心の弱さと、なぜこのような奇怪な事件が起きたのかについて、一人称を崩壊させながら描いている。とくに、この一人称がだんだんねじれて「わたし」が「彼」になって自我が崩れ落ちていくさまは、ぞくぞくする。結末を知っていようがいまいが、この独白はおもしろい。

 ハイド氏は、当時のロンドン社会が考える悪、名士が持つべきではない悪徳の具象化ではあるが、本書で書かれているような「純然たる悪」ではなかっただろうと思う。ハイド氏は、生きることへの強い愛着を持っていたという。純粋悪とはもっと災厄のようなもので、もはや欲望や喜びとは無縁なものである気がしてならない。実際、その強烈な性質とは裏腹に、彼はごく一般的な犯罪しか犯していない。

 ハイド氏よりも、おのれの身勝手さを美しくまとめようとするジーキル博士のほうがよほどなまなましく、後味が悪い。ジーキル博士があのような行動をとったのは、自分自身に恐怖を覚えたからではなく、名士としての自分が傷つくことを恐れたからという点で、彼は根の底から、あの不具の男そのものだったのだと思う。

 
 社会が求める「表の顔」と「裏の顔」、身勝手さの物語であり、善悪の物語ではないのだろうが、それらが自然に結びつき、しかも二元論的に分離可能だと考えるあたりは、いかにもキリスト教の文化圏らしい。この作品が解離性同一性障害の認知に与えた影響ははかりしれないが、作品自体は、この疾患を描いているものではない。実際、ジーキル博士のモデルとなった男は、夜な夜な強盗を繰り返していた地元の名士であった。なぜあの人が、という人々の驚きをもとに、スティーブンスンは怪奇の想像力と語りの魔術でもって描き出した。

 ジーキル博士とハイド氏は悪というより、どこまでも身勝手であった。そして、身勝手であることに、共同体に生きる人々は醜悪さをかぎとる。欲望に忠実であることは、多くの人々が支払っている我慢という心税を逃れていることだ。だから、人々は対価を要求する。害悪だ、他者に迷惑をかける、社会的でない、不公平だ、抑圧すべきだ、われわれの共同体から排除すべきだ。こうした息苦しさはどこにでもあって、この耐えがたさと制裁の両方から逃れたい、という両立しない願いを不可能な手法で実現させた結果が、あの哀れな不具の男たちなのだろう。だが、結局のところ、税は徴収されたのだった。

神が結んだきずなは解かぬがよい。
わたしたちはやはりあのヒースと風の子でありたい。
ふるさと遠く離れていても、おお、あれもまたあなたとわたしのためだ。
エニシダが、かの北国に美しく咲き匂うのは。

Robert Louis Balfour Stevenson "The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde", 1866.


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