キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『イカロスの飛行』レーモン・クノー

イカロス ぼくの時代には、令嬢は青年に恋を打ち明けたりしなかったもんだが。
アデライード 近代小説にはそういうことも書いてありますわ。
イカロス ああ、ぼくは読者というより読まれる方なんで。

——レーモン・クノー『イカロスの飛行』

空を目指した

 ウリポのレーモン・クノーが残した、最後の長編小説。
 ギリシャ神話のイカロスは、蝋の翼を使って牢獄から脱出し、高く飛びすぎたあまり墜落死した、悲しき運命の青年である。クノーが描くイカロスは、19世紀末のパリをさまよう青年だ。彼もまた、囚われの身の上である。捕えているのは小説家のユベール、イカロスを主要登場人物にして、なにやら憂鬱な人生の小説を書こうとしている。

イカロスの飛行 (レーモン・クノー・コレクション)

イカロスの飛行 (レーモン・クノー・コレクション)


 だからイカロスは脱走する。物語は、イカロスの失踪に気づいたユベールが、探偵に「俺の小説の登場人物を探してくれ」と依頼するところから始まる。

モルコル なんでございましょう。
ユベール きわめて特殊な事件があって来たんですが。
モルコル わたしのあつかいます事件はみんな特殊です。
ユベール  ぼくのは特別そうなんです。


 イカロスはパリの町を練り歩く。地上に出てきてからまだまもない時、幸運にも飲み屋で出会ったLN(エレーヌ)と恋仲になり、ちゃっかり同棲を始める(イカロスは美青年であった)。

 アプサントっていうのは熱気球みたいなもんだな。ちょうど気球がゴンドラを持ちあげるみたいに精神を高める。気球が乗客を運ぶみたいに魂を運ぶ。……だから飲もう、風化した夢の映像の乳状の緑が勝った波の中を泳ごう、ぼくを取り巻く常連らと共に。

 イカロスは浮遊する。町の酒場でアプサントにすっかり惚れこんで、何杯も何杯も盃を空けては夢心地。ちなみにアプサントとは、日本でいうところのアブサン、ニガヨモギから作る緑色のリキュールで、その中毒性からフランスでは1915年に製造発売禁止になったいわくつきの酒だ(今は日本でも買える)。

 そしてイカロスは疾走する。彼が自転車と自動車の仕事を始めた時は「イカロスが飛ばずに走り屋になった!」と驚いてしまった。走り屋といっても、本書の舞台は19世紀、自動車はようやく時速30キロで走ることができるようになった時代だ。「科学による進歩」が無邪気に信じられていた時代ならではの言い回しなどがあって、なかなかおもしろい。


 皆がパリを飛び、練り歩き、疾走するものだから、息をつく暇がない。登場人物はどんどん脱走するし、唯一の頼みだった探偵はニヒリズムの頂点に達して引退するし、作家たちは互いに足のひっぱり合い。ページを繰る手つきも知らずと速くなる。一度ユベールに捕まったイカロスを、憲兵が「この年齢の男子には兵役があります」といって連行するシーンなどは思わず声を出して笑った。

ユベール みなさん……これはみんなぼくに責任があることです……彼の兵役のことは考えませんでした……それにぼくが今書いてる小説では、「徴兵審査委員会」の場面はとても卑俗で自然主義的に感じられるでしょうし。
第一の憲兵 小説の問題ではありません。現実の問題です。

 小説の問題か現実の問題か? 小説と現実の境目を取り払ってしまった世界で、なおもこういうやりとりをさせるところにクノーのユーモア精神があると思う。


 笑いと軽やかさがありながらも、本書はある種の「苦さ」を秘めている。イカロスは自由を求めて逃げた。親によって作られた人生のレールから、自分をしばる許嫁や仕事の人間関係から、わずらわしいもの一切から「自由になりたい」と願った。イカロスの行動は、無邪気な青年そのもので、誰もが不思議な共感を覚えるかもしれない。
 だが、イカロスは知らなかった。逃げることは比較的やさしいが、逃げ続けることは難しいということに。逃げ出すものが増えるたび、逃亡者は自らを袋小路に追い込む。
 空は自由の象徴だ。広く青く、開放的である。しかし、自由には対価が必要で、それはいつだって残酷で苦い。イカロス、対価を考えずにただ自由を求めた若者の、なんと無邪気で悲しいことか!



レーモン・クノーの著作レビュー:
『地下鉄のザジ』
『文体練習』

Raymond Queneau Le Vol d'Icare,1968.

recommend:
空を目指す物語。
オウィディウス 『変身物語』…イカロスの逸話を収める。
宮沢賢治よだかの星』…住みづらい地上を逃れて、空へ。
サン=テグジュペリ『夜間飛行』…空に墜落した男。


OMAKE:酒の話
 なぜかクノーの作品は酒飲みのシーンは妙にリアルな気がする。飲んだくれが、アプサントを正しく飲む方法を語る場面なんて、特にすてきだ。

 まずさじを、もうアプサントが静かに治まったグラスの上に持って行く、つぎにもう気がついてるだろ、変な形をしたそのさじの上に氷砂糖のかけらを乗せる。そこからごくゆっくり水を氷砂糖のかけらの上に注ぐ、とかけらは解けはじめて一滴一滴豊かな糖化の雨が霊液の中に落ち、それを雲のように曇らせる。それから水を注ぐ、とまたぽたぽた玉になる、そうやって砂糖が溶けるまで、でも霊液があまり水っぽくならないよう続けるんだ。見てごらん、そらきみ、どんな具合に調合されてゆくか……途方もない錬金術だ……

 アプサントは、ピカソゴーギャンなど、当時のパリで活躍していたアーティストたちがインスピレーションを得るためにこぞって飲んだという逸話がある。クノーもまた、その一員だったのだろうか。
 さてもはても、酒飲みの友人どもと語り口が似ているなあと思いながら読んでいた。