キリキリソテーにうってつけの日

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『悪童日記』アゴタ・クリストフ

[忘れない]
Agota Kristof LE GRAND CAHIER 1986.

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)


 ハンガリーの作家、アゴタ・クリストフの処女作。シンプルな文体は、著者の亡命先、フランスの言葉で書かれているため。だから、彼女の物語は内容も含めて「亡命文学」と呼ばれる(もっとも、私はこの呼び名はあまり好きではないが)。

 彼女の作品は、文体も、心も、流浪せざるをえない人のものである。自分探しに海外に出てしまうような日本人の感覚とは、決定的に異なる類の。


 主人公の双子は、自分たちのことを「ぼくら」と呼び、二人が別のことをする時は「ぼくらのうちの一人ともう一人」という言い方をする。 お互いを分けるための名前は必要ないのだと思うと、なんとも不思議で、少し不気味でもある。

 彼らは、環境に慣れるために「練習」をするが、それは心を殺すための練習だ。 それを、「大きなノート」に書きつけていく。

 おそらく戦争下では、痛みや悲しみや、略奪や殺しといったことに対して、心を麻痺させないとやっていけない。 人々は知らずのうちに、心に麻酔を打ち込み、忘れようとする。 忘れたほうが楽だからだ。 忘却は人間の特権でもあり、ぬぐいきれない欠点でもある。

 対して、「ぼくら」は「絶対に忘れない」という。

 痛みを知り、そして忘れない。
それは、麻痺したことを認識せずに、何もかもを忘れようとすることよりも、ずっとシビアな選択だろう。

 人の欺瞞や忘却、人間の持つ闇に対して、双子は目をそらさない。


 善悪の判断基準はなんだろう、と考える。題名は「悪童日記」だが、彼らは悪童というには、なんか違う気がする。不良は、自分のことを不良だと思っているうちはまだかわいくて、淡々とこなし続ける人の方が、よほど怖い。双子の彼らはあきらかに後者で、あまりにも「子供」でなさすぎる。

 前の世紀で、人間は多くの傷を負ったはずなのに、今の自分のいる環境は、まるでそのことを忘れてしまっているように思える。

 すさまじく強烈な印象のラストを残し、この物語は幕を閉じる。さながら、雷が目の前で炸裂したかのような衝撃だ。目がくらむ。その真白い閃光の向こう側から、双子の目がじっとこちらを見ているような気がして、背中の後ろがもぞり、ひやりとする。


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