キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『土星の環 イギリス行脚』W.G.ゼーバルト

 私たちの編みだした機械は、私たちの身体に似て、そして私たちの憧憬に似て、ゆっくりと火照りの冷めていく心臓を持っている。——W.G.ゼーバルト土星の環 イギリス行脚』

崩落する記憶

 「イギリス行脚」といいながら、実のところ彼はどこを旅していたのだろうか?

 本書においては、すべての境界線は水ににじんだインクのようにぼやけている。「半自伝的な作品」という位置づけのとおり、語り手の「私」はドイツ生まれの作家だが、その姿はピントの合っていない肖像のようでつかみどころがない。

 作家は、灰色の海岸線とモノクロームの荒地をゆるり歩きながら移動する。その足取りはイギリスの荒野(ヒース)から、いつのまにかドイツの荒野(ハイデ)へと地すべりしていく。

土星の環―イギリス行脚 (ゼーバルト・コレクション)

土星の環―イギリス行脚 (ゼーバルト・コレクション)

 「奇跡」とうたわれたイギリスのサマレイトン荘園を観光していたと思えば、次の瞬間には第二次世界大戦のさなか燃えさかるドイツの都市が立ちあらわれる。あるいは、旧約聖書にあるガダラの豚の逸話からホロコーストへ。だが、唐突さはなく、イギリスとドイツのあいだには海も山脈もなく、歩いていけばいつかはたどりつくといった風情で、遊牧民のようにゆるりと国と時の境界を越えていく。

 この不可思議な旅において、サマレイトン屋敷はハイライトのひとつで、その印象深さはどこかレーモン・ルーセル『ロクス・ソルス』を思わせる。「内部から外部の空間へ、ほとんど継ぎ目もわからぬうちに繋がって」おり、「どこで自然が終わってどこで人工がはじまるのか、訪問客には検討もつかぬ」伝説のようなしろものであったらしい。サマレイトン屋敷についての言葉はそのまま、『土星の環』そのものにも当てはまる。

 サマレイトン屋敷の部屋部屋を巡っていると、サフォーク州の田舎屋敷にいるのか、それともはるか遠くの、北極の海べりか、はたまた暗黒大陸の奥地か、いずれこの世ならぬ場所にいるのか、おぼつかなくなってくるのだ。どの時代、どの世紀にいるのかもおいそれとはいえない。いくつもの時代は打ち重なり、併存しているからだ。


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 表紙をかざる塔のような建築物は、かつてヨーロッパ屈指の港としてダニッチ——現在はLost Cityと呼ばれているーーがすべて海に沈んだ後、わずかに残った井戸のシャフトである。トマス・ブラウンの頭蓋骨、サマレイトン荘園、失われた町ダニッチ、空襲前のドイツの都市、すべては崩落し、記憶の海へと沈んでいった。

 ときどき思うのですよ、この世にとうとう慣れることができなかったと。そして人生は大きな切りのない、わけのわからない失敗でしかないと。


 ゼーバルトの目線においては、いわゆる現実と呼ばれる「いま、ここ」は「いつかは消える、未来から見た過去」としてあつかわれる。彼の目線からのぞいた世界は、廃墟の上で立ちくらむ幻影だ。だからだろうか、アントニオ・タブッキ『レクイエム』のように、実在する土地を歩いているのに、現実感がまるでない。ゼーバルトが日本を訪れたとしたら、おそらく東京も廃墟になるだろう。あとかたもなく焼き払われた清王朝の芸術的な庭園のように、コールリッジが夢見たフビライ・ハーンの宮殿にも勝るとうたわれたサマレイトン荘園のように。

 忽然として、地球がゆっくり闇にむかって回転していくのがまざまざと感じとれたような気がした。トマス・ブラウンは『キュロスの庭園』にこう綴っている。アメリカで狩人が起きあがるいみじくもそのとき、ペルシアでは人々が深い眠りに落ちていく。夜の影は裳裾のように地球の表をなでていく。


 入り陽をどこまでも追いかけていくならば、われわれの棲まう地球はサトゥルヌス(土星)の鎌に刈り取られてなぎ倒されたかのごとき、横臥した体を見ることができるだろう——ばたばたと倒れる病にかかった人類の、涯てのない墓場だ。


 本書に何度もあらわれるトマス・ブラウンは、中世イギリスの作家で、医学や自然学にまで届く知識の広さと独特な論考と文章の美しさで知られている。その影響は大きく、エドガー・アラン・ポー、フォスター、ヴァージニア・ウルフメルヴィル夏目漱石などが彼の名前を自分の作品に挙げる、あるいは影響を受けたと言われている。中でも傾倒していたのがボルヘスで、「英語圏の中でもっとも優れた散文家」と絶賛している。本書に登場するブラウンの書物からの引用は、どれも印象的で忘れがたい響きをもっている。

 くしくも帯で、柴田元幸ボルヘスゼーバルトを比較しているが、ボルヘスの『続審問』はよい副読本になるだろう。フビライ・ハーンの宮殿を幻視したコールリッジの夢については『続審問』収録の「コールリッジの夢」に詳しい言及があるし、『土星の環』で名が挙がっているオマル・ハイヤームやケベード、トマス・ブラウンについても、ボルヘスは書いている。

 
 「イギリス」と銘打っておきながらちっともイギリスらしくない本書でも、とりわけてイギリスらしかったところがある――圧倒的ともいえる、まずそうな食事の描写だ。妙に筆がいきいきしているところからして(こういう茶目っ気があるのもゼーバルトのすてきなところだと思う)、ゼーバルトはおそらくこのおぞましい「魚、であるはずのもの」を食したのかもしれない。お気の毒に。

 そのパン粉の衣たるや鎧そのもので、あちらこちらが焼け焦げ、フォークを刺すと先がひん曲がる始末だった。そしてさんざんに苦労を重ねて中身にたどり着いてみたところが、わかったのは結局、この代物がかちかちの殻だけであったこと。一戦交えたあとの私の皿は、見るも無惨な眺めとなった。タルタルソースはプラスチックの小袋から絞りださなければならず、灰色のパン屑とあわさってどす黒い色を呈し、魚、であるはずのものは、濃緑色のグリンピースと脂ぎったチップスの間で見るもぐしゃぐしゃになっていた。


 最初の問いに立ち返る。彼はどこを旅していたのか。エピグラフにはこうある。「土星の環は……惑星の潮汐力によって破壊された衛星の破片である可能性が高い」。

 遠くからは光る環と見えても、近くにいけばその正体は破片と瓦礫でできている。ゼーバルトはひとり、土星の環の上を歩いていたのだった。

 鏡を貸してくれ、息でその表が曇るか汚れるかすれば、ああ、娘は生きているのだ、と。聞こえない、なにひとつ。ひっそりとしずまりかえっている。

 つい先だってまで、夜明けとともに寝室の窓を閉めずにはいられないほど数々の鳥がにぎやかにさえずり、昼前には牧草地に雲雀が揚がり、夕暮れには薮に小夜啼鳥の歌声すら聞こえていたのに、いま、生きた音はことりともしないのだった。


 

PATIENCE(After Sebalt)

 『土星の環』の世界を映像で再現した「PATIENCE」(After Sebalt)という映像作品があるらしい。イギリスのオフィシャルトレーラーがイメージどおりすぎて素晴らしい。
 


W.G.ゼーバルトの感想

W.G.Sebald "Die Ringe des Saturn. Eine englische Wallfahrt", 1998.

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